第22話 Hook 釣り(2)
『食事中も敵襲に備えるとは、中々見上げた
アリザラが感心したように柄を鳴らす。俺が死んだあとも、壊れることを知らないアリザラが世界の行く末を見てくれるだろう。
不死身と引き換えに、食べ物を味わう喜びも知らないアリザラに代わって、俺はレッサーボアのミンチをたっぷりと詰めた小籠包をほおばった。ジビエが気軽に食べられるのは異世界のいいところだ。
旨味でいっぱいの熱いスープが口中に広がって火傷しそうになるが、これも肉の身体の特権だ。
アリザラが少しさみしそうに鎖を引っ張ったので、俺は柄頭をなでてやった。
俺とアリザラの間には例えようもない断絶がある。人と物の差であり、いずれ死ぬものと死に方すら知らないものの差だ。けれど、それは歩み寄ることをしないというわけじゃあない。俺とアリザラは断絶を踏まえた上でそこそこ上手くやっている。
なら、レイラと俺はどうだ? 上手くやれるだろうか。少なくとも、上手くやろうとする努力をしなくていい理由はない。
「じゃあ、世間話をしようぜ。それくらいはいいだろ」
「よくない。お前とプライベートな話をしたところで何の意味もない」
かたくなだな。心まで頑丈に
「意味ならあるさ。そうやって打ち解けないから、今回も迷宮検査局の連中を引っ張りだせないんだろ? 仕事の上だけでも他人と上手くやる方法を覚えて帰れよ」
「……一理あるな。だが、それは帰ってからやる。貴様でなくてもいい」
「おいおい、俺は人の心のエキスパートだぞ。好きでもないのにつまらん他人の心をのぞきまくってきたんだ。そこら辺の付き合い方なんて知ってるさ」
「むう……」
不満げにうなると、レイラは面頬をわずかに上げてすき間から
それ飲みにくくない? そこまでして俺に顔見せたくないの? 傷ついちゃうな。
「なら、精々私を楽しませてみろ」
「そうだな……そういや、お前、思ったより戦い慣れてたよな。竜と会った時、動けなくてもおかしくないと思ったのに」
「貴様! 誇りあるアッカーソン家の娘である私を侮辱しているのか!?」
「褒めてるんだよ。どこで覚えたんだ、戦い方を?」
「アッカーソンと聞いてわからないのか」
「有名人気取りはやめろ。どこのお貴族様か知らないけど、今は大して金もないんだろ? おまけに俺はここ数年、この街から出たこともないんだぜ」
これは本当のことだった。
魔王を殺すための冒険の旅が苦痛だけだったとは言わないが、それでも楽しいことは少なかった。俺は引きこもることが許されるなら、なるべくそうしていたい。
「アッカーソンの家は、魔物狩りの責務を負っていた。ダンジョンのような一定区画から出てこないある種安全なモンスターとは違い、森に荒野に好き勝手に生きて、人の生活圏を脅かすもの共だ」
「それは、大変な仕事だな」
「実りがあるとは言いがたい。だが、誰かがやらなくてはならない仕事だ。それが
「立派なことじゃあないか。お前もその家で育ったんだろう。そして貴族になった」
「私には兄弟がいたから、無理に戦う必要はなかった。だが、自ら志願して“狩人”になった」
「道理で」
「何がだ?」
「対人の剣の振るい方じゃあなかったと思ってな。場合によっては自分より大きな獣を相手にする剣だった」
「よくわかったな、その通りだ。私は人とほとんど立ち合ったことがない。魔物の血で磨いた剣だ。次は竜にも勝ってみせる」
レイラはまだ隠し玉を持っているようだった。
武器が悪くて苦戦したのなら、もっと上等なものを買ってやらなきゃいけないかと思っていたが、どうやらその心配もなさそうだ。
「わからないな。立派な家じゃないか。どうしてそんなに落ちぶれた? お前だって、実家でモンスターを狩っていればよかったじゃないか」
「ダンジョンだ」
レイラは、淡々と火炎ニラと香菜のサラダを取り分けた。
「安全な狩場ができて、冒険者たちは皆そちらに通うようになった。以前は足りていた狩人の人数が減った。人間の生活圏も技術の発展によって防衛がしやすくなり、アッカーソンの家は軽んじられるようになった」
レイラの声に悲嘆の色はなかった。自分のことであるのに、とことん事実のみを述べている様子。
確かに常に相手のフィールドで魔物と戦わなければならなかったレイラたちからしてみれば、ダンジョンというのは安全な狩場なのかもしれない。
しかし、それでも常に命の危険は付きまとう。冒険者たちは自分たちが生きるためにベターな選択肢をしたに過ぎない。
俺は、近所に大型デパートができてシャッター通りに変わってしまった田舎の商店街を思い浮かべた。
言ってしまえば、アッカーソン家は時代の潮流に取り残されてしまったという、それだけの話なのだ。レイラもそれがわかっている。だから言葉に私情が混ざらない。
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