4.掛け違えたボタン

 私はその声のおかげで四度目の停止を免れることができました。それは帰還せよというマスターからの明確な指示でした。自動人形にとって、マスターの指示は最優先です。分かりやすい行動順位は私を膠着した状態から即座に解き放ちました。ですが、指示を出したマスターの声にはかなりの焦りが感じられました。部屋で何かが起こっていることは間違いありません。

 ようやく動けるようになった私は、再び屋根の縁に手をかけそのまま垂直落下し、三階の窓枠に掴まり勢いのままに身体を部屋へと滑り込ませました。

 そこには惨劇の跡がありました。

 割れたテーブル。転がっている柄の長い武器。そしてマスターに釣り上げられているメガネを掛けた男性、バークリィ氏。

「……これはどういうことですか? マスター」

 戸惑いを隠さずそのままに私は尋ねました。

「なあに、ちょっとした話し合いさ」

 マスターはそう言って私に片目を閉じました。何かしらの合図でしょうか?

 そもそも私には、マスターとバークリィ氏が話し合っているようにはとても見えませんでした。私は困惑したまま立ち尽くします。嗚呼、また停止してしまいそうです。

「おい、被害者というのは誰だ?」

「浮浪者の……痩せた長身の、男だ……知らないとは、言わせない……」

「……知らんな」

 二人の会話は、私の知っている話し合いとはかなりの乖離があります。それでもどうやら何かしら双方向的な営みはなされているようです。

「錠前はどうやって開けた?」

「ここの鍵ぐらいなら針金で開けられる」

「戦槌はどこで覚えた」

「槍から持ち替えた」

「……ダイバーなのか?」

「大昔だ……十年以上前に引退した」

 マスターは一つ息を吐いて、バークリィ氏の襟元から手を離しました。

 解放されたバークリィ氏は力なく床に崩れ落ちていきました。私見で言えば、彼は疲労困憊の様子に見えます。

「……落ち着いて最初から話してもらっていいか? 俺は逃げないし貴方を攻撃するつもりもない」

「……僕はこの街の保安員だ。けほっ、先日起こった……殺人事件の犯人を探している」

 マスターの言葉を受け、バークリィ氏はゆっくりと話し始めました。

 先日起こった深夜の殺人事件について。

 そしてその被害者が――切断されていたことについて。

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