幕間

第40話 七大天使の座

 無機質な部屋だった。

 壁面はのっぺりと飾り気が無く、天井から床へと繋がっている。

 どこにも照明器具らしきものは無いが、天井から壁面全体が、淡い輝きを放っていた。


 部屋の広さは、ちょっとした会議室程度だろうか。

 中には床から直接生えている丸みを帯びたテーブルが一つ。

 そして、椅子が七つ。

 屋内には三つの人影があった。


「くだらねえ。くだらねえ」


 ぶつぶつと苛立たしげに呟きながら、燃えるような赤い髪をした男が、手にしたキューブをいじっている。

 一見すると正八面体で、一面には三角形をした色とりどりのキューブが四つ。

 これは、ぐりぐりと動かす事ができるようになっており、それぞれの面を一色のキューブで満たす知的玩具なのである。

 どう見ても、男が手にしているキューブは各面がバラバラの色をしている。

 つまり、上手く解けないでいるのだ。


「あー!! なんっだよこれは! こんなん無理じゃねえか! ありえねえ! 製作者ぶっ飛ばしてやる!」


 ついに我慢の限界を超えたのか、キューブを床にたたきつけつつ男は立ち上がった。

 長身で筋肉質、顔立ちも整っていたが、今は怒りに歪んでいる。理不尽な怒りだ。


「やあ、ウリエルはまた知的玩具に敗北しましたか」


 近寄ってきて、キューブを拾い上げたのは、栗色の髪をした柔和な表情の男性。彼もまた、美しい顔立ちをしている。特徴的な、緑色の服を身につけていた。

 彼はキューブを手にすると、少々首を捻りながら、カチャカチャといじり始めた。


「ハッ、お前はそういうコマコマした作業が得意だからな。俺はダメだ」


 肩をすくめ、どっかりと椅子に身を投げ出したウリエル。

 その目の前で、柔和な表情の男性はキューブを瞬く間に組み替え……。


 カチャカチャカチャ。


 組み換え……。


 カチャカチャカチャ。


 組み……。


 カチャカチャカチャ。


「おいぃ!?」


 ウリエルが立ち上がって突っ込んだ。


「お前も出来てねえじゃねえか!?」


「うん、これはいけないですね。これ欠陥品ですよ。製作者に文句を言いに行きましょう」


 悠然と立ち上がる男性。

 彼のこめかみにも青筋が浮かんでいる。案外見た目よりも気が短い。


「おい……まあ、落ち着けラファエル。な? 俺もカッとしてたところがあったからさ」


「君がそういうならば……」


 二人の漫才めいた様子を、小一時間眺めていたのが、部屋にいるもう一人の男だ。

 白い布地に金の縁取りがある、豪奢な衣装に身を包んでいる。髪はブロンド、目は透けるように蒼い。

 じっと、飽きもせずに同僚のやり取りを見ていた彼は、テーブルに置かれたキューブに手を伸ばした。

 そして、カチャカチャといじり始める。

 瞬く間に、全ての面がそれぞれ統一された色で埋まった。


「おお、さすがです」


「やるじゃねえか、ミカエル」


「ふむ……けいらが騒ぐ様子を眺めることにも、いい加減飽きてきたからな。ちなみにこのキューブの開発者は、私だ」


「あっ」


「あっ」


 ラファエルとウリエルは額に汗を浮かべる。

 だが、ミカエルは動じた様子も無い。


「卿らも知っての通り、この五百年間、全く万魔殿には動きがない。つまり、我々にもやることが無いということだ。手慰みに、幾つか知的玩具をデザインした。現在市場に出回っている玩具の50%が私のパテントだ」


「なるほど。……ところで、今回集まったのは、その話をする為ではなかったと思いますが?」


「うむ、そうだった。ついついいつもの習慣で、だらだらと時間をすごしてしまったようだ」


 ミカエルは、居住まいを正した。

 どことなく抜けた様子のある美形が、威厳をたたえた完璧な美形になる。


「万魔殿に潜伏していたサマエルからの連絡が途絶えた。討たれたと見て間違いあるまい」


「野郎、死んだか」


 ウリエルが呟く。

 

「それじゃあ、ガブリエルの婆様も引退したし、いよいよ俺たち三柱きりになったわけだな。……おいおい。本格的にこいつはまずいぜ、ミカエル」


 大仰な動きで手を振りかざすウリエル。


「もうじき、万魔殿完成から千年だ。そろそろ何がしかの動きがあってしかるべきだろう。だが、だ。俺たち七大天使は、うち四柱が欠員ときてやがる。引退する奴、途中でおっ死ぬ奴、潜伏したまま消息の途絶えた奴。いやはや……神の軍もボロボロだぜ」


「残る席は四つ。早急に席を埋めなければなりませんね。無論、性急な人選は後に響きますので」


「ラファエル。卿が見つけてきた候補者たちがいたな」


「ええ。ジブリールを除き、十六名。おっと、彼もいましたね。バスタードから初の候補者です。彼の能力は、恐らくはサンダルフォンと同種のものであると思われますが」


「なに、サンダルフォンとか!」


 ウリエルが声を張り上げた。

 椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。


彼奴きゃつとは決着がついていなかったんだ。そいつはあれか? 属性の使い手か。稲妻なんだな?」


「ええ、相違ありません。暴走したジブリールの奇跡を、彼の稲妻を操る奇跡が相殺しています」


「かの娘は人格に問題はあるが、実力だけであれば超一級。それと組みしうるなら、逸材だな」


「ではジブリールはシード枠で?」


「いや、外れ枠に叩き込んで置いてくれ。かの娘に楽をさせておくことは、後々の教育にも悪かろう」


「かしこまりました」


 非情な選択がなされた事を、ジブリールは知らない。

 恐らくは獅子がわが子を千尋の谷に突き落とすようなサムシングであろう。


「そして、その次代のサンダルフォンの名は?」


「オドマくんですね。彼のガールフレンドもまた、魔術のコピーといった非凡な才能を発揮しています。ジブリールと言い、候補者の彼らと言い、この世代は規格外ばかりですね」


「時代が近々起こるであろう大異変に備えているのかもしれんな。では、早急に選抜を開始しよう。候補者十八名への、決闘装置配布を手だてておいてくれ」


「既に手を打ってありますよ」


 にっこりとラファエルは微笑んだ。

 彼の真横で、赤毛の天使は強く拳と手のひらを打ち合わせながら吼える。


「おおっ、俺もじっとしてはいられんな! ちょっと出てくるぜ!」


「どちらへ行くのですか?」


「候補者連中に、ちょいと挨拶をな!」


 ウリエルはその言葉とともに、足元から湧きあがる螺旋状の炎に包まれた。

 炎はすぐに消え、そこに赤毛の男の姿は無い。


「やれやれ、性急な……」


「だが、気持ちは分かる。久しく停滞を続けていた世界が、ようやく動き出そうとしているのだからな」


 ミカエルは、投げ出されていたキューブを手にすると、再びカチャカチャといじり始めた。


「私はこの場で、新たなる七大天使の誕生を見守るとしよう。さて、だれが勝ち上がって来るのか……実に楽しみだ」

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