第53話52.領主の選択 14

「父さん、母さん、レーニエ様のご準備ができました」

 サリアはレーニエの寝室から顔を出し、控室で待ちうけている両親に声をかけた。

「きっとびっくりするわよ。下の方はどう?」

「ああ、大広間の方はすべて整っているよ。抜かりはない」

 セバストは大きく頷いた。

「お客様は皆そろったしね」

 オリイも微笑む。

「あとはレーニエ様のお出ましを待つばかりです」

「だ、そうですよ? レーニエ様……レーニエ様?」

 サリアはなかなか出てこない内気な主に、まったくもぅと云った風で、いったん出てきた扉をまた大股で引き返してゆく。彼女の両親は顔を見合わせたが、したり顔で頷きあって何も言わなかった。


 この館の主はまだ、寝台の横に立てられた大鏡の前から動けずにいた。

「レーニエ様、お聞きになったでしょう? お客様を待たせてはいけませんわ」

「サリア……サリア、やはり黒にした方がよくはないか? なんだかずいぶん滑稽に見える」

「まぁ! 今更何をおっしゃっいますか? 一番似合う色を探せとおっしゃられたのは、レーニエ様ですのよ。第一、今から着替えるのではせっかくのお料理が冷めてしまいます。母さんと私で朝から用意をしたのに」

「それは……だけど、ちょっとこれ派手過ぎでは? 胸元だって、こんなに」

「それがいいのではありませんか。せっかくおきれいなお胸をされているのに、今までずっと隠されていたのですもの。こんなレーニエ様をご覧になったらもしかして、ファイザル様だってご決心を翻して、ずっとここに居るとおっしゃるかもしれませんわ。さ、こちらへ」

 サリアがやたらと引っ張るので、レーニは仕方なく彼女の方を向いた。オリイが心配して先ほどからちらちらと室内の様子を窺っていたが、レーニエの姿を認めるとぱぁっと顔を輝かせた。

「まぁ!」

 そこには初めて、瞳と同じ色の衣をまとったレーニエの姿があった。

 レーニエの希望であまりに鮮やかな赤ではなく、落ち着いた感じの緋色の絹。ただ、胸元が広くれていて、肌理きめ細かい肌と優美な曲線を魅惑的に覗かせている。帯は乳のすぐ下で蝶結びにされ、その膨らみを強調するようになっていた。身ごろは幾重にもレースや絹が重なり合いながら、あまり広がらずに裾を引き、すらりとした肢体を引き立てていた。袖はいったん膨らんで、やはりレースを重ねながら裾広がりになり、先に小さな輪がついていて中指が嵌まっている。

 髪は都では高く結いあげるのが流行はやりだと言うが、レーニエの髪は長すぎてそれには向かない。以前したのと同じように、顔の両側から編み込みながら、後ろで結いあげて飾り櫛をさし、長い後ろ髪はそのまま背中を滝のように流していた。そして、瞳やドレスと同じ色の紅を引いたことが唯一の化粧だった。

「これはお美しい……」

 セバストもそれ以上のほ褒め言葉が見つからずに、嬉しそうに妻の肩に手を置いた。

「でもあの……」

「さぁさ! レーニエ様、早く父さんの腕をとって! 階段の下からはファイザル様がエスコートなさる予定なのでしょ? まるで結婚式ですわね!」

「……サリア!」

 なんということを、と真っ赤になって口を開きかける主人を軽く制し、サリアは、

「後でいくらでもお叱りを受けますから今は早く!」

 と容赦なく追い立てる。レーニエは仕方なくセバストが差し出す腕をとった。

 今宵はファイザルの昇進、出立と、この度新しくノヴァゼムーリャ国境警備隊長の任に就いた彼の戦友、パトリス・オーフェンガルド少佐の着任式を兼ねた晩餐の宴だったのだ。


 あの拉致事件の後、レーニエはしばらく外出を禁じられた。流石に疲れ切った彼女は翌日少し熱を出し、二日ほど部屋から一歩も出してもらえなかった。

本人は一日で元気になったと言い張ったが、誰にも聞き入れてもらえなかったのだ。

 レーニエは事件の後始末や、出立の支度と後任者への引き継ぎで砦を離れられないファイザルを初め、彼女を救うために手を尽くしてくれた兵士たち、一年で一番忙しい時期に心配を掛けてしまった村人たちに会いに行きたいと切に訴えた。

