マジックストーリー

夏穂

第1章 中学校入学~新たな出会い~

第1話 夏城中学校


 山を切り開いて作られた閑静な住宅街、四季山市夏城町しきさんしなつしろちょう


 華やかさは無いものの、町の中心に大きな総合病院があり、自然も多く、住みたい土地として人気の町だ。


 桜が満開の四月。

 今日は、この町にある夏城中学校で入学式が行われるため、学校には朝早くから、生徒や保護者などの関係者が、数多く出入りしていた。


 新入生が通り抜けていく校門の前では、毛先が跳ねたミディアムヘアの少女が、時計を気にしながら人を待っていた。


 少女の名前は松山緑依風まつやまりいふ


 思春期の彼女に、悩みごとはたくさんあるが、一つはこの名前である。


 そして、外に跳ねやすいくせ毛も、彼女にとって気になるもので、腕時計と反対の手は、その毛先がなるべく真っ直ぐになるよう、手櫛で下に引っ張っていた。


「まだ来ないの〜?何してるんだろう?」

 緑依風は先程から、幼馴染と待ち合わせをしているのだが、なかなか待ち人は来ない。


 門から少し離れてみると、一人の少年が学校に向かって走ってやって来た。


「遅いよ風麻ふうま!」

 腰に手を当てて一喝する緑依風に、息を切らしながら「間に合ってよかった……」と言う少年、坂下風麻さかしたふうま


「手続きのやつ、机の上に置いてた……」

「なんで前日に鞄に入れないのよ!初日から遅刻しそうになるなんて!」

「うるせぇな……」

 風麻は耳の穴を小指で塞ぎながら、鬱陶しそうな顔をした。


 二人の出会いは三歳の頃。

 先に夏城町に引っ越しして来た坂下家の隣に、数ヶ月遅れて引っ越しして来たのが松山家だ。


 今でこそ、互いに憎まれ口を叩き会う仲だが、出会った当初の緑依風は人見知りで、親の陰に隠れて、まともに挨拶も出来ない子だった。


 そんな緑依風に手を差し伸べ、話かけた初めての友達――それが風麻だった。


 それからは、幼稚園も小学校もずっと同じで、言わば腐れ縁の二人は、この日も一緒に登校するはずだったのだが、風麻が途中で忘れ物に気付き、結局緑依風は、一人で先に学校に到着したのだった。


 手続きを済ませた二人は、それぞれ渡された紙を見た。


「一年一組か……」

「お、俺も一組だってよ!」

 風麻も紙を見て言った。


「風麻と同じクラスなんて久しぶり!」

「小学校では三、四年しか被らなかったからな〜。とりあえず、一年間よろしくな!」

 風麻が、緑依風に握った拳を差し出すと、緑依風も拳を作って、コツンと当てた。


 *


 一年生の校舎は、三つある校舎の一番奥にある建物の三階だった。

 夏城中学校は、三校の小学校から生徒が集まる学校だ。


 緑依風と風麻の出身である、夏城小学校の者は、進学する中学校への校区が二つに分かれており、約三分の一の生徒は、第二中学校に進学した。

 そして、そこからまた一部の生徒は、私立へと進学しており、夏城小学校の生徒全員が集まることはない。


 二人は、一組にどのくらい同じ小学校出身者がいるか、ソワソワしながら教室のドアを開けた。


「あ、緑依風〜!」

 小柄で、髪を三つ編みにした少女が、緑依風に手を振った。

 小学校一年から仲良しの、空上星華そらかみせいかだ。


「よかった〜!星華とまた同じクラスだったんだね!」

 緑依風は、自分に飛びつくように抱き付いてきた、星華を抱きしめると、彼女と共に、喜びを分かち合った。


「私も安心したよ〜!晶子しょうこさくらは二組なんだってー!」

「そっか、晶子は離れちゃったんだね」

 緑依風と風麻と幼稚園からの親友だった、沖晶子おきしょうこと、星華が一番仲の良い、香山桜かやまさくらは、違うクラスになってしまったようだ。


「お、坂下も同じクラスか〜!」

 星華が、緑依風の後ろに隠れて見えなかった、風麻の存在に気付くと、風麻は星華に「利久りくは?」と、晶子と同じく、幼稚園からの付き合いの幸田利久こうだりくがいるかどうか聞いた。


