第5話 Jelly 柔らかくて透明な(5)


 ライザがちらりと俺の方を見た。もう依頼はしたという意味の目だ。ならば今後の調査は俺次第ということになる。レイラを受け入れるのも拒否するのも俺の勝手だ。


「俺は良いぜ。何だか見てて面白くなってきたしな」


「貴様は……そうか、貴様がダンジョン探偵のジェリーとやらか。聞いたことがあるぞ。迷宮検査官を出し抜いていい気になっている輩がいると」


「おっ、モテモテだな。あんたも俺のことが気になって眠れない口か?」


「精神魔導士は主に恐怖を起点に人の心に入り込むと聞く。だが、私に恐怖はないぞ。心を読まれたところで痛くもかゆくもないからな」


 俺は元々の才能でテレパシーやエンパシー(他人の思考を読み取るテレパシーとは異なり、エンパシーは感情を読み解く)が使えるのだが、この世界では技術としての精神魔法が知られているため、精神魔導士ということになっている。

 まあ俺に言わせれば、そこら辺の精神魔導士のほとんどは元の世界でもよくいた詐欺師まがいと大して変わりがないので、一緒にしないでほしいのだが。


「人の心は水盆に映った月に似ている。水面を波立たせることはできても、月を砕くことはできない。俺以外はね。俺は恐怖なんてなくても人の心が読める。だからお前が俺のことを恐れていないというのが本当だってこともわかるよ。恐れていないだけで、愚かじゃないとは言わないけど。俺の言っていることがわかるか?」


 俺のムーン・レイカーというあだ名は伊達じゃあない。俺は自分の銘が刻まれた指輪をなでた。

 いっそわざとらしいくらいの視線誘導によって、素直なレイラは俺のアダマンタイトの指輪を見る。Sランク冒険者、魔王討伐の証。


 レイラの心がより頑なになるのを俺は感覚した。無礼と言うよりは、誰に対しても自分を曲げずにいようという決意。しかし、俺にとってはそれは付け入る隙でしかない。


「ところで、一応言葉にして聞いておきたいんだけど、あんた女で合ってる?」


 名前からして気になっていたんだが、全身甲冑のせいで見た目ではわからないのだ。


「騎士になった時に私は女を捨てた!」


 レイラが声を張り上げると、兜の中でぐわんぐわんと反響して余計にうるさい。だから声から判断しにくいんだって。


「そうは言うけど、お前さっきからずっと『さらしで押さえつけて鎧に無理やり押し込んだせいで、胸が苦しい』って思ってるだろ。無理すんなって」


「なななななな何おう! これはだな、私の美貌を見た男どもが心惑わされないようにとの配慮だ! 兜も取らんぞ!」


 妙に自己評価の高いやつだな。


 命が軽い世界観のせいで一時はどうなるかと思ったが、面白くなってきたっていうのは本当だし、それにレイラのしょっぱい対応もわからないでもない。


 冒険者なんてのはヤクザ者の集まりで、Sランクとはいえ職業倫理なんてものを求めるのが間違っているという扱いなのだ。


 冒険者ギルドと迷宮検査局はお互いにどうしようもない連中だな~と思っていたら本当にどうしようもなくなってしまったという、組織がグダる典型例を歩んできたのだ。


「ま、兜もそのままでいいよ。あんたが一人で調査したところでたかが知れてるだろ。ついてくるなら、このアスフォガル唯一のダンジョン探偵ってのがフカシじゃないところを見せてやるぜ」


「ふん、勘違いするなよ。この事件は誰かが調査しなければそのまま隠蔽されていてもおかしくなかった。ギルドの身内の貴様が関わるのもそういうことだろう。私が貴様の手管を見逃すことがあると思っているのなら、早々にその思い上がりを訂正することだな」


 フルフェイスの兜のスリットからわずかにのぞくのは、トルコ石のような水色の瞳(当たり前のことだがこの世界にはトルコ自体が存在しないので、俺のこの詩人真っ青の比喩表現は誰にも通じない。転生者は孤独なのだ)。


「私からもお願いします。ギルドと局が合同で捜査をして事件を解決したという実績がほしい。今のままでは関係が不味すぎる」


 おいおいそんなことまで言っちゃっていいのかよってことを言うオスロー。事実「余計なことを言うな!」と年下の上司であるレイラに叩かれているが、彼も俺に表層思考を読まれていることを知っているために下手な取り繕いはしないのだ。


『金貨一枚、報酬に追加しておこう』


 俺に向けてライザが声を出さずに思考を開放した。凄腕冒険者として鳴らした彼も、ギルド長なんて立場になると政治を意識せざるを得ない。みんな苦労してるな。


 ところで比類なきテレパスである俺は他人の思考を読めるし自分の考えを飛ばせるわけなのだが、普通の人は相手の俺がその時たまたま思考をちゃんと読んでなかったらただのイタい人になるという葛藤をどう乗り越えたのだろう? 時々不思議になる。


『ありがたくいただいておくよ』


『まずはギルド館内に運び込んだ死体を調べてほしい。蛮竜の死体が保管されている位置の情報はわかるな?』


 俺はライザから知らされた位置情報と第八階層の地理を頭の中で重ね合わせた。


『了解だ。前金は受付で渡すように言っといてくれよな』


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