第17話 Jewelry 宝石(8)
ダンジョンに向かう最中、俺たちの間にある雰囲気はどうも気持ちのいいものじゃなかった。
元々そこまで親しい間柄じゃなかったわけだが、親しくなれるかもと思い始めた矢先に暴力的な側面を見せられたのだ、多少のギスギスは当然だろう。
もっとも、気まずく思っているのは俺だけだったようだが。
「つまり、フィルニールと白虎の谷のメンバーが蛮竜を討伐したということか。ならばそれをギルドに報告して、事件は解決ではないか!」
「オマエ、バカ。マジデ、アホ」
「なにおう!?」
「何のためにフィルが蛮竜討伐を隠していたか、聞いてなかったのか? ギルドに報告した次の日から、白虎の谷の連中が片っ端から殺されたらそれは俺らのせいだぞ」
「だが、それは我々の職務の範囲外だ。それに、赤色の気配というのもずいぶんと曖昧で、証言に足るとは思えない」
「Sランクの精神魔導士が記憶を読み取ってもか?」
「親しい者の証言は証拠不十分だ。人は簡単に自分の記憶をねじ曲げる。精神魔導士からしても無関係な話じゃあない」
こいつに話すべきじゃなかったという後悔がムクムクと湧いてくる。
レイラは今すぐにでも地上に戻って報告をしようとしているのが、わざわざ心を読まなくてもわかった。
「なら、蛮竜の逆鱗はどうなる? 少なくともジョーシュが盗んだ逆鱗はまだどこからも見つかっていない」
「死体と一緒に燃えたのではないのか」
「ドラゴンの素材がドラゴンのブレスでどうにかなってたら、ドラゴンは息するたびに死んでるだろ。頭使え」
「ぐぬぬ……」
「逆鱗がマーケットに流れたり取引がされたらすぐにわかる。めったにない素材だからな。だが、その痕跡もない。おまけに、ジョーシュを後ろから刺した人間もまだわかってないんだ。どうだ、これでもまだ事件は解決したと言えるのか?」
「……そうだな。職務は果たさなければ」
レイラの心はまるで熱された油のように、いつ弾けてもおかしくない。何とかなだめすかすことができて俺は一安心した。
元々一人でやるつもりの捜査だったが、ここまで来て中途半端に投げ出されると色んな方面の顔が潰れる。
俺はため息をついて、ぼんやりと上を見上げた。
ダンジョンの中に俺たちはいたが、元いた世界でダンジョンと言って想像されるようなものとはまるで違う景色がそこには広がっていた。
普通は薄暗い洞窟によどんだ空気、死角から襲ってくるジメジメしたモンスターってところだろうが、ここアスフォガルを含む九つの迷宮都市ではまったく話が異なる。
アスフォガルのダンジョンの第十階層までは、ジャングルが広がっている。辺り一面が緑で覆われた世界だ。
俺はうっそりとした森が生み出す清浄な空気をたっぷりと肺に吸い込んだ。そうすると、少し気持ちが落ち着いた。
マイナスイオンの効果もあるのかもしれない。知らんけど。
俺が見上げた木陰の向こう側には、空があった。
偽物の天蓋だったが、飛行呪文で高く飛んで触れない限りは本物とほとんど違いがわからない。
まがい物の空、まがい物の光がまがい物の森を育てている。時には雨だって降るし、夜が来れば外と同じように、ひとつ目の月を追いかけて三角形の第二月が上る。
ここは神のダンジョンだ。神の力は物理法則なんか簡単にねじ曲げてしまう。
ダンジョンは大小まちまちで世界中に点在しているが、アスフォガルのような大都市を作るほど巨大なダンジョンはここを含む九つの神のダンジョンのみだ。
地球生まれ現代育ちの俺は、ダンジョンに潜るたびにその不可思議に感心することしきりだったが、レイラは特に思うところはないようだったし、アリザラは不満げだった。
『近頃の若いものはダンジョンにばかりうつつを抜かしおって……。地上の魔物を駆除するなり、戦士の誉れを積むなりせんか! 殺さなくてもよい魔物を追いかけることで豊かになったつもりかもしれんが、本質からは遠ざかっておる……』
アリザラに言わせれば、ここ百年くらいのものはほとんど最近ということになる。
俺もこの世界にきてそこまで長いわけではないから、常識をすり合わせるのが難しかった。アリザラは貨幣経済というものをあまり信じていないので、俺が金をばらまくと喜ぶのだ。
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