5.崩落
川沿い亭に戻った俺は、悪い知らせを聞くことになった。
昨日のような
度重なるその雨量に川が耐えられなかったらしい。
いや、耐えられなかったのは――橋だ。
川の増水により、街の南側にかかる橋が崩落したことを
「……まいったなあ」
食堂のカウンターに腰を下ろし、俺は呟いた。
橋は
「仕方ありません。形あるものはいつか壊れるものですから」
キィハは
「そっちに座るな。肘が当たる」
俺はスープを飲みながらキィハに八つ当たりした。彼女は
今日のランチの残りのスープは
しかし、どうしたものか。
いずれにせよ当分ここで足止めということになる。人は神と自然には逆らえない。
幸か不幸か
俺は自分の分を飲み終え、キィハの分のスープに手を付けながらそんなことを考えていた。
えらく疲れた様子で、食堂の椅子にどさりと座り、机に突っ伏する。
「バークリィさん! 大丈夫ですか!?」
その姿に慌てて
「だ……大丈夫です。少し疲れただけで、あの、えっと……水を一杯いただけますか?」
バークリィと呼ばれた男は枯れた声でそう言って、再び机に倒れこんだ。
俺はこの男のことがどうにも気になり、食堂に残って様子を伺うことにした。
男は
「……あと、すいません。ホーチョーって置いてありますか?」
ホーチョー?
耳慣れない言葉だ。
「ホーチョー、ですか……多分あると思うんですけど……」
支配人は困った表情のまま
どうやらホーチョーというのは
しばらくして戻ってきた支配人の手には幅広で片刃のナイフが握られていた。
ああ、思い出した。
俺が二歳か三歳の頃まで使われていたらしい。食材を切断するための刃物の名称だ。話に聞いたことはあるが、見るのはこれが初めてだ。
「一応、砥石もあったんですけど……」
彼女は手にした包丁とともに砥石と呼ばれる石塊を差し出した。
「そうですね、研いでみましょう。厨房にお邪魔しますね」
男はチーフとともに
「こんなことをするの、二十五年ぶりですよ」
男は言い訳するようにそう言いながら、
刃全体を水で流し、
流石に俺でもこれは分かる。刃物がまだ切る役割を果たしていた頃は、こうして引いたり押したりすることで物体を切断できたはずだ。
当たり前のことだが、男の手は刃物によって切断されることはなかった。男の手は傷一つつくことなく、赤みを帯びることさえない。刃物はまったく
「……ですよね」
男は落胆するでもなく、ただそう言った。
そりゃそうだろう。刃物が切れないなんて当然のことだ。それにしても……ランギヲートスの嘆きは何処まで深いのだろうか。
俺は首から提げている自分の
祈ることはもう習慣になっている。
先日の雨の時は水晶片を握り、ルゼナルキルに祈りを捧げた。
それでも雨は降り続き、川は増水し、橋は崩落した。
人の祈りなんてそんなものだ。
街の人々はそれでも神を深く信じ、日々の祈りを忘れない。
彼らに比べれば、俺の信仰心は少しばかり薄いのかも知れない。
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