第25話 戦いが終わって

「また見つけたでござるぞ、風属性の銀の宝玉!」


「おお、二個目か!」


 ワイバーンを倒したあたりを探っていたオリエが喜びの声を上げたので、思わず反応してしまった。竜神の宝玉、意外に出るモンだな。さすがに金の宝玉はレアみたいだが、二頭倒したワイバーンの両方から銀の宝玉が出るってのは悪くない。これで風属性コンプリートまでは、銀の宝玉が残り三個だな。


「こっちも嬉しいわよね。光属性の金の宝玉」


 銀の宝玉より先に、オリエがレッサー・ドラゴンが消滅したあたりの真下の地面で発見した宝玉を手にしながらアイナが言う。レッサー・ドラゴンには特にほかと違った属性があるわけではないので、倒すと落とす竜神の宝玉の属性はランダムらしいのだが、光属性の竜種は珍しいので、ここで光属性の金の宝玉が見つかったのは全属性コンプリートを目指す上では非常に大きいと言えるだろう。


 なお、今は珍しくスーラたちは全部召喚を解除している。あの最後の「コンプリートビッグキャノン」を放ったら、スーラたちのMPがゼロになってしまっていたのだ。あのスキルはどうやら全MPを使用する必要があるらしい。溜めも必要だし、簡単には使えない最後の手段ってところだろうな。


 そのとき、しゃがみこんで謎の魔法陣を調べていたクミコが立ち上がって、少しズレた眼鏡を中指でツイっと直しながら言った。


「この魔法陣は、やはり魔素を集める作用があるぞ。術式が複雑でよくわからぬ所もあるが、この山全体に漂う魔素を吸引して、この一点に集中させるものらしい」


「やっぱりか。この魔法陣で竜種が発生するほどの濃度の魔素溜まりを作り出していたんだな」


「逆に、あんまり雑魚モンスターが出なかったのは、魔素がここに集中していたからなんだろうね」


 俺が言ったことに、イリスが補足をする。言われてみれば、普通の山だったら移動中や野営中に雑魚モンスターがもっと頻繁に襲ってくるもんなあ。普通なら弱いモンスターを発生させるような小さな魔素溜まりの魔素が全部ここに吸収されていたから、雑魚モンスターが発生できなかったんだろう。


「この魔法陣の機能を一時的に停止させることはできるか?」


「いかな我とて一時停止は難しいぞ。壊して完全停止させることならば可能だが」


「難しいか……」


 こいつは、かなり危険な代物だ。何しろ下級とはいえ竜種を発生させるんだから。


 ただ、破壊するにしても、その前に学者が調査する必要があるだろう。魔素を誘引集中して魔物を発生させる技術は一応は確立しているから、これと同じ魔法陣を作ること自体は不可能じゃない。ただ、その技術は当然ながら危険なので、帝国政府の機密として厳重に管理されているはずなんだ。誰が、何の目的で設置したのかはわからないにせよ、魔法陣の術式を分析することで、ある程度の手掛かりがつかめるかもしれないからな。


「トビー、山歩き愚連隊の中でサーシェス以外にも誰かテレポートを使えないか?」


 周囲に隠れて俺たちの戦闘の様子を見ていた山歩き愚連隊のメンバーは、戦闘が終わったと同時に出てきていたので、一番近くにいたトビーに聞いてみる。


「オレが使えるぜ。これでも元は魔術師メイジだからな」


「おお、それは助かる。テレポートでゲペックに戻って、この魔法陣についてギルマスに報告してくれ。大至急の調査と破壊が必要だろうからな」


「わかった。残りの二人は、あんたらと一緒に野営して警戒を続けるんでいいか?」


「それが頼めるならありがたい。交代でこの魔法陣を見守って、魔結晶ができたら取り除けば魔物は発生しないはずだからな」


 冒険者ギルドから調査隊が来るにしても、少し時間はかかるだろうからな。それまでは俺たちが野営して、この魔法陣を見張ってないといけないだろう。野営と周囲の探索に慣れた山歩き愚連隊のメンバーが残ってくれるのは助かる。


