4.独白

「次は貴方アンタの番だ。単刀直入に聞くが――いつ、気付いたんだ?」

 右腕から薄く垂れ落ちる血をそのままに、俺はバッソに尋ねる。

 諦念するでもなく、彼は言った。

「……先々月ですね。それはまったくの偶然でした」

 バッソはゆっくりと語り始めた。


「事の発端は、稽古場のガントゥです。何年もそのままにしていたので新調するためにデルタ氏の元を訪ねました。ですが、断られてしまったんです。というのも、稽古場のガントゥは特注品で普通のものより一回り大きく、構図も変えてありました。今は流水装置ウォーターナイフの調子が悪くてこんな大作はやれないとデルタ氏は言いました。そして、もう少ししたら修理に出す予定があるから、流水装置ウォーターナイフが修理から戻ってきて、それから万全の状態で彫らせて欲しいと。

 僕自身、ガントゥに対して何の思い入れもありませんでしたから、それで構いませんと返事をしました。僕はその後、どうせ替えるのだからと稽古場の古いガントゥを先に撤去したんです。

 それからしばらくして、僕は夜の稽古場で一人で剣舞を舞いました。三ヶ月後に王都で小さな大会があるのでその稽古の為でした。本番同様に僕は真剣を使っていました。その時でした。飛び込んできた羽虫が剣先を掠めました。

 舞を終え、床を見ると、羽虫が切断されていたんです。それはぶつかった衝撃に潰れたのとは明らかに違っていました。羽虫は胴体を二つに分断されたまま、まだひくひくと動いていました。

 そしてその断面は……とても美しかったんです。

 僕は震えました。子供の頃からたたき込まれた剣の技術が無駄で無かったこと。剣という武器の素晴らしさ。それは喜びであり、感動でした。

 ただ……その時はまだ理由がわからりませんでした。どうして羽虫を斬ることが出来たのか。僕は切断を再現するために、時間を変え、場所を変え、剣を振るう人物を変え……答えはすぐに見つかりました。斬るための条件を僕は見つけました。ええ、先程貴方が言った通りです。

 見つけてすぐに藁筒を斬りました。

 丸太を斬りました。

 吊した鶏を斬りました。

 どれも綺麗に斬り落とせました。

 でも……僕はそれで満足できませんでした。


 ――人を斬りたい。


 ……必然でしょうね。剣術家がそう思うことは。

 僕はその思いを止められませんでした」


 涼しげな顔で語る彼に、罪悪感は微塵も感じられなかった。

 人を斬ることに喜びを覚えてしまった男の顔だった。

 俺は今、護片アミュレットをしていない。直近のガントゥは傷ついている。

 条件は整ったままだ。

 俺は見構えた。幸いなことに距離がある。銃の距離ではないが、近接しているわけではない。

 石畳を蹴って背走する。平行して腰のホルスターから流星Ⅱ型を引き抜く。魔弾を薬室チャンバーに押し込み、振り向きざまに撃つ。

 暗闇の中、照準器オープンサイト越しにバッソが腰の剣を引き抜くのが見えた。

 そして。

 ――ギィン!

 剣士は飛んでくる弾丸を刃で切り払ったのだ。

「がっ!」

 声にならない声が漏れる。信じがたいことだった。

 確かに距離は少し近く、魔弾の推進力が十分ではなかったとはいえ、剣術というのは戦場においてこんなにも優れたものなのか。

「驚きましたか? 戦いの場において剣は完全無欠パーフェクトな武器なんですよ。銃よりも。何よりも」

 世界の仕組みを知るべきでない人物が知ってしまったということだろう。

 微笑みも、爽やかさも、とうに消え失せていた。

 上段に構えられた剣先が、ピタリと俺を見据えている。

 その向こうにいる男の目は、暗く深く、それでいて原始的な欲望――殺意に満ちていた。

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