第21話 Hook 釣り(1)



   *


「話を整理しよう」


 俺たちはちょっとした料亭のような場所にいた。

 フィルニールがいた酒場と同じような値段でそこそこ上等の食べ物と酒が出てくるが、向こうと違うのはこっちは個室で密談がしやすい点だ。


 さすがにこれは誰にも聞かせられない。


「まさか、蛮竜の死骸を調べに行った先で本物の竜に出くわすとはな……」


 レイラが兜の中でため息をついた。


「冒険者ギルドからの当初の依頼は簡単だったな。蛮竜を討伐したのはフィルニールたちが所属するクラン、“白虎の谷”だ」


「白虎の谷が討伐報酬を受け取りに来ない理由も簡単だったな。あの赤い女――竜に脅されていたからだ。事実、メンバーの一人が死んでいる」


「で、ここからが謎なわけだが、見間違いでなければあの赤い竜は、蛮竜の死体を喰っていたな?」


「赤い竜の目的がわからない以上、私も上に報告するわけにはいかないな。この手の情報は知る人間が増えれば増えるほど混乱する」


「ギルドに報告するとか言ってたやつが、急に物わかりよくなったじゃないか」


 俺はレイラに皮肉っぽく言った。

 まあ実際のところ、俺が文句を言いたいのは店に入ってからも鎧を脱ごうとしないことに対してだったが。

 何だったら女の子を連れてきたいくらいには結構お高い店なんだがな。


「赤い竜は復讐だと言っていたそうだな。貴様はそれを信じているのか? アスフォガルを丸ごと焼き尽くしてそれで復讐を遂げるとは思わないのか?」


「どうだろう。実際、あいつは俺たちを深追いしなかった」


「面倒だっただけかもしれんぞ。いずれにしろやつの胸先三寸だ」


「だったらなおさら迷宮検査局に垂れ込んだ方がいいんじゃないのか」


 言外に、させないがね、というニュアンスを込める。俺は依頼人を裏切りたくないし、そのためには余計な介入は防ぎたい。


 確かにあの赤い竜が無差別攻撃に出たらまずいのは事実だが、やつの心を読んだ際にはその気はないようだった。

 赤い竜が復讐にかける思いはそれだけ強いということだ。


「私はまだこの都市に配備されたばかりだ。そもそも上等検査官と言っているが、これだって家の力だ。私が正しく報告したところで、誰もついては来ないだろう」


 珍しく、自嘲するような口調でレイラは言った。

 貴族の生まれを誇ってはいるが、それに自らをおもねるだけが自分の人生ではないと思っているのが俺には読み取れた。


 潔癖だが、同時に実家を出たがっている高校生のような考えでもある。こいつ、兜を外さないせいでわからないのだけれど、思ったより若いのか?


 ちょうど会話が途切れた間に、料理が運ばれてきた。

 ごま油と唐辛子の食欲をそそる香りがしてくる。


 ここの料亭で出される料理は、元の世界の中華料理によく似ている。

 おそらく、俺以前にこの異世界にたどり着いた転生者が再現したのだろう。

 味噌や醤油を再現しようとしたのであろう、大量の豆を腐らせ続けた狂人の話はいくつか聞いたが、この店を作った転生者は成功したようだ。


 イギリスやアメリカにも中国料理店が出来たことで、海外旅行先でも最低限味の保証のされた食事ができるようになったことからして、中華料理は味覚の福祉事業と言えるだろう。


 ……時々俺は考える。大抵の転生者がやろうとしている技術や知識を持ち込んでちやほやされたい、他人を啓蒙してやろうなんて企みは、原住民の土地や文化を奪う宣教師のような傲慢さではないかと。

 小学校でいじめられている子供が、幼稚園児の集まった砂場でボスになろうとすることは褒められた行為だろうか?


 俺は時々たまらなく自分が恥ずかしくなる。消えてしまいたいという思いで胸がいっぱいになって、動けなくなってしまう。


 自分の卑しさをみんな無意識に許している。俺は許すことも忘れることもできない。

 気付けば、フォークを握る手が震えていた。この世界に箸が普及していなくてよかった。


 正面を見ると、貴族出身らしく優雅な手つきでレイラが麺を手繰っている。かん水の入った黄色い麺であり、俺の知る懐かしいラーメンだが、フルフェイスヘルムに全身甲冑、おまけにフォークなので違和感がものすごいことになっている。


「ポーターのジョーシュを殺した犯人もまだわかっていない。ニアの依頼を受けたのは貴様だが、無視することはできないだろう」


 ちゅるる、とすする音もわずかにラーメンを食べるレイラ。


「……あのさあ、兜外さないの? 気になって話が頭に入ってこないんだけど」


「絶対に外さん!」


「一応聞くけど、何で?」


「惚れられては困るのでな。仕事に男女の情を持ち込まれたくないのだ。貴様とは職務以外でなれ合う気はない」


 ワオ、自己評価がメチャ高い。マジで顔が見たくなってきたな。


「ここの代金は俺のおごりなのに?」


「貴様が勝手にやったことだ」


 俺はうんざりして天井を仰いだ。おごり甲斐のないやつだ。嘘でも感謝の気持ちが聞きたかった。

 この世界に真のフェミニズムが根付くのはいつのことだろう? 少なくとも俺が生きてる間には難しい気がする。

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