 脱走兵も捕まったことだし、もう大丈夫だと力説したが、セバストもオリイも今回に限って断固許可しなかった。サリアは一番怒っていたし、ここにフェルディナンドいたら、もっと怒るに違いなかった。

「私たちがどんなに恐ろしかったか、少し頭を冷やして考えてくださいませ。今日は一歩も寝台から降ろして差し上げませんからね。父さんも母さんも卒倒寸前でしたのよ! ほぅら、まだ額が熱い!」

「だけど……だからこそ、私が皆に謝辞と謝罪を……」

 サリアのものすごい剣幕にたじたじとなりながらも、レーニエは最後の抵抗を試みるが、怒り狂った侍女の迫力に、言葉尻が消えてしまった。

「そんな事、先ずはお熱を下げられてからおっしゃって下さいましね! それにレーニエ様がお出ましにならなくても、どうせ皆の方からやってきましてよ」

 サリアは、掛け布団から眼だけ出しているレーニエに、覆い被さるようにして宣言したが、それは確かにその通りとなった。

 事件の翌日の午後、ペイザンに連れられたミリアとマリがお見舞いにやって来た。

 彼女たちはあの朝レーニエの推察どおり、この春、領主と共に植えた種がどこまで大きくなったか急に見てみたくなって、あんな外れた場所までやってきて、いきなり捕まってしまったという。

「後ろでガサガサって音がしたって思ったら、急にマリが知らないおじさんに捕まったの」

「とっても怖い顔で、怒ってガミガミ言ったの」

 そして、ちっとも怒っていないレーニエに向かって、泣きながら可愛い声で「ごめんなさい」を繰り返すものだから、さしものサリアも怒りを解いてレーニエを許す事にした。

「確かにあんな子達に刃物を突き付けられているのを見たら、誰だって動揺いたしますわねぇ……」

 三人を送って戻って来たサリアはそう言って、言いつけどおり寝台に横たわったまま、窓の外を見ている優しい主に頷いて見せた。ペイザンの御す荷馬車の荷台の後ろにちょこんと腰かけて、二人はまだ二階の窓を見上げて手を振っていたのだ。

「うん」

 村人たちからもいたく感謝をされ、アダンとキダムを代理にする形で、様々なものがお見舞いとして届けられた。彼ら二人も、寝台の上に弱々しく伏せっている領主の非凡さを再認識した様子で頭を垂れたが、当の本人はこの事に関して、自分があまり賢明ではなかったことを知っているので、恐縮しながら大人しく彼等の謝辞を受けていた。

 ブリッツは命を取りとめた。しかしかなりの重症で、今でも砦の牢内で寝たきりになっているという。マンレイはあれから間もなく回復し、ファイザルの事情聴取を神妙に受けた後、ブリッツと共に牢に入っていた。

 彼らは回復し次第、都に護送されることになっている。


「ジャヌー、お前にも辛い思いをさせたね……済まない」

 見舞いを兼ねて報告しに来たジャヌーに、レーニエは心から詫びる。

 レーニエは努力して平静を保とうとしていた。

 体の空かぬファイザルの代わりに館を訪れるジャヌーを相手に南の戦場の様子を聞いていたが、そのジャヌーもファイザルと供に行ってしまうと知って、日毎にその表情は浮かなくなってゆく。

