第39話 Fuck 荒々しく攻め立てる(8)
『そういうことだ。見えているのだろう?』
レイラが俺に思念を送る。
口にするのもくすぐったいが、そこには信頼の色が見て取れた。
『ああ』
『ならば話は早い。このあとどうすればいいか教えてくれ』
強気だけれども、そこに根拠は何もない。そんなレイラに、呆れと慣れから来る苦笑が込み上げた。
『そんなことだろうと思ったよ』
これがレイラだ。
俺はどうにもこいつが気に入っている。
そして何も考えていない俺じゃあないってことだ。
喧騒が広がり、その中にガチャガチャという鎧の音が混じってきた。
ああ、これはまずい。
白銀の鎧の集団がわらわらと集まる。迷宮検査官たちがおっとり刀で駆け付けたのだ。
こんな時だけ優秀さを発揮しやがって。お前らが来たところで死人が増えるだけなんだよ。
予定を早めよう。
「そこの君たち、武器を捨て膝をつき両手を上げろ! 抵抗するな! 君たちには放火の疑いが……」
先に立った階級の高い迷宮検査官が剣を構えて言うのは、紋切り型の役人の台詞だ。
放火って規模かよ、これが。
危機感が全然足りてない。
死にモブ感全開だが、実際に生きている人間が目の前で無意味に死んでいくのは洒落にならない。
とってつけたような義務感に突き動かされて、身体が動く。
俺はこんなのばっかりだ。
たまたま特別な才能を持って生まれたばっかりに、もう疲れ切って何もしたくないはずなのに、何かをしてしまう。
いや、生けとし生けるものはみんなそうなのかも。
生まれてしまったから仕方なく何かを成し遂げようとする。
己の
助けられる人は助けてしまう。
これは俺にとって仕方のないことなんだ。
だって、これでも俺は勇者だから。
勇者というのは職業じゃあない。その勇ましさをたたえる称号なのだ。
別に俺が勇者になる必然性なんてどこにもなかったが、それでもなってしまったのなら仕方がない。
俺は俺自身のために有用性を証明しなければならない。
『善行をなせ。人を救え』――アリザラが俺に言う。
そうしなければ殺すと、言外に示す。わかってるっつーの。
誰かにとって必要とされ続けなければならない。
価値を更新し続けなければならない。
それが俺にとって生きるということだからだ。
『道具に必要なのは機能じゃ。それ以外はすべて余分よ。そう望み、そうあればよい。汝にはその機能がある』
『人間は道具じゃないんだよ』
アリザラに言い返す。
『何が違う? ただの肉の器ではないか。血と糞が詰まった革袋がそんなに偉いか?』
『逆さ。人間は道具のようには生きられない。自分に与えられた機能すら、ちゃんと理解できないやつがごまんといる』
『ならば逃げるのか?』
『いや。これからすることはレイラのためだ。俺を信じてくれたから』
やはり人間は道具ではない。余分なものが多すぎる――アリザラはそう言ったが、結局は俺の手元から離れようとはしなかった。
「レイラ!」
俺の指示通りにレイラはその巨体でタックルをしかけた。
切れ味こそないが細かい凹凸でノコギリ状になった剣はイースメラルダスの腹に深く刺さり、多少暴れたところで抜けはしない。
「オオオオオオオォ!!」
そのままイースメラルダスを抱えて、燃え盛る民家の壁をいくつも突き破りながら猛ダッシュ。
あまりの勢いに、囲んでいた迷宮検査官たちが慌ててその包囲に穴を開けた。
方位は正しい。
すかさず俺たちもあとを追う。
俺はクタラグの記憶を読み、このスラム一帯にしかけられたトラップの位置を把握している。
レイラの白い鎧の表面がイースメラルダスの加熱魔法で
イースメラルダスが通ってきた転移パネルのトラップだ。
パネルを踏むと一瞬で青白い紋様が二人の身体を包み、光った。
レイラとイースメラルダスは青い光の塊になった。
蛍が散っていくように光がほどけると、そこにはもう二人はいなかった。転移が機能したのだ。
「私たちも「行くのかしら?」」
ミーシャとシンシャが言った。
暗に、このまま転移パネルを破壊してしまえば、時間稼ぎができると言っているのだった。
けれど、それは怠惰だ。
お前らにはそれでいいのかもしれないが、俺に怠惰は許されない。
古い相棒のアリザラが、新しい相棒のレイラが俺の尻を蹴り上げる。
ただ生きているだけでは許されないと。明日の明日の明日のために、もっともっとの義務を果たせと責任を取り立てる。
まあ、逃げたくなる気持ちはわからないでもないが、それは根本的な解決ではない。
俺は探偵だし、探偵の前で事件が解決されずに放置されると思ってるのがまずもって間違いだ。
「俺はダンジョン探偵だ。事件があったならば迷宮入りと決まってる」
ダンジョンは迷うもの。俺は自分から迷いの中に飛び込んでいく。迷うこと自体は恐ろしくない。それは俺にとってはもう、いつものことだからだ。
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