2.深紅を飲込む傀儡者
夜風が止みました。
アメジストでできた私の右目には暗視能力が搭載されており、この暗がりの中でも彼女の姿を鮮明に映してくれます。
私は自分以外に球体関節人形を見るのは初めてのことです。
クィモ-八三ですか……変な名前ですね。
私とは少しですが造形が違っている箇所もあり、非常に興味深く感じます。ですが今はそんなこと言っている場合ではありません。
何故なら私とマスターは現在、戦闘の最中だからです。
相手は剣士と球体関節人形です。
相手との距離は約八〇〇カルダ。近接戦闘の距離ではありませんが、マスターの銃が威力を発揮できる距離でもありません(魔銃が威力を最大に発揮できる距離は二〇〇〇カルダです)。かといって、雷撃掌で剣に立ち向かうのは、それはとても難しい行為です。
そうです。今この戦場では剣で物体を斬ることができます。まだマスターから正式な回答を聞かされてはいませんが、状況から判断するとそういうことなのだと思います。そしてこの剣士こそが切断死体の製造者に間違いありません。
バッソ・ベオウルフという名の剣士は柄の長い剣を持っています。両手で使用するタイプの大きな剣です。
彼はその剣を片手に持ち替え、空いた方の手で背中の大剣を抜きました。
その赤い刀身の輝きに私は見覚えがありました。
魔剣、スティールブラッドです。
ですが……どうするつもりなのでしょうか?
どんなに力持ちでも、あれほどの大きな剣を二本も同時に振るうことはできません。どんな英雄でも不可能です。
彼は手首を返すようにして深紅の魔剣を投げました。
そして……それをクィモが受け止めます。
――あっ。
そこでようやく私は気が付きました。それは自分自身にもある能力です。
クィモは刃を持って魔剣を高く掲げ、上を向きました。
剣先を小さな唇の隙間に差し入れます。
彼女の口の中に、深紅の魔剣がゆっりと沈んでいきます。
阻止しようと一歩踏み出しましたが、そこには剣士が立ちはだかっています。ここからどう移動してみたところで、彼女が魔剣を飲み込み終える前に剣士を討ち、魔剣の挿入を阻止することは極めて難しく思えました。
私は思考を切り替え、戦闘の準備を行います。
私も魔剣を抜きました。
いつも使用している氷属性のフリーズブリーズではなく、炎属性のフレイムクライムです。
フレイムクライムは細身の長剣で、その刃は炎を表すように揺らいだ構造になっています。
私は長い髪を耳にかけ、彼女のように上を向きました。
剣先を舌で受け、喉の奥へと受け入れていきます。
私の魔剣のほうが少し短く、飲み込み終えるのは二人同時でした。
魔剣を飲んだことで、球体関節人形には変化が生じます。
私は変化を感じ、右腕を横に伸ばしました。
肘から噴き出した炎が私の前腕から指先まで包みます。
これが魔剣、フレイムクライムの性能です。
破壊力はフリーズブリーズの上をいきますが、接触したありとあらゆる可燃物を燃やしてしまうために使い勝手が悪く、普段の戦闘ではあまり使用していません(狩りではせっかく剥ぎ取れるはずの部位を痛めてしまう可能性があります)。
今日は剥ぎ取りの必要はありません。それに炎が上がることによりマスターの視認性が向上することも考えました。
私は拳を握ります。ここは全力でいかなければなりません。
そしてクィモにも変化が現れます。
彼女の右腕は刀身と同じ深紅に染まりました。
それは艶と黒を伴った毒々しい色です。スティールブラッドの性能をそのまま具現化したのであれば、あの右腕は生命体の血液を奪取することができるはずです。これにより、彼女とマスターとの相性はさらに悪くなりました。
私のするべき事はマスターを守り、相手を破壊することです。
私は先制を断念し、少しかがんだ姿勢をとります。
状況があまり良くないことは十分に理解できました。
ここは相手の出方を見ることにします。
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