「レーニエ様、そんなことをおっしゃらないで下さい。俺なんか結局何の役にも立ちませんでしたし」

「そんな事はない。お前がいたから迅速に落着出来たのだ」

「いえ、俺はただうろたえていただけで……指揮官殿の采配にただ恐れ入るばかりで」

「ヨシュア……あの人はどうされておられる?」

「はい。明日にはオーフェンガルド様が、アルエの街まで到着されるという事で、準備や何やかやで大変多忙にしておられます。ですが、レーニエ様の事を大層心配しておられました。お熱の方は……」

「もう大丈夫だ。あんまり皆が心配するので、こうしているのだが……明日には馬で砦の方にいけるかな?」

 やっと床から出ることを許されたレーニエは、居間の暖炉の前の大きな椅子に沈み込んで物思っている。

「いえ、まだご自愛くださいませ。それに体が空きさえすれば、指揮官殿の方から必ずお見舞いに来られます。その為に片っぱしから仕事を片付けておられるのですから。今しばらくの御辛抱を」

「……そうか」

「レーニエ様、そんな顔をなさらないでください」

 ジャヌーの方がつらそうに懇願する。

「わかっている」

 レーニエは気持ちの優しい青年に、心配をかけないように無理して笑って見せた

 それから数日が経ってもファイザルとはゆっくり話す間がなかった。

 彼は事件の事後処理や、間もなく着任したオーフェンガルド少佐との引き継ぎ業務で、ますます忙しくなり、オーフェンガルドの着任の挨拶に付き添って、新旧の警備隊長で領主館を慌ただしく訪問した以外は会っていない。

 昼の間はまだよかった。冬支度をする村人の様子を見たり、子ども達と過ごしたりしていると気が紛れた。

 しかし、夜になって寝台に横たわると、あの金色の落ち葉が舞う森の中で、ファイザルがどんな風に自分を抱きしめ、口づけを与えたか、どんな言葉を囁いたかが蘇り、体をよじるほどの想いで体の奥が熱くなる。彼の腕の硬さや唇の感触が恋しくて涙が溢れ、闇の中でついその名を呼んでしまう。

 戦場とはどういう処なのか、レーニエは想像することしかできないが、ジャヌーの話では戦況はあまり思わしくないらしい。

 どんな風に人々が殺し合うのか、先日のファイザルとブリッツの対峙を見て、恐ろしい思いをした彼女は深く考えたくなかった。しかし、現実の戦場は、そんなものではない事くらいは分かる。

 そして、ファイザルは着々と、の地へ赴く準備を進めているのだ。考えるだに震え上がるほど恐ろしい。

 募る恋しさと不安にさいなまれながら過ごす夜は辛く、長い。

 会いたい。ヨシュア……!

 だからこの晩餐の話がキダムから持ち上がった時、レーニエはすぐに承服した。もうこれで当分会えなくなるのなら、せめて一番きれいに装った自分を覚えていてもらおう、そう思って。

 美しく装うなど、今まで考えたこともなかった彼女だが、サリアに相談してみると一も二もなく賛成してくれたので、決心がついた。

 サリアはいつかこのような日が来ると夢見て、オリイと二人で仕立てたドレスがやっと日の目を見れると知り、レーニエの健気な決意はともかく、秘かに嬉しくてならなかった。


 密やかな衣ずれの音が階上から聞こえてファイザルは顔を上げた。そして、紅を纏った娘の姿を見た途端、頬が強張る。二人の視線が絡みあった。

「……」

 レーニエが女物の衣装を着ているのは以前、領主着任の挨拶の席で見たことがある。その時は黒い衣装で確かに美しかったが、まだまだ子どもっぽくいのに背伸びをしている湯な痛々しい印象すらあった。

