第十二話 顛末
1.川沿い亭
「痛いっ!」
僕は叫んだ。
「じっとしててください! 治療ができません!」
うつ伏せになった僕の背中に薬草を塗り込みながらディアヌさんが言った。
「……ったく。てっきり死んだと思ったぜ、ユヲン」
ジャムが悪態をつく。ははは、僕もてっきり死んだと思ったよ。
「背面から手刀をもらったぐらいで人体は破壊されません。止血して栄養を取れば自然に回復します」
キィハは冷静だ。オートマタの思考は人間のそれとは少し違っているようだ。でもその違いが今はなんだかとても心地よい。
僕よりもむしろジャムの方が重傷だった。
彼は血を吸い取られた上に右腕を失っていた。
だが、戦い慣れしているせいなのか、彼の回復は異様に早かった。右腕の切断面を消毒して止血し、スープを何口か飲ませると驚異的な回復を見せて覚醒したらしい。なんというタフさだ。
「……バッソは、どうなったんですか?」
僕は尋ねた。背中をやられて気を失って、気が付いたときにはもうすべてが終わった後だった。
「駆けつけた門兵に縛られて捕獲されました。理由は解りませんが何の抵抗もせずに連れて行かれました」
「きっとショックだったんだろうな。銃に負けたことが。あいつ……戦場において剣は最強だと思っていただろうから」
ずっと刃物の切れない世界で生きてきた剣士が突然、刃物の切れる世界の扉を見つけたのだ。舞い上がるのも無理は無い。その点に関しては僕は少し彼に同情している。
「何にせよこれで事件は解決さ。俺たちは貰えるもんさえもらえりゃそれでいい」
「しかし、その右腕は……」
「これは俺の責任さ。まあ、少しばかり色を付けてくれるってんなら無論断るつもりはない」
後悔という文字はこの男の脳裏にはないらしい。
僕はこのジャムという男に出会えたことを心の底から嬉しく思った。
ちなみにジャムには僕の血のことについて誰にも話さないよう約束を取り付けた。
カビの住み着いた僕の血は、正直言って普段の生活についてほとんど支障がない。朝一でブルーチーズのサンドウィッチさえ食べておけば他に制限になることはない。
ただ一点、僕はこの身体を治したいと思っていることがある。
僕の身体のカビは血液だけで無く、僕の体液についても住み着いている。そのため、僕は好きな女性と愛し合ったり、子を成したりすることが出来ない。
ディアヌさんが僕に対して思いを寄せていくれていることは解っているし、とても嬉しく思っている。けれど、今の僕のこの身体では彼女の気持ちに応えることは出来ない。
また来月には未読の文献が届くことになっている。この呪われた血を元に戻すためにかれこれ二十年以上調べ続けている。もう無理だと諦めたことも一度や二度でも無い。
それでも――僕の脳裏にはディアヌさんの笑顔が浮かぶ。
彼女を笑顔にしたい。できることなら幸せにしたい。
そのために僕はもう少し足掻いてみようと思っている。
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