二 帰り道

「――その後はどうなった?」幼なじみのミノルがいった。入学式が終わったあとの帰り道、駅のホームでベンチに腰かけて電車を待っているときだった。

「ちょうど時間になって先生がきたんだ。だから、そこで終わり」ぼくが答える。

 校門で待ち合わせてからここまで、今朝教室で起きたことを話していた。サイボーグの生徒が不良の生徒をやり込めた話は、あっという間に噂になっていて、会うなりミノルがその話を聞きたがったのだ。

「そっか。殴り合いのけんかとかにならなくてよかったな。相手の生徒、けっこう柄悪かったんだろ」それまで前のめりぎみに聞いていたミノルが、ベンチにもたれかかりながらいった。心配しているかのような言いぶりだけれど、本心では殴り合いになったほうが面白かったのに、なんて思っているに違いない。

「やっぱり、サイボーグはけんかも強いのかな」ふと思いついたように、ミノルが続けた。

「たぶん、弱いと思うよ。椅子に座るだけでもかなり大変そうだったし、あまり機敏な動きはできないんじゃないかな……」教室での様子を思い出して、ぼくはいった。

「サイボーグっていっても、そんなもんかあ……」ミノルが伸びをしながらいう。少し間をあけて、ぼくの方を横目で見ながらきく。

「ヒロトも昔、サイボーグになりたいってよく言ってたけど、今もそう思う?」

 意外な質問に、ちょっと驚く。たしかに、小学生くらいの頃、ぼくはサイボーグにあこがれていた。今思えばたわいのない話だけれど、ミノルがそれを覚えていて、さらにそれを真面目に聞いてきたことがおかしくて、ぼくはふっと笑う。

「そういえば、そんなこと言ってたっけ……」

 そういって、ぼくは少し考える。いまもサイボーグになりたいと思うだろうか。

 ぼくがサイボーグになりたかったのは、病弱な体を頑丈な機械の体に取り替えたかったからだ。ぼくは、幼い頃から病気がちで、入退院を繰り返していた。何度も苦しい思いをするうちに、この不自由な体ごと取り替えてしまいたいと考えるようになった。そんなとき、サイボーグ技術が急速に進歩しているというニュースを聞く。小学生のぼくの頭の中にうかんだのは、映画やアニメに出てくる超人的な強いサイボーグだった。近い将来、そんなふうになれると思って、サイボーグになりたい、なんて言っていたのだ。

 しかし、現実のサイボーグはそんなに強くない。身体機能を代替できるといっても、ほとんどはかろうじて日常生活が送れるという段階だ。ましてや、人間の能力を完全に上回るなんてことはありえない。

「病気になるのもいやだけど、現代いまのレベルのサイボーグとなると、それはそれで大変そうだな……」

 そう言いながら、ぼくはケイのことを思い浮かべる。彼女にとっては、椅子に座ることも、階段を上り下りすることも、人と会話することも、実はとても大変なことのはずだ。それでも、今日一日、彼女は誰の助けも借りなかった。人工皮膚の表情からは何も読み取れなかったけれど、かなり無理をしていたに違いない。にもかかわらず、ちょっかいをかけてきた生徒を撃退するなんてことをやってのけたのだ。あらためて、すごいな、と思った。サイボーグになれば、あんなふうに強くなれるのだろうか。

「でも、彼女のように強くなれるなら、考えてもいいかもしれない」思っていたことがつい口に出て、すぐにしまった、と思う。横でミノルが声を上げて笑っていた。

「それは、サイボーグと関係ないだろ」

「そりゃそうだけど……」そんなに笑わなくてもいいだろ、と頭の中でつけ加える。

「まあ、いくらやり返すためとはいえ、いきなり『童貞?』なんてきくような女子、なかなかいないよな」ミノルはそういうと、ふと迷ったようすで続けた。

「――そのケイって子、女子、でいいんだよな……?」

「スカートだったし、そうだと思うよ……」ぼくはちょっと口ごもる。

「そっか……。サイボーグって話だから、ちょっと気になって」ミノルはそういって、なんでもない、というふうに肩をすくめる。

「うん……」ぼくは、なんて言えばいいかわからなかった。サイボーグの性というのは少し気になるけれど、それを話題にするのは避けたかった。

 ミノルは、もともとミノリという名前で、生物学的には女性だ。しかし、性自認ジェンダー・アイデンティティは男性で、ものごころついた頃からミノルと名乗っている。今もズボンを履いているし、はたからみてミノルを女性だと思う人はいないだろう。普段はそれを意識することはないけれど、こうして性が関わることが話題になると、どういう態度で接すればいいのか一瞬わからなくなる。そうやって変に意識することこそが、ミノルに気まずい思いをさせると分かっていても、どうにもできなかった。

 ミノルも、ぼくがこの話題を苦手に思っていることを知っていて、あまりその手の話を振ってくることはない。ただ、そうやって気を使わせていることも、ぼくには申し訳なかった。ミノルにとって大事な話を、友達としてきちんと聞いてやれない自分が嫌だった。

 少し気まずくなった空気をなんとかしようと、互いに次の言葉を考ているうちに、もうすぐ電車がくるというアナウンスが流れた。

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