 しかし、今のこの姿は。

 今まさに咲かんとする冬薔薇が、もし人の形をとれば、このような姿になるのではと言うような――。

 しかし、ファイザルの口を突いて出たのは平凡な社交辞令だった。

「こんばんは、レーニエ様。今宵はは私などのために、このような席を設けていただき、ありがとうございます」

「あ……いや、ファイザル指揮官殿。今宵はささやかですが、どうぞお楽しみください」

 高鳴る心臓を押さえ、何とか階段を降り切ったレーニエは、少しだけ口ごもりながらも礼儀正しく応じた。広いホールは冷えているのに、頬は真っ赤に染まっている。

「では、ファイザル様。お願いいたします」

 セバストから受け取ったレーニエの腕は細かく震えていた。彼は安心させるように指先をそっと包んでやる。

 よい眺めだと思った。

 身長差があるために、白い胸元が露わに見られる。一年前には少年のようだった肢体は今、ドレスが少し窮屈に見えるほど丸みを帯び、実に悩ましい光景だった。ホールの左にある、大広間へ続く扉までのわずかな距離が永遠に続けばいい――そう思えるほどに。

「今宵は一段とお美しい」

 なんでこんな平凡な讃辞しか出てこないのか、ファイザルは自分の語彙の貧弱さを呪った。しかし、レーニエには充分すぎるほどだったらしく、一段と頬が染まる。

「そ、そうだといいが。あなたのために着たんだ……少しでもきれいになりたいと思って」

 ファイザルは急に晩餐会も、三日後には戦地に出立することも、どうでもいいと思った。今直ぐにこの娘を攫って、思うままにその肌を味わうことができたなら……。

 だが、その返答は、またしても間の抜けた言葉だった。

「では、その望みは叶いましたね。今までで一番おきれいです。後任のオーフェンガルドが新婚でよかった」

「そ……そう?」

 自分を思い切りぶん殴りたくなったファイザルは、もう今夜は何も言わないで、ただこの娘の顔を見て過ごそうと思い始めたが、その時セバストが大広間への扉を開け放つ。

ノヴァゼムーリャ領主館で久しぶりに開かれる晩餐の宴だった。


「レーニエ様、お疲れになりましたでしょう?」

 ドレスを脱ぐのを手伝いながらサリアは主に聞いた。晩餐が終わり、しばらく談笑した客達が帰って行ってから半時。

 レーニエは、サリアの供も断って寒い中、はね橋までファイザルはじめ、客たちを見送っていたのだが、その後から様子が明らかに少しおかしくなった。ぼんやりして心ここにあらずと言った感じなのだ。

 サリアは、ファイザルと会えなくなることが辛いからかと思ったが、レーニエの様子を観察していると、悲しいと言う雰囲気はあまり伝わってこない。

 春先に高熱を発した時もこのような宴の後だったので、彼女はだんだん心配になってきた。

「レーニエ様?」

「えっ!? ああ、済まない。サリア、何だったかな? えーと……」

 ドレスを脱ぎ去り、入浴用のガウンに着かえた主は相変わらず視線を彷徨わせている。

「ファイザル様は……」

「え!? ヨシュアが何? なんだって!?」

「何も言ってません」

 ダメだ。今夜のレーニエ様はどうかしている。サリアはため息をつきながら思ったが、今のやり取りで腑に落ちるものがあった。

 全くお分かりやすいのだから……素直なのも時に困っちゃうわね。侍女としては。

 おそらく自分が見ていない間に、間近に迫った別離のことさえレーニエの頭から忘れさせるような事があったに違いない。

「何かおっしゃられたのはファイザル様なのでしょう?」

 サリアはレーニエの表情をじっと伺いながら唐突に尋ねた。

「ええっ!? べ、別に何も……ヨシュアは……」

 ふぅ~ん、何かおっしゃられたのですね?

