妖しい依頼はたしろ万店へ

彩葉くりうめ

第1話 始まり

 深い深い森の奥。

 辺りに漂う仄かに輝く小さなもの。

 大きな桜の樹の下で二匹が寄り添う。

「必ずお前を助けてみせる」



 さよならの季節が過ぎ、新しい日々の始まり。

 着慣れていない制服に身を纏い、環境の変化に少し緊張気味な人や友達と楽しげに会話をする人などが多く見られるそんな季節。

 けれど中には変わらぬ日々を過ごす者もいる。

「どうした田代。世の中は新しい日々にドキドキワクワクしているというのにその様は。周りの空気に気圧されでもしたか?」

 キッチリ着こなした制服の腰に手を当て見下ろす先では、机に突っ伏していた茶色い髪がもぞりと身動きをする。

「……してねーよ。自堕落な日々が終わって、今日からはじまる嫌いな勉強に絶望しているだけだ」

 そう言って組んでいた腕へと更に沈む。

「二年に上がって内容も難しくなるしなぁ。赤点取らないように……まぁ精々頑張れや」

「うわぁぁ……それを言うなぁ」

 聞きたく無いとばかりに額を腕に擦り付けると唐突にガバリと顔を上げる。

「そんな事より聞いてくれ山口!俺だって昨日までは、二年に上がって新しいクラスにそれはもう勉強が始まる事なんて忘れるくらいにはウキウキだったさ!」

 先ほどまでの暗さは何処へやら、矢継ぎ早に話し出した彼、田代光樹たしろみつきは目の前の友人、山口圭介やまぐちけいすけへと溜まっていたものを吐き出すかのような勢いで続ける。

「ウキウキだったのに……昨日厄介そうな依頼を半ば強制的に押し付けられた……」

「あぁ、お前の家、確かなんでも屋なんだっけ?」

 光樹の実家である、たしろよろず店は庭掃除から物の修理に犬の散歩まで様々な依頼を受ける、町の便利屋さんとして知られている。

「昨日の帰り道にちょっとした知り合いに襲撃されてあれよあれよと……」

「流された訳か。ご愁傷様」

 同情するような微妙な顔つきの山口は、顔の前で祈るように手を立てる。

 それに対して再び机に顔を沈めた光樹は事の発端となった昨日の出来事を思い返す。


 夕飯の買い出しにと近くのスーパーからの帰り道、パンパンに膨らんだ袋を片手に光樹は朱から濃紫へと変わって行く空を見上げながら歩いていた。

 どこか幻想的で、日々見え方が変わるこの空が光樹は好きだなのだ。

「あっ!光樹だ!!」

「おー光樹だぁ」

「そのまま行くとあぶねーぞ!」

 何処からともなく、突如聴こえてきた声に光樹は空から視線を外す。

 しかし、すぐ目の前には灰色の物体が迫ってきていた。

「うわっ!!…………ぃっってぇ……」

 そして、避ける間も無く灰色の物体ーー電柱へと勢い良く額をぶつけてしまった。

 見事なまでに直撃した光樹は額を抑え、痛みにそのまましゃがみこむ。

「これぞまさしくクリーンヒットってやつだな!」

「くりーんひっとー」

「上ばっか見てっからだぞー」

 高い声にのんびりした声、更に二つより少し低い声。

 三者三様それぞれ違った反応をする声の主達は光樹の前へとわらわらと近づいてきた。

「お前ら……見ていたなら早く教えてくれよ」

 光樹は痛みを堪えながら足元に集まる、小さな人ではないものに言う。

「オレは言ったぞ!名前呼んだからな!」

 見た目は兎だが、胴体と同じ長さのある耳と尻尾をなびかせながら、光樹の周りを元気にグルグルと回る。

「ボクも呼んだー」

 のんびりとした声に顔を上げると、真っ白の毛並みに覆われ、殆ど顔が見えない羊がいた。

 二本の角の先端が少し見える体は兎よりも毛量の分大きくてモフモフしている。

兎丸うさまる羊土ひづちも光樹見つけて呼んだだけだろ!……俺はちゃんと危ないって言ったぞ」

 二匹とは違い少し落ち着きのあるウリ坊のような縞模様のある猪は、呆れたような口調で光樹へと訴える。

 その声音とは反して、柴犬のような巻尾はブンブンと左右に揺れていた。

猪助いのすけの声はちゃんと聞こえてたよ。あんがとな」

 まぁ、遅かったけど。とボソボソと言うその声は兎丸の声により掻き消される。

「猪助だけズルい!オレにもお礼言って!」

「ボクもボクも」

 走り回っていた兎丸は光樹の前で器用に二本脚で立ち上がりピョンピョンとアピールをする。

 完全に子供のような態度に光樹は微妙な顔で目の前の小さな頭を撫でてやる。

 モフモフしていて触り心地が最高だ。

 撫でられて満更でもないのか、兎丸と羊土は少し大人しくなりされるがままだ。

 そうこうしていると、前から来た女性が怪訝な視線を光樹へと向けるのを感じた。

 それもそのはずだった。彼らは普通の人間には見えない、妖と呼ばれるモノ達なのだから。

「そんでお前ら、何しに来たの?」

 光樹にとって妖は普通に見え、当たり前に存在するものだが、他の者からすれば道端に座り込んで空中に手を出している様にしか見えない。

 今更他人の目など気にはしないが一応体裁というのもあるし、変な噂が流れても困る。

 良くも悪くも些細な事で周りの環境は変わっていくものだから。

「兎丸が光樹を見つけて突然走り出したんだよ」

 立ち上がり歩き始めた光樹を追う様にして三匹も付いて歩き出す。

「だって光樹なら頼めばなんでもしてくれるじゃん!」

 兎丸の発した言葉に何故だか嫌な予感が走る。

「まぁそりゃぁ光樹なら何とかしてくれるかもだけどさー」

 何故だか頭で警鐘が鳴る。これを聴いてしまえば厄介事に首を突っ込む羽目になる。そういった謎の予感。

「光樹に依頼。頼みに来たー」

 光樹が遮る間も無く無慈悲に響く羊土ひづちの声。

 これが光樹の踏み出す新しい一歩。

 新しい日々の始まり。


 縁は結ばれた。

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