第14話 緊急指名依頼

「おめでとうございます。Cランク昇格です」


 冒険者ギルド窓口のおばちゃんに書類を渡されながら、そう言われた。これは通過点に過ぎないとわかってはいるが、それでも感慨深いものがある。


 ケネスたちとモンスターファイトをしてから約一か月後、俺たちスライムサモナーズは、中堅冒険者として認められるCランクに到達した。俺たちが追放されたパーティーは、オリエのモモチ一族のパーティーを除いては、全部Cランクパーティーだった。ようやく同じ位置まで戻ってきたってことだ。


 これは、かなりのスピード昇格ではある。ただ、記録レコードでは全然ない。何しろ異世界ニホン人が結成したパーティーの場合、一日でEランクからAランクに昇格したなんてトンデモ記録があるからな。


 ちなみに、オリエが所属していたパーティー『モモチ一族第一分隊』はメンバーを入れ替えながら長いこと活動しているので、貢献ポイント自体はAランク相当まで貯まっているんだが、メンバーが頻繁に入れ替わるために、総合戦闘力がAランク昇格を満たす基準には足りないので、ずっとBランクであり続けるという変則的な扱いになっているそうだ。


「せっかくだから、パーッとお祝いしない?」


 仲間たちの元にもどってCランクの証明書を見せると、アイナが提案してきた。


「いいねえ」


「やりたいですぅ」


「結構でござるな」


「賛成」


「ヲーッホッホッホッホ! よろしくってよ」


「クックック、勝利の宴が我を呼ぶ……」


 全員賛成みたいだな。懐も温かいし派手に祝ってもいいだろう。


「それじゃあ、帝都のデカい料理屋でも予約して派手にやろうぜ!」


「「「「「「「オーっ!」」」」」」」


 全員が拳を突き上げて唱和する。カチュアも、こういうときはきちんと周りに合わせるんだよな……無表情のままだし声に抑揚はないけど。


 話が決まったので、冒険者ギルドを出ようと入口の方に向かったとき、その入口が開いて制服姿のギルド職員が駆け込んできた。ギルド職員があんなに慌てているのは珍しい。


「ちょっと待て、何か緊急事態っぽくないか?」


 思わず足を止めて仲間たちを制すると、アイナも異常に気付いたらしい。


「そうね、あの人の周りに恐怖の精霊が大勢集まってるわ」


 これは何か大事件が起きたくさいな。


「ちょっと様子を見ていいか。『緊急依頼』が出るかもしれない」


 仲間たちに言うと全員がうなずく。異存は無さそうだ。何しろ緊急依頼はもらえる討伐賞金も貢献ポイントも高いからな。


 緊急依頼というのは、その名のとおり緊急を要するモンスター討伐案件の依頼のことだ。通常よりも強力なモンスターが出現した場合などに出されることがある。


 モンスターは魔素を元にして自然発生したり、古代文明の残したダンジョン内で人工的に発生させられたりする。その強さは、元になる魔素の濃度によって決まるんだ。だから、発生元の地域やダンジョンが同じ場合は同じ程度の強さになる。発生元になる魔素の濃度が同じだからだ。これはモンスターの種類が違っても同じで、濃度の低いところからはスライムとかゴブリンみたいな弱いモンスターが現れるし、濃度が高ければグリフォンやケルベロスなどの強いモンスターが発生する。最高濃度のところからはドラゴンだのリヴァイアサンだのが発生するわけだ。


 ところが、稀に魔素が低濃度のところでも強力なモンスターが発生してしまうことがある。風の向きとか天候不順などによって、魔素が一時的に高濃度になってしまって強力なモンスターが発生するんだ。


 その場合、普段はその地域に発生するような弱いモンスターを相手にしている低ランクパーティーでは対抗できないことがある。そこで「緊急依頼」として高い報酬と貢献ポイントを提供することで、別の地域から高ランクパーティーを呼んで強力なモンスターを討伐させるんだ。


 だから、自分たちの強さによっては非常に「美味しい」依頼になることが多いんで、緊急依頼が出そうなときには見逃せないんだな。特に今いる町で発生した緊急依頼なら、ほかの町から増援が来る前に倒せたら高額報酬と貢献ポイントを独占できる。


 もちろん、モンスターが強すぎて手も足も出ない場合は指をくわえて見送るしかないが、今の俺たちにはレインボゥという頼もしい相棒がいる。それこそドラゴンだって倒せるはずだ。


 ……なーんて思ってたのが悪かったのかもしれない。


 駆け込んできたギルド職員は、その場で入口の戸を閉めると鍵をかけてしまう。え、それってまさか……


「緊急事態発生につき、当ギルドの出入りを一時禁止します! 外に出ないでください!! 緊急指名依頼です! 現在ギルド内にいるCランク以上の全パーティーが対象となります!!」


 ギルド職員の叫び声に、ギルド内が騒然とする。


 「緊急指名依頼」。ギルドに所属する全パーティーを対象とした緊急依頼だが、これは普通の緊急依頼や指名依頼と違って、受けるかどうかをパーティー側で決めることができない。指名されたら必ず受けないといけない依頼なんだ。