「幸田も二組。三橋みつはしも二組で、火野ひのは三組だってさ。同じ小学校なら、中村なかむら加藤かとうとかが、あの辺にいるよ」

 星華は二人の居場所を、指をさして教えた。


「マジかよ……。俺が仲良いやつ殆どいねぇじゃん」

「風麻、あの子達とは仲悪かったっけ?」

 緑依風が聞くと、「仲悪いわけでもないけど、クラス一緒になったことねぇからなぁ」と、風麻は参った顔で教室を見回した。


 元々、緑依風達の小学校は、男子児童の数が少なかった。

 一年生は四クラスあるので、仲良しの友達と同じクラスになれるのは、四分の一だ。


 風麻がよく一緒に遊んだ友人達は、バラバラになってしまったらしい。


「せっかくだから、新しい友達作ったら?風麻が気の合いそうな子いるかもよ?」

 緑依風が教室を見渡すと、色白で少し中性的な顔立ちの少年が、一人で座席に座っている姿に目が止まった。


「あの子かっこいいね!えっと、名前は……ひした?ひのした?」

 星華は座席表を見て名前を読もうとするが、読み方がわからず首を傾げる。


「この並びだと……『くさか』って読むんじゃないかな?『日下爽太くさかそうた』」

 緑依風が名前順から、読み方を予測した。


「へぇ〜名前も綺麗!私、中学生になったから彼氏欲しいんだ〜!彼氏候補としてメモしておこう!」

 星華が鞄から取り出したノートには、『イケメンノート』と書かれていた。


「何それ……」

「これに校内のイケメン情報をメモして、彼氏候補を選ぶんだよ〜!どうせ付き合うなら、かっこいい人がいいでしょ?」

 キラキラした目で夢見る星華に、緑依風と風麻が呆れていると、「あの、そこ通りたいんですけど」と、女の子の声が聞こえた。


 後ろを振り向くと、ヘアピンを左側にクロスさせて付けている、やや猫目の少女がいた。


「あ、ごめんなさい」

 緑依風達は、少女が通れるように通路を開けた。


「ねぇ、あなたはどこの学校?」

 星華が聞くと、少女は、「私、東京から引っ越してきたばかりで、この辺の学校じゃないんだ」と言った。


「でも、今日から同じクラスだし、よろしくね!」

 にっこり笑った少女は、緑依風に手を差し伸べた。


「私、相楽奏音さがらかのん

「松山……緑依風……です」

 自己紹介が苦手な緑依風は、下の名前だけ、やや声のトーンを落として、奏音の手を握り返した。


「うん、よろしく!」

 奏音は、特に何もツッコまずに緑依風と握手すると、「そっちの二人は?」と尋ねた。


「俺は坂下風麻!」

「空上星華だよ!相楽さんって名前の子、このクラスに二人もいるんだね!」

 星華が指差す座席表には、相楽奏音の名前の前に、『相楽亜梨明さがらありあ』という名が、表記されている。


「それ、双子の姉なんだ」

「えっ、相楽さん双子なんだ〜!一卵性?」

 星華が聞くと、「うん。そっくりな顔だよ」と、奏音が答えた。


「一卵性か〜!で、その双子の姉ちゃんは?」

 風麻が聞くと、奏音はちょっと複雑そうな顔をした。


「残念だけど、『事情』があって……姉は来週から学校に来るんだ」

 三人が、『事情』の内容を話したがらない奏音を、不思議に思っていると、奏音はパッと明るい表情に戻し、「名字だとどっちも反応しちゃうから、奏音って呼んで」と言った。


「じゃあ、私達も下の名前でいいよ!」

 星華が言うと、緑依風も頷いた。


「俺は……名前呼びってなんか恥ずかしいから、適当に呼び分けるよ」

 風麻が言うと「わかった、好きに呼んでくれていいよ」と、奏音は承諾した。


「そういえば、さっきみんなが話してた男の子、入学式で、新入生代表の言葉を言うらしいよ」

 奏音は、爽太に目をやりながら言った。


「なんで知ってるの?」

 星華が聞くと、「他の子が話してるの聞いただけ。冬なんとか街から来たって、言ってたかな?」と、奏音は答えた。


 この学校は主に春ヶ崎はるがさき、夏城、秋山あきやまの、三つの小学校出身の生徒が集まってくる。


 冬丘街ふゆおかまちは校区が別なので、本来夏城中学校ではない。

 そうなると、彼も最近この町に引っ越してきたのだろうと、緑依風は思った。


 *


 チャイムが鳴ると同時に、教室のドアがガラッと、音を立てて開かれた。


「はーい!みんな座席に移動して、座ってくださーい!」

 大きな声で教室に入ってきたのは、長身で、キリッとした顔立ちの若い女性だった。


 長い髪を高い位置で結び、グレーのスーツを纏っている。


「今日からこのクラスの担任となりました、波多野由香里はたのゆかりです!一年間よろしくお願いします!」

 波多野先生は黒板に、大きな文字で自分の名前を書いた。


