第9話 Jelly 柔らかくて透明な(9)
「わかりました。あとでギルドから正式に依頼をお願いします」
そう言うと、ずっと俺をしかめっ面でにらんでいたレイラの方に向き直った。
「そんな顔をするなよ。ほら、迷宮検査官として色々聞くことあるだろ? 今の内に質問しておけよ」
「それもそうだが……貴様、私と態度が全然違うではないか。何故私には敬語を使わない」
えー、そんなこと考えてたの?
「依頼人には敬語使うよ、そりゃあ。お前は別に俺にお金払ったりしてないし……」
「金がほしいのか俗物め! 私が持っているのはもはや名誉だけで金目のものは何もないぞ、残念だったな!」
「残念なのはお前の実家の没落っぷりだよ。もうちょい働いたら少しは見直すかもしれないから頑張れ」
こいつにも色々事情があるんだろうが、今は聞く時じゃあない。俺はレイラの肩を軽くたたいてニアに質問をするよううながした。
レイラの内面をまだそれほど深く読んではいないが、彼女の中にある正義感とそこに根差す職務への忠実さは確かなものだ。そこを利用させてもらう。
「では、いくつか話を聞かせてほしい」
「ジェリーさんの助手の方ですか?」
レイラが兜の奥で渋い表情をしたのがわかった。
「……私は迷宮検査官だ。それで、被害者であるジョーシュが組んでいたパーティーの名前と、メンバーをなるべく詳しく教えてもらいたい」
「兄はフリーのポーター(荷物運び)で、最後に組んでいたのは“白虎の谷”というクランだったと聞いています」
「Aランクのパーティーだな。ジョーシュはそれほど優秀だったのか」
「低階層の探索でしたからポーターなら誰でもよかったんでしょう。メンバーは槍使いのアデル、剣士のミーシャとシンシャ姉妹、精霊術士のフィルニール、シーフのクタラグ。あとは何人かが流動的に入ったり抜けたりしていたそうです」
ニアは分厚い手帳を取り出し、クランメンバーの名前を読み上げた。黒いドロドロした感情を言葉に刻み込むような様子だった。
「なるほど。それでは、被害者であるジョーシュが組んでいたパーティーの名前と、メンバーをなるべく詳しく教えてもらいたい」
「兄はフリーの
「Aランクのパーティーだな――」
話題がループしているが、二人は特に何の違和感も覚えていないようだ。
さっき二人に触れた時に、ごく短期的な記憶を維持できなくなるように精神に干渉した。
短いスパンで記憶がリセットされるため、同じ話を何度も繰り返してしまうし、二人ともそのことを覚えていられないというわけだ。
直接触れて干渉することができたので、三十分はこのままだろう。
俺は繰り返される二人の会話をじっくりと確かめた。
何度もリピートされる白虎の谷のメンバーの名前――その中に聞き覚えのある名前があった。
ギルドに来る前に俺を襲ってきた連中の頭の中をいじくり回した結果として、彼らを雇ったのもそいつだという確信があった。
「精霊術士のフィルニール」
ニアの言葉を背に、俺はギルドを後にした。
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