2.渡し船(完結)

 俺とキィハは船の上にいた。

 橋が修理出来るまでの間、南へ向かうための渡し船が運航されることになったのだ。

 これで当初の目的である、キィハの左肩の修理のために魔術都市アルフィドへ向かうことが出来る。

 俺は鼻を掻こうとして右手を持ち上げ、それができないことに苦笑した。


 俺の右腕はいま、キィハの持っている魔剣、氷結の風フリーズブリーズの能力である氷の棺アイス・コフィンで氷漬けにしてある。

 ユヲンのレポートにあった、右手にグリフィンの前足を移植した殺し屋の話が真実なら、俺のこの切断された腕ももう一度くっつけられるかもしれないと思い、キィハに頼んでそうしてもらったのだ。

「修理する部品フレームが増えましたね、ご主人様マスター

 笑えない冗談ジョークが気に入ったようで、毎日のように同じ事をいうキィハ。だが今回は彼女無しには俺は何もできなかっただろう。自動人形オートマタを手に入れたこと自体が奇跡みたいなものなのだが、その奇跡にこんなに感謝することになろうとは想ってもみなかった。

 風が俺の帽子ステットソンと麻の赤いストールを揺らす。

 川の上は涼しくて気持ちいい。

 ユヲンは今回の俺たちの働きを高く評価してくれたようで、宿代チャージを棒引きにしてくれた上にかなりの報酬ボーナスを支払ってくれた。馬車もしばらく川沿い亭で預かってもらえることになった。

 別れ際に彼は言った。

「……書いても、いいかな?」

 今回の話を小説にしたいと彼は言った。

「別にいいが……何処にも発表できないぜ?」

 小説にして発表すると言うことは、世間に刃物を使う方法を発表するのと同意になる。それは避けた方がいいというのが俺の意見だった。

 刃物がまた切れるようになれば、きっと社会はそれを受け入れるだろう。その方が便利だからだ。だがその選択は二度と元に戻れないことを意味している。

 神を捨て、剣を選んだ後の世界が幸せかどうかなんて誰にも解らない。そして一度その選択をしてしまうと、もう二度と神を拾いあげることはできないだろう。

 人にはまだその選択は早いのではないか、と俺は思っている。

 人が剣を取り戻すのは、もっと賢くなり、平和の意味を理解し、互いに傷つけ合うことの不毛さを知ってからでいいのではないか。

 そんな時代が本当に来るのかい? とユヲンは言った。

 可能性はあるさ。俺はそう返した。

 どんなに薄くとも、可能性があることは素晴らしいことだと俺は思っている。そして、可能性がある限り、張ると決めたなら全力で張りに行くのが俺だ。それはいつも変わらない。

「発表はしない。ただ……書きたいんだ。どうしても」

 このまま時代が進んでいけば、バッソのように気付く奴はどこかで出てくるに違いない、とユヲンは言った。その時のために、誰かが気付いたときのためにもこれは物語として残す価値があるのだと。

 正直、その時の俺はユヲンの想いをすべて理解したわけでは無かった。

「好きにしろよ。俺も好きにさせてもらうさ」

「……ありがとう」

 彼は礼を言って深く頭を下げた。

 それが俺たちの最後の別れになった。

「もうすぐ着きますぜー」

 船頭の言葉にふと我に返る。

 対岸がすぐそこにまで迫っている。

 魔術都市アルフィドはもうすぐだ。やるべき事は沢山ある。ありすぎるぐらいだ。

 得意の跳躍で岸に降り立つキィハが俺に手を伸ばす。

「行きますよ、ご主人様マスター

「ああ、行こうか」

 俺は彼女の手を左手で握り、陸に上がる。


〈 了 〉

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