第4話 Jelly 柔らかくて透明な(4)


「お前には誰が蛮竜を討伐したのか、そして何故、討伐報酬を受け取りに来ないのかを調査してほしい」


「別に蛮竜の素材や報奨金をそのままギルドが飲み込んでもいいんじゃないか。俺がわざわざ調べなくてもさ」


「第八階層は比較的浅い。そんな場所に竜がいたのだから冒険者の中では有名だった。蛮竜が討伐されたことはいずれ広く知られるだろう。その時に我々が正当な対価を払っていなかったと思われては権威に関わる。それに、報酬を受け取るべき人間が何らかの事情で殺されている可能性もある。迷宮探偵の出番だろう」


 わざわざ言葉にして質問を重ねる俺に、ライザも同じように応える。ライザは思考と行動にラグがほとんどないからこっちとしてもやりやすい。優れた戦闘者としての資質だ。


「蛮竜のそばには死体があった。これについても調べてほしい」


「迷宮検査官の仕事じゃないか」


「やつらがそこまで優秀だとは思わん。死体もここまで形を保ったまま持ち帰るのも苦労したほどに炭化していたからな」


 迷宮検査官とは、迷宮の中での人死にに怪しい部分がないかを調べるのが仕事の、言わばダンジョン版お巡りさんだ。


 魔物に襲われて死んだのならいいが(いや、本当は良くないんだけど)、魔物に襲われたように見せかけて人を殺そうなんてことを考えるやつは珍しくない。そういった事件性のある死者を調べるのが迷宮検査官の仕事なのだが、いかんせん彼らは士気が低い。

 冒険者なんてアウトロー連中を相手にするせいで、左遷された文官や家が潰れそうになってる貴族なんかが回されてくるためだ。


 まあもっとも、そういう役立たずが世にはびこってるおかげでダンジョン探偵である俺は常に食いっぱぐれがないわけだが。


「わかったよ。なら――」


 話がまとまりかけたところで、俺の言葉を遮るように扉がノックされた。


 ガシャガシャと鎧の音がする。ギルドマスターがSランク冒険者と話している途中に入ろうとしてくるなんて、随分常識のないやつだ。扉の向こう側でギルド職員が制止する声が聞こえる。


「失礼する!」


 ライザの返事も聞かずにそいつは部屋に乱入してきた。


 まぶしいほどに磨かれた白銀。迷宮検査官の鎧だ。室内にもかかわらずフルフェイスの兜を脱いでいないせいで、声が内側で反響してうるさいことこの上ない。


 乱入者を止められなかったことでオロオロしている職員を、ライザは視線で下がらせた。


「我が名はレイラ・イヌイ・アッカーソン! 上等迷宮検査官だ。このたびは蛮竜討伐の調査に来た。よろしければ捜査にご協力願いたい」


 ここまで相手の都合を考えない「よろしければ」もあったもんだと俺は苦笑する。ライザのたたずまいに揺るぎはないが、目の奥でわずかに炎がちらつくのがわかった。決して穏便なだけのギルド長ではないのだ。


 しかし、アッカーソンか。一度も現場で見たことがないわりに、いきなり上等の階級でしかも名字持ち。これは貴族崩れだな。傲慢と言っていい無茶な態度もうなづける。


 この世界では名字を持っているのは貴族か、自分をデカく見せようとハッタリをかましたやつのどちらかだ。俺はこの世界に転生した時にそのルールを知らずにフルネームを名乗ってしまい、多くの人に後者だと思われている。今更なかったことにはできないからそのまま名乗っているんだけど。


「アッカーソン殿、か。追って迷宮検査局には報告するつもりでしたが、蛮竜討伐のことをどこでお聞きになられた? 事件の混乱を防ぐために伏せておいたのだが」


 こういう手合いに嫌味は意味がないと知りつつも、ちくりと毒を添えるのは彼の本質がいまだに一人の冒険者であるためだ。ひねくれたユーモアなしではありとあらゆる圧力が飛び交う世界で生きるのは苦痛でしかないと知っている態度。


「それは隠蔽するということか?」


 対して銀ピカのレイラは、これまた想像以上に話の通じないやつらしい。剣に手をやりこそしないものの、軽く腰を落としていつでも抜剣できる姿勢になった。


 どうしてこう、この世界の連中は何でもすぐに命のやりあいに持ち込もうとするんだろうな。文明人の俺には理解できない。


 一触即発の空気になりかけたところで、また一人新しい迷宮検査官が現れた。こちらは兜を脱いでいて、何度か事件現場で顔を合わせたこともある。


「申し訳ありません! うちの新人が……」


「オスロー、貴殿がついていながらこの様とはな」


 息を切らした一等迷宮検査官オスローに、ライザは冷たい視線を浴びせかける。


 オスローの鎧はレイラと違っていささか薄汚れているし階級も下だが、叩き上げで話のわかるやつだ。迷宮検査官の階級がいかに当てにならないか、貴族がいかに横車を押しているかのわかりやすい例と言えよう。


「階級は私の方が上だ」と不満げにレイラが言う。


 ライザも負けてはいない。


「だが実績は何もない。貴殿の顔など見たことがないぞ。貴族出身ならばなおさら礼節の重要性を知っているものと思ったが」=ギルドに挨拶を通さないやつのことなんて相手しないよ、という言い分だ。マフィア顔負けで恐れ入る。


「私はギルドと迷宮検査官の癒着を疑問視している。誰かが正さなければならないのならば、私がやる。正しい物事は正しい位置に配備されなくてはならない」


「レイラ上等官は今回の蛮竜討伐の早期解決を求めています。どうか冒険者ギルドの方と一緒で構わないので、合同調査をさせてはもらえないでしょうか」


 いかにも苦労人といった風情のオスローが、二人の間を何とか取り持とうとしている。


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