アンドロイドと夢を見る

野上獅子

第一章:鋼鉄の闇と海

第一話

 アンドロイドが自我を持ち、人間の僕として普及したとある都市『パノプティコン』。この都市には社会が二つ形成されている。

 中流階級から上流階級が住む整備され、綺麗な表社会。ありとあらゆる犯罪が横行し、一部は人が住めぬ程に汚染された地域がある裏社会。この二つの社会がお互いの存在を許容しながら生活していた。


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 今にも雨が降りだしそうな鉛の空の下。

 ボロボロな黒のトレンチコートに身を包み、左腰には黒い鍔無しの日本刀が、カラビナを介してベルトから下げられている。太股には黒いリボルバー、脇下にはハンドガンがホルスターに収まり、下げられている。ベルトにはリボルバー用の弾丸、ハンドガン用のマガジンが括り付けられている。

 男は煙草を片手に紫煙を吐きながら死んだ目をして歩く。

 「よぉ、便利屋。仕事の方はどうだ?」

 便利屋とは男の事だ。男の名前はジャック・クロスフォード。銀色の髪はセミロングの長さ。瞳の色は宝石の様に綺麗な碧色の瞳。背丈は180程の死んだ目をした男だ。

 けれど、容姿は然程悪くない。むしろ良いと言って良いだろう。ジャックは咥えていた煙草を地面へ落とすと、ブーツの靴底で踏みつけて火を消す。

 「さぁな。....けど、いつの時代でも人を恨んで殺したがる癖に、自分で殺る勇気すら無い輩が多い事だけは確かだ」

 ジャックは再び煙草を咥え火を着けると、紫煙を吐く。

 「ちげぇねぇ....娼婦相手に暴行加える奴もな。....ちょうどあんな感じでよぉ」

 男は指を差す。ジャックは男が指差した方へ目線をやる。すると露出度の高い服を着た女が小太りの男に殴られている。

 ジャックは死んだ目をしたままその光景を眺め続ける。

 「てめぇで女抱けねぇから金で娼婦釣った癖に暴行とか...つくづくクソッタレだぜ」

 「そうだな。けど、あれがこの街の普通だ。だから俺がやる事も普通だ」

 ジャックは太股に納めたリボルバーを抜き、ハンマーを起こすと、小太りの男へと向ける。

 「good-bye...」

 銃弾が小太りの男の脳天を吹き飛ばし、血の雨を降らせる。

 「ったく。正義のガンマン気取りか、ジャック? お前らしくねぇ」

 「悪魔も稀に人を助けるってな」

 ジャックは紫煙を吐きながら、リボルバーをホルスターに納める。

 「じゃあな。事務所に帰る」

 ジャックはそう言ってひび割れたコンクリートの道を歩いていった。

 上を見上げれば空間ディスプレイでニュースを放送している。ホログラムで姿を隠したアンドロイド達もこの裏社会には数えきれない程居るだろう。

 ジャックは横目にアンドロイドの残骸や死体を見ながら事務所へと帰っていく。



 事務所へたどり着くと、指紋認証で鍵を解除し部屋に入る。

 パソコンのメール欄には十通程の依頼が届いていた。ジャックは表社会では便利屋として話が通って居るが、裏社会では殺し屋として通って居る。そしてパソコンに届く依頼は全て殺し屋としての依頼となる。

 ジャックはトレンチコートをソファーに投げ捨てて、ホルスターや日本刀も外さずに依頼の内容と報酬を見る。

 「悪くは無いな...」

 ジャックはまたしても煙草を吸いながらパソコンを見る。机の上の灰皿は既に煙草の吸殻でキャパオーバーになっており、空き缶を灰皿にしていた。

 ジャックは必要最低限の事しかしないため、入浴や洗濯はするが、部屋の掃除は殆どしない。以前はちゃんと掃除していたが、襲撃で事務所が吹き飛んだ事があったため、部屋の換気とゴミ捨てしかしていない。靴の泥も落とさない為、床は煙草の灰と弾丸・油だらけで、寝室だけが清潔に保たれている。

 「ん...?アンドロイドの殺し....? 珍しいな、アンドロイド殺しの依頼なんて。アンドロイド位、そこに立てと言って銃を撃てば簡単に死ぬのに」

 そう、ジャックの言葉通り。

 アンドロイドは自我を持っているが、人間の命令には逆らえない。『自殺しろ』などの命令には従わないが、『立っていろ』位の命令ならば受理する。そうしたら突っ立っている所を銃で撃てば簡単に殺せる。

 だからアンドロイド殺しの依頼なんて銃を撃てない老人からしか来ない。

 「報酬額、桁間違えてないか? 100億?アンドロイド殺しごときに? まぁ、受けるか。簡単に終わる楽な仕事で報酬が弾むなら良い事だしな」

 ジャックはその依頼に受けるとだけ返し、ホルスターと日本刀をトレンチコートと同じようにソファーに投げ捨てて寝室へ向かう。

 「眠っ....」

 ジャックはスーツのまま、眠りに着いた。




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 翌日、珍しく早朝に目が覚めたジャックはホルスターを着けて、トレンチコートを羽織り、街へ出る。

 早朝は裏社会も静まり返っており、煙草を買いに表社会に出るには丁度良い。そうして長い路地を歩いて漸く、表社会へたどり着く。

 表社会は既に活動を始めていて、早朝の喧騒は裏社会の住人であるジャックには少し辛い。

 目当ての店まで、少し速めに歩く。到着すると同時に紙幣をスーツのズボンから引っ張りだし、カウンターの上に置く。店側の常連客の目当ての品は覚えている様で数も銘柄も合っていた。