 よっぽどの緊急事態でもない限り発動されることはないはずなんだが、今はどうやらその「よっぽどの緊急事態」らしい。


「Cランク以上のパーティーのリーダーは第一会議室に集まってください。状況を説明します」


 そう案内があったので、俺はみんなと別れてギルド職員の先導で第一会議室に向かう。


 いくつかの長机と椅子が並べられた第一会議室には、既に六人のパーティーリーダーが席に座って待っていた……って、あれはエリカ!? 栄光の旅路グロリアスロードもこの街に来てたのか。おや、ケネスもいるじゃないか。意外に顔見知りが多いな。


 俺も含めて十人があとから入り、最初からいた六名と合わせて十六名ほどになった。俺たちも空いている席に座る。


「これで、現在この『ゲペック』の街にいるCランク以上のパーティーのリーダーは全員揃いましたね」


 ギルドの制服を着た初老の男が入ってきて、会議室の前の方に立って言った。ギルド職員の中でも、かなり偉い人なんじゃないだろうか。


「私は当ゲペック支部のギルドマスターを勤めるコリウスと申します。既にお聞きおよびかと思いますが、緊急事態が発生いたしました。このゲペックの街を守るために、皆様の力をお貸しください」


 やっぱりギルド長ギルマスだったか。緊急指名依頼ってことで、この支部の最高責任者が出てきたんだな。しかし、それだけの緊急事態ってのは一体何だ?


「単刀直入に申しましょう。『火竜』が現れました」


 その言葉に、俺も含めて会議室内の全員が息を飲む。


 竜種! 最強のモンスターじゃないか!!


 全属性を操る最強モンスターにして竜種の頂点である「ドラゴン」ほどじゃあないが、火属性を持つ下級竜種である「火竜」も普通のCランクパーティーじゃあ手も足も出ない存在だ。体表のうろこは硬く、鋼鉄の剣や槍も跳ね返すし、魔法耐性も高い。


 また、その爪や牙は鋭く、鋼の盾や鎧も簡単に切り裂けるほか、その口からは当然のように鉄をも溶かす炎のブレスを吐く。


 Bランクパーティーだって十隊以上も集まって、ようやっと互角に渡り合えるくらいに強大な戦闘力を秘めているんだ。竜種と単独で渡り合えるようなパーティーは、それだけでAランク認定されるってくらいに強力なモンスターなのが竜種なんだ。


「ちょっと待ってくれ、ここにAランクパーティーは?」


 ひとりのパーティーリーダーが尋ねると、ギルド長は沈痛な顔で答える。


「残念ながら不在です。最高がBランクになりますね」


 そして、最初から座っていた六人のうち三人の方を手で示しながら言う。


「そちらの『モモチ一族第一分隊』『栄光の旅路グロリアスロード』『最速のハイスピード勝利者ウイナーズ』の三パーティがBランクです」


 そうか、栄光の旅路グロリアスロードはBランクに昇格していたんだな。それに、あとの二パーティーのうち、最速のハイスピード勝利者ウイナーズは確かアイナが所属してたパーティーだし、残るひとつはオリエの一族のパーティーじゃないか? 何て偶然だ!


「Bランクが三にCランクが十三? それっぽっちで火竜と戦えって言うのか!?」


 最初に尋ねたパーティーリーダーが叫ぶ。当然だろう。戦力が圧倒的に足りなすぎる。


 ところが、ギルド長はさらに沈痛な表情になって言葉を絞り出した。


「火竜と、です」


 会議室中にうめき声がわき起こった。


「俺たちに死ねってのか!?」


「帝国軍は何をやってやがる!?」


 思わず叫んだ者がいるのは無理もないだろう。それだけの無理ゲーだ……普通なら。


 だが、ギルド長はさらに絶望的な言葉を口にしたんだ。


「帝国軍の巡検隊は……全滅しました」


 もはや会議室にはうめき声すら上がらなかった。それだけ衝撃的な事実だったんだ、帝国軍全滅ってのは。


 何しろ帝国軍の巡検隊ってのは、戦力の八割以上がレベル20以上あるメンバー百人で構成されるのが標準的な編成だ。兵士個々人の戦闘力はAランクパーティーの冒険者には及ばないが、とにかく人数が多い。平均的に強い兵士が統制のとれた戦術をとって、数の暴力で押し切れば大抵のモンスターなら余裕で倒せるんだからな。


「ぜ、全滅?」


 恐る恐る尋ねた男に、ギルド長はうなずいて答える。


「はい。ただ、軍事用語の『全滅』は冒険者の『全滅』とは意味が異なります。戦闘員の三割が戦闘不能になって潰走したということです」


 それを聞いて、会議室内の空気がすこし和らぐ。軍事用語ってのはややこしいね。冒険者パーティーの場合の「全滅」ってのは、文字通り全員死亡って意味だからな。


「なら、まだ七割も戦力は残ってるんじゃないか。何とかならないのか?」


 誰かが言ったのに、ギルド長はうなずいて答える。


「現在、この街の警備をしていた予備兵力と合わせて部隊を再編成中です。また、ほかの街からも増援部隊が派遣されてくることになっています」


「それなら何で俺たちを呼んだんだ?」


「再編成と増援部隊の到着まで時間がかかるからです。それまでに火竜がこの街に来るのを防ぐために、皆様には囮となって火竜を別のところに誘導するか、あるいは遅滞戦闘を行っていただきたいのです」


 その説明を聞いて、会議室内に生色が戻ってくる。それならば、今この会議室内にいるパーティーで何とかできそうだと思ったんだろう。


 だけど、俺が考えていたのは全然別のことだった。


「それって、別に倒してしまってもかまわないんだよな?」

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