「教科は保健体育、女子バレー部の顧問で、この学校の卒業生です!」

 とてもエネルギッシュなその姿に、まだ中学生になりたての生徒たちは、少し緊張をしている。


「あだ名はぴょんです!ぴょん先生って呼んでください!」

 波多野先生の張りのある声に、生徒たちが沈黙していると、その空気を破るように「はいは~い!」と、星華が手を挙げた。


「なんでぴょんなんですかー?」

「バレーボールでスパイク打つときに、ぴょんぴょん跳ぶからだってさ!君たちの先輩につけてもらったんだよ!いいかな、空上さん?」

「いいでーす!」と、星華が返事をすると、先生は「よし!」と、頷いた。


「早速だけど、これから入学式だから、体育館シューズ持って、出席番号順に廊下に並んでもらえるかな?」

 波多野先生に指示された一年一組の生徒達は、体育館シューズを手に取って、廊下に並んだ。


 *


 体育館に入場した新入生は、二、三年の先輩や保護者席、教員席などから大きな拍手で迎えられた。


 校歌、校長や生徒会長からの挨拶を一通り聞いた後、一年生は、呼ばれた者から順に、起立していくように言われた。


 緑依風は式典などの行事も苦手で、緊張で手足が冷たくなっていくのを感じる。


「(大勢の前で名前呼ばれるの、嫌いなんだよなぁ……。名字だけ呼んでくれたらいいのに……)」

 緑依風がそう思いながら手を擦っていると、「坂下風麻くん!」と、風麻の名前が呼ばれた。


「はい!」

 風麻は普段、落ち着きがなく、年相応にやんちゃな少年なのだが、波多野先生に名前を呼ばれると、堂々と胸を張り、しっかりとした返事をして、椅子から立ち上がった。


「(風麻、いつもより凛々しくてかっこいいな……)」

 緊張でドキドキしていた緑依風の心臓が、今度は別の理由で、ドキドキと音を鳴らした。


 緑依風は風麻に恋をしている。

 幼い頃から風麻のことが大好きで大好きで、愛おしくってたまらなかった。

 風麻と同じクラスだと知った時も、本当は走り出したくなるぐらい嬉しかった。


 でも、この想いはずっと胸に留めたまま、本人には伝えられないでいる。

 風麻は緑依風のことを、友人としか見ていない。


 きっと、風麻がこのことを知ってしまえば、お互いに気まずくなって、今のように一緒にいられなくなると、緑依風は思っていた。


「(私からは言えない……でも、いつか……私のこと好きになってくれたら……)」

 緑依風が風麻の姿を見ていると、波多野先生が、「松山緑依風さん!」と、名前を呼んだ。


 緑依風は、「はいっ!」と、少しだけ裏返った声で返事をして、椅子から立ち上がった。


 着席するように言われると、緑依風はホッとため息をついて、再び椅子に座った。


 *


 最後に、新入生代表の挨拶が行われた。


 新入生代表の日下爽太は、壇上に上がってお辞儀をすると、小さな紙に書かれた挨拶の言葉を読み上げた。


 座っているとよくわからなかったが、爽太は華奢だが意外と背が高く、変声期は始まっているようだが、柔らかな声質で、優しそうな印象だ。


 星華が目をつけた通り、モテるんだろうなと緑依風は思った。


 *


 入学式は何事もなく終わり、次の日の予定や、簡単な説明を受け、昼前には下校となった。


 終礼が終わると、緑依風は風麻と共に、二組の教室前に向かう。


 ちょうど二組も終わったばかりのようで、教室からは、ぞろぞろと生徒が出てきた。


 長い髪を、ツーサイドアップにしている少女を見つけた緑依風は、「晶子ー!」と、大きな声で呼んだ。


 隣には銀ブチ眼鏡をかけた少年、幸田利久もいる。


「緑依風ちゃん!」

 気付いた晶子は手を振り、利久も、風麻を見つけて笑顔になった。


「クラス別れちゃいましたね」

 お嬢様育ちの晶子は、仲の良い友人にも敬語で話す。


「うん。でも、星華とまりあと美紅が、同じクラスになったんだ!」

「こちらには――」

 晶子が言いかけると、後ろから「緑依風ー!」と、緑依風の名を呼びながら、誰かが抱きついてきた。


「立花!」

 下の方でツインテールに髪を結んだ、青木立花あおきりっかは、緑依風の母方の従妹いとこである。


「やーっぱり従姉妹いとこ同士は同じクラスになれなかったね〜……」

 顔を上げた立花が、残念そうに言った。


「小学校も同じクラスになれなかったもんね」

 緑依風も少し残念そうに言った。


 緑依風達の隣で、風麻と利久が話をしていると、風麻と小学校時代仲良しだった、三橋直希みつはしなおきも、二人のそばへとやってきて、「よっす、風麻!」と手を上げて挨拶をした。