 「ほらよ。このご時世に煙草吸う阿呆はお前さんと売婦位なもんだからなぁ」

 店員の老人は笑いながら煙草のカートンを3つ抱えて持ってくる。

 「ならなんで煙草と酒を売ってやがる。今のご時世なら酒は依存性の無い疑似アルコールだろう?本物の酒なんて裏社会のブラックマーケットで法外な値段で売られてる位の筈だが?」

 「お前さん、以外と酒に詳しく無いな? 疑似アルコールじゃない本物の酒は未だに製造されてるし、売られてるよ。ほら、これ持って行きな」

 そう言ってカウンターの下から出したのはウィスキーだった。ジャックは受け取らないのは迷惑だと思い、カウンターの上に置かれたウィスキーを酒の分のコインと交換で手に取る。

 「次からは酒も一緒に買うとしよう。酒のストックは多いに越したことはないしな」

 ジャックも笑いながらそう言って店を出る。その後、食料品を少々購入して裏路地に入っていく。

 またしても長い路地を歩いて裏社会へ戻る。昼近くの時間になると少しづつマフィアや汚職警官が動き始める。

 「よぉ、便利屋!」

 「おう、お勤めご苦労」

 汚職警官に声を掛けられ、会釈程度の会話で事務所へと帰る。

 途中、マフィアのボスや幹部ともすれ違うが、全員がジャックに挨拶をする。理由は意外と簡単で全員がジャックに世話になったからだ。裏社会でジャックに殺しを頼んだ事が無い人間はほぼ居ない。

 それ故に肩身狭く生きる必要が無く、伸び伸びと生活が出来る。

 「君が、便利屋のジャック・クロスフォードか?」

 「あ?それがどうした? 依頼か? 依頼なら俺のパソコンに頼む。事務所にゃ人は入れない主義だからな」

 「いや、『依頼の説明に来た』と言った方が良いかな? 昨日、アンドロイド殺しの依頼をした者だ」

 「あぁ、アンドロイド殺しごときに100億の報酬付けた依頼か」

 ジャックはその説明で全てを理解した。そしてその男の胸元には何かのカードが入っている事にジャックは気付く。

 「そこら辺のバーで良いか?」

 「いや、立ち話で良い。どうせすぐ終わる説明だ」

 男がそう言ってホロディスプレイを空間に投射する。

 「君に殺してほしいアンドロイドは27人だ」

 「人数...多くねぇか?」

 ジャックの言葉を待っていたと言わんばかりに追加の説明を始める。

 「安心したまえ、アンドロイドはこちらでも追っている。外装ホログラムを変えたら君に報告するし、弾丸も補充したければ言ってくれれば使いの者を寄越そう」

 「は、はぁ....んで、依頼期間は?」

 「期間は無期限だ。27人全員を仕留めた時点で依頼は完了。報酬を支払おう」

 ジャックはそこで違和感を覚えた。いつも受ける依頼は期間が設定されていた。『何日の何時までに誰々を殺してくれ』といった依頼なら多数受けたが、無期限の依頼は初めてだ。それ故に違和感がある。

 「そうか....。何か隠してる事は無いか?」

 「いや、何も隠していることはない。余計な詮索はするな」

 ジャックはその時点で裏があることを理解した。けれど詮索はするなと言われたため、詮索せずに黙って話を聞く。

 「取り敢えず、依頼を受けると言った以上はそちらさんの意向に従うさ」

 「そうか...。なら宜しく頼むよ、便利屋」

 男はそう言って踵を返し、歩いて行った。

ジャックはそのまま事務所に戻り、知り合いの情報屋へと電話をかける。

 「よぉ、ジャック。どうした?」

 「少し探って貰いたい事があってな。ランディー、お前の力が必要だ」

 ジャックは男の特徴を思い出しながら話を続ける。

 「アンドロイド産業で有名な会社。エイデンロボティクス社の事についてだ」

 「また大企業を獲物にしたな、ジャック。んで、目当ての情報は?」

 「アンドロイド殺しの依頼があってな。その説明に来た男は隠しているつもりだったんだろうが微かに見えたのさ。エイデンロボティクス社の社員証がな。ここ最近、エイデンロボティクス社から逃走したとされるアンドロイドの台数は?」

 ジャックはランディーにその質問をすると、ランディーは少し間を空けたが、返答する。

 「表向きのニュースや記事じゃ4体だな。全員を捕獲したって話だがな....エイデンロボティクス社のデータベースにゃ、27体って書いてあるな。.....まさかとは思うが、アンドロイド殺し依頼の台数は?」

 「27体だ...。あの野郎....俺に尻拭いさせるつもりだ」

 ジャックはその事に憤りを覚えてむしゃくしゃしながら煙草を口に咥え、火を着ける。

 「俺は便利屋って名乗ってるし、殺し屋だが.....間違えたなぁ...」

 「だろうな。今回の依頼はいくらお前でも...」

 ランディーはそう言うものの、ジャックは煙草を口に咥えながら答えた。

 「無理かもな、命の方が大事だ。けど、裏がある筈なんだ...裏がよ...。正義の味方ぶるつもりはないけど、俺はその裏が何なのか解るまでやってみる」

 「そうか...。OKだ、ジャック。俺もその裏が何なのか探ってやるぜ」

 「ありがとな、ランディー。俺も未熟者なりに情報を探ってみる」

 ジャックは通話を切って、煙草を綺麗にした灰皿に押し付けて火を消した。

 (....もう忘れない。あの日の痛みを...)

 ジャックの目はもう既に死んでは居なかった。 

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