「サーシェスもすぐに戻るはずだ。じゃあ、オレは行くぞ」


 そう言ってテレポートで消えるトビー。


「それで、あたしたちはどうするの?」


「ここで野営準備だな。ただ、オリエは抜けたトビーの代わりに山歩き愚連隊の二人と一緒に周囲の警戒をしてくれ。サーシェスが感じていた視線の主が、ここに来る可能性は高いからな」


 アイナに答えながら、オリエにも指示を出す。


「わかったでござる。これはリョウが持っててくだされ」


「あ、これもリョウが持っててね」


 ワイバーンが落とした二個の竜神の宝玉を俺に渡すと、オリエは山歩き愚連隊の二人の方に向かっていき、周囲の警戒についての打ち合わせを始める。アイナも金の宝玉を俺に渡してきたので、俺は受け取った竜神の宝玉をすぐにインベントリに収納した。


「じゃあ、あたしたちは野営準備ね。まずテントを張って……」


 アイナが言いかけたとき、俺は背筋がぞわっとする感覚をおぼえた。


「気をつけろ! 何かが来る!!」


 ドガァン!!


 俺が叫ぶのと、ほぼ同時に魔法陣が爆発した。


「これは『エクスプロージョン』!?」


 クミコが叫ぶ。「エクスプロージョン」は広範囲が対象の強力な攻撃魔法だ。あんな地面の上に描かれたにわか作りの魔法陣なんか、ひとたまりもないだろう。


「どこだ!?」


「あっちの木陰の方だ!」


 俺の問いにイリスが即座に答える。その方向を見ると、覆面で顔を隠した人影が木々の間から半身を乗り出していた。覆面や服は森の木々の間で目立たないような、濃緑色と茶色が混ざった縞模様になっている。


「テレポート」


 ひとこと魔法を唱える声が小さく聞こえてきた。同時にその姿がかき消える。逃げられたか。


「やられたな」


「あれが今回の首謀者だろうね」


 思わずつぶやいた俺に、イリスが言ってくる。


「だろうな。クソっ、完全に証拠隠滅されちまった」


 正に一瞬の隙を突かれた。それまでは山歩き愚連隊のメンバーが周囲を警戒していたのに、トビーが抜けた代わりにオリエを入れようとして、その打ち合わせをするんで警戒が一瞬緩んだのを見逃さなかったんだ。


「あれは、間違いなく高レベルのニンジャかレンジャーでござろう。あそこまで完全に気配を隠されては、拙者たちでは残念ながら探知できなかったでござる」


 無念そうにオリエが言う。山登り愚連隊の残り二人も悔しそうだ。あの男の視線に気付いていたのは、一番高レベルのレンジャーだったサーシェスだけだったからな。


「仕方ない。相手が悪かったんだ」


 そう言って三人を慰めていると、イリスが言ってきた。


「でも、これで今回の事件は何らかの意図を持って起こされたテロであることは明確になったね」


「ああ。人工的な魔法陣に、証拠隠滅。完全にモンスターテロだ」


 そこで、俺たちの発言を聞いていたキャシーが不思議そうに聞いてきた。


「だけど、今、こんなテロを起こすような団体や組織なんて存在しますの? 帝国の統治は安定していて、支配下の王国には反乱できる余力はありませんわよ。マフィアみたいな犯罪組織だって、こんな大がかりなテロを起こすメリットなんて無いじゃありませんの」


 まったく、その通りだ。だが、今回のテロの黒幕や、その意図が何だったのかは想定できる。


「キャシー、忘れたか? スライミースライマーが何を言っていたか」


「あっ!?」


 驚愕の表情になったキャシーに対して、俺は言い切った。


「これは間違い無く、異世界からの侵略の第一歩だ!」

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