「いいなぁ〜お前ら、俺だけ外れちゃったな」

「つっても、隣のクラスだし、会いやすい方じゃん?」

 風麻の隣でニカニカと笑う、ツンツン頭の三橋直希は、五年生の頃に、風麻のクラスに転校してきた少年だ。


 羨ましがる風麻に、直希は「そういえば、一組だったら日下爽太ってやつが同じクラスにいるだろ?」と、聞いた。


「おう、新入生代表やってた奴だよな?」

「あいつ、前の小学校で友達だったんだ!――お、噂をすれば……爽太ー!」

 階段を降りようとしていた爽太は、直希の声に振り返ると、笑顔で直希の元に向かって来た。


「直希‼︎久しぶりだね!」

「爽太ーっ‼︎会いたかったぜ‼︎」

 爽太が近付くと、直希は嬉しそうに抱きついて、再会を喜んでいた。


「去年の夏休み以来だな!背、抜かされちゃったか……」

「うん、去年からぐんぐん伸びてるんだ!」

「顔色も良いし、本当に元気みたいで安心したぜ!」

 久しぶりの再会を喜び合う二人を見て、置いてけぼりの状態になった風麻と利久は、ポカンとしていた。


「あ、紹介するな!こいつ、冬丘小学校の時の友達の、日下爽太!爽太、こっちが坂下風麻で、こっちが幸田利久。たまに電話で話してた、夏城小学校で仲良くなった友達だ」

 直希が三者を紹介した。


「風麻、同じクラスだったら仲良くしてやってくれよ!」

「おう、今日からよろしくな!」

 風麻が笑いかけると、爽太も笑顔になり、「よろしくね、坂下くん」と、手を差し出した。


「風麻でいい、みんなそう呼んでるから」

 風麻が爽太の手と握手をすると、「じゃあ、僕も爽太って呼び捨てで呼んで」と、爽太が言った。


「(よかったね風麻……)」

 風麻達の様子を、少し離れたところから見ていた緑依風は、彼に新しい友達が早速できたことに、安心していた。


「なーに坂下のこと見てんの、緑依風!」

 いつの間にか、そばにやってきていた星華にからかわれると、緑依風は狼狽えながら「べ、別に?何にも見てないし!」と、慌てて視線を逸らした。


「たまたま見てたとこに、あいつがいただけで……あ、奏音だ!おーいっ!」

 逸らした視線の先に、奏音が見えた緑依風は、彼女を呼び止めた。


「奏音、また明日ね~!」

「お姉さんにもよろしく〜!」

 緑依風の隣で、背の小さい星華は、人ごみからもわかりやすいように、ぴょんぴょん跳ねながら手を振った。


「あ、うん……またね!」

 奏音は緑依風達に手を振り返すと、少し急ぎ足で階段を降りて行った。


「そういえば、お姉さんが来週まで学校休む理由って、何だろうね?」

 星華は、先程奏音が、亜梨明の欠席理由について、語らなかったことを思い出した。


「風邪……とかじゃないのかな?」

 緑依風もそのことを思い出すと、亜梨明の登校が来週からだという理由が、気になり始めた。


 *


 奏音は校門を出て学校から離れると、足を止めて、鞄から携帯電話を取り出した。

 呼び出し音が三回鳴ると、「もしもし?」と、電話の向こう側から声がした。


「あ、亜梨明?入学式、終わったよ」

「そっか、私も行きたかったな〜」

 奏音の耳に、亜梨明の残念そうな声が聞こえた。


「午前中には、帰ってこれそうって聞いてたから電話したけど、今は家?」

「うん、さっき帰ってきたところなの」

「私も今帰宅中。友達も早速できたよ。来週からは学校行けるといいね!」

「うん、早く帰ってきてお話聞かせてね!」

 奏音は電話を切ると、小さなため息をついて鞄に電話を入れた。


「(まずはあの子達と仲良くなって、信頼できる人達か見極めないと……)」

 真剣で不安の混じった表情の奏音は、胸の奥に秘めた決意を改めるように、キュッと、鞄を握る手に力を込めた。


「亜梨明の居場所、私が絶対に作ってみせる……!」

 想いを口にした奏音は、また歩き始めた。


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