 簡単にカマに引っかかったレーニエを、サリアは姉のような気持で微笑ましく見つめた。薄暗い寝室の鏡にさえ、真っ赤になった頬が映っているような気がした。

「そ、それにしてもオーフェンガルド殿の奥方は素敵な人だった。お話も面白くて、私とも気が合いそうだし……」

 レーニエは急に晩餐会のことを話題にして、サリアに変に思われないように努めようとした。それが無駄な努力だとは、本人はまったく気が付いていない。

「左様でございますね。お歳は確か二十三だとか。眼鏡をかけていらしても、とってもお若く見えましたわ」

「オーフェンガルド殿も長い軍隊暮らしで、独身生活が長いと言われていたから」

 どうも微妙に会話の辻褄つじつまが合っていないのだが、それも本人は気が付いていない。サリアは気がつかない振りでドレスを箪笥に吊るし、別室で入浴の支度をしはじめる。

 お可哀そうなレーニエ様。初めての恋が叶った途端、別れなくてはならないなんて……。

 それにしてもせめて――。

「フェルがいたらいいのに……」

 最後の言葉は思わず口の端にのせられた。一時の逢瀬おうせの後は、もっと恋しさが募って、レーニエは酷く悲しむだろう。そんな時、レーニエの心の機微きびに敏感な少年がいれば、レーニエもどんなにか慰められるに違いないのに。

 湯が溜まり、部屋も暖まって入浴の支度が整った。

「ご用意できました」

「ああ……」

 レーニエが浴室に入ってききたので、サリアは軽くはおっただけのガウンを取り去った。いつもながら女でも見とれるほどの裸身。白磁の肌に銀髪がまとわりついている。

 サリアは手早く髪をまとめると、リルアの花を浮かべた浴槽にレーニエを浸す。玉の肌を念入りに上質の海綿で磨き、髪を解くと別の洗い液で髪を洗いあげる。

 入浴の間もレーニエは心ここにあらずという感じでされるがままになっていた。

「お髪はくるんだままにしておいてくださいね。お風邪を召されては大変ですから」

 サリアは寝間着とガウンをレーニエに着せかけ、部屋の中を見渡し抜かりはないか確かめる。

「それではお休みなさいませ」

「ああ……お休み」

 サリアは一礼して出て行った。扉が閉まり、暗闇の中にレーニエは一人残された。思いはつい先ほどのファイザルとのひと時に遡る。


 客たちを送るためにレーニエははね橋のところまで出ていた。サリアには付いてこなくていいと言ってあるので一人である。

 村長たちは徒歩や荷馬車で各々帰って行き、次期セヴェレ砦指揮官を担うオーフェンガルドと夫人は、レーニエに厚く礼を述べ、砦から迎えの二頭立ての馬車に乗り込んだ。ジャヌーはその護衛で騎馬でつき従う。最後に残ったのはファイザルだけだった。

「お休みなさいませ、レーニエ様。今宵はありがとうございました。オーフェンガルドも細君も大層喜んでおりました」

「……ヨシュア、あ、あの……出立の日までもう……会えない?」

 それならばせめてここで口づけをして欲しい、レーニエはそう思ったが、とても口には出せずに彼の袖を摘まんだまま俯いた。

 泣いたりはしないと既に何度も誓っていたが、ともすれば込み上げる嗚咽おえつを飲み込むのに唇を噛みしめている。しかし、ファイザルにはわかってしまったらしい。

 月明かりが照らすはね橋の上で、彼はレーニエを抱き寄せた。夜は冷えるからとサリアに被せられた肩掛けがむしりとられ、口づけが降るように浴びせられる。

 唇に、月光が照らす淡い肩に。晩餐の間中、彼を悩ませた胸元に。

 最後に唇を強く吸ったファイザルは、レーニエにあることを囁くと、不敵な笑いを浮かべた。もう一度彼女を強く抱きしめ、肩掛けを巻きつけるとひらりと馬上の人となる。

 浅くなった堀にその姿を映し、レーニエはしばらくその場から動けなかった。

 月に照らされた荒野の下生えが白く波打ち、まるで泡立つ海のようだ。その中を黒い騎馬がただ一騎、悠々と駆けてゆく。

 夢のような光景だった。

「ああ……」

 突き抜ける甘い疼痛とうつうによろめく体を抱きしめ、ノヴァゼムーリャの領主は思わず声を漏らした。

 立ち去り際、柔らかな耳元に彼は囁いたのだった。


「明後日の夜、お部屋に忍んでまいります」




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