第4話
今、美雲と黄金の化け勝負が始まろうとしている。
何故、こうなったのか美雲にはよく分からなかった。
紅葉と黒曜が勝負をするはずだった。
すると、黒曜が大声を出したせいで頭が痛いと言って早退して行った。
後を託された黄金が仕方なさげに前に出て紅葉と対決しようした時、いきなりワッカが「向こうが代わりならこっちも僕が」と言い出した。
黄金は新入生ながら狸界の期待の新星である。人間に化けられるだけのワッカでは分が悪い。その上、ワッカの術は不安定でたまに耳や鼻だけ熊のままだったりする。
「ワッカ、どうしたの? ワッカが出るくらないなら私が…」と言ったら、ワッカに「どうぞ、どうぞ」と前に押し出された。
紅葉は文句を言っていたが、ワッカの説得によりしぶしぶ引き、結局、何故か美雲と黄金が勝負をすることになった。
こうして、両者全くもって納得してない勝負が始まろうとしていた。
3本勝負で、1回目のテーマは“美しい生き物”だ。
「後攻・美雲、始め!」
学び舎の裏の練習場に刑部先生の声が響く。
美雲は空を仰ぎ、風の匂いを嗅いで心を落ち着ける。
———美しいもの…。
美雲は少し前に読んだ小説の挿絵を思い出した。人間界で人気があり、アニメ化もされた小説で、そのヒロインを描いた挿絵を美雲は気に入り、穴が開くほど眺めた。
でも、と美雲は思う。みんなの前でする化け勝負なのだ。自分の趣味全開のアニメヒロインよりもっと万人受けするものが良い。
美雲は心を決めて、足に力を入れる。ダッと地面を蹴り跳躍すると、宙返りをした。
美雲の姿がキラキラ光る乳白色の煙に包まれる。
煙が霧散した時、その場にあったのは大きな鳥の姿がだった。
輝く羽は光の加減によって赤にも黄にも緑にも青にも色を変える。孔雀のように長く伸びた尾羽が風に舞う。その様は炎のそのもののようだった。
鳥の神、鳳凰の姿だ。
美雲がその翼を広げ大空に舞うと辺りからは歓声が上がった。
「なんて綺麗」
菜の花が吐息を漏らす。
「さっすが、美雲!」
渋面を作っていた紅葉の顔もパッと輝く。
ワッカが拍手を送ると皆がそれに習う。
練習場に拍手が響いた。
美雲はぐるりと練習場の上空を旋回すると、地面に降り立ち、元の姿に戻った。
「美雲は鳳凰を見たことがあるのかね?」
刑部先生が問う。
「画で見ただけです」
「うむ。見たことのないものを現実感のある姿として想像するのはとても難しい。それに、とても美しい鳳凰だ」
刑部先生の言葉が美雲の胸を満たし、誇らしさと嬉しさに自然と笑みが零れた。
「後攻・黄金! 前へ」
刑部先生の声で黄金が練習場の中央に歩み出る。
「ふん!美雲に勝てる訳ないんだから!」
鼻息荒く紅葉が言うとワッカがポンポンとその頭を抑えるように叩く。
「集中の邪魔をしない」
紅葉は不服げにワッカを見つめたが、大人しく口を噤むと、ワッカの太い足から大きな頭の上まで一気によじ登った。
「わわっ! 紅葉、そんなに身を乗り出したら落ちちゃうよ」
「しー! 静かにしろって言ったのはワッカじゃない」
騒がしいのは二人だけじゃない。
「あんなに見事に化けられたらもう勝てないなー」
「でも、黄金も凄い才能があるって噂だぞ」
「それでも、美雲ちゃんには叶わないわよ」
他の生徒たちも口々に勝負の行方について噂している。
「静かに」
刑部先生の言葉に練習場が静まり返る。
ワッカと紅葉も申し訳なさそうに口を閉じた。
黄金は静かに閉じていた瞳をカッと開くと、ふさふさした尻尾を立て、ふわりふわりと横に振った。
尻尾から金色に輝く粉が振り撒かれる。
粉は金色に輝く煙になり、黄金の身体を包んだ。
次の瞬間、黄金の身体は長い銀色の髪をした人間の剣士になっていた。
ガチャリと重厚な音を立てる鎧、白銀に輝く剣。
黒い革の服の下で適度に盛り上がった筋肉は黒豹のようにしなやかに身体を動かしている。
そして、彫刻のように整った顔立ち。
美雲はその姿に見覚えがあった。
ゲームのキャラクターだ。
人間界のテレビゲームはモノノケ界でも人気で、行商人が人間界から仕入れてくると即座に売り切れていた。
ゲームとテレビのある家には日々、様々な種族の子供たちが集い、興奮しながら画面を見つめている。
「す、ステキ !!」
女生徒の一人が叫ぶと、ついで沢山の黄色い声援が飛んだ。
「芸能人よりカッコいいねー」
「神さまみたいじゃない?」
男子生徒からも賛辞の声が漏れる。
「あれ、あのゲームのキャラだよな? 俺、好きなんだよ」
「あの鎧、カッコいいね」
ワッカがそう褒めると、紅葉がポカポカと何度もワッカの頭を叩く。
「わわわ! だから、紅葉、暴れたら落ちちゃうって」
「あんな人間より、美雲の鳳凰の方がずっと、ずっと、ずーっと綺麗だったもん!」
その怒りの声に皆がハッとした。
そうだ、これは勝負なのだ。
どちらかが勝ち、どちらかが負ける。
皆の視線が刑部先生に集まる。
先生はのんびりと黄金を見つめていた。
「黄金、その人間——ゲームの登場人物かな? 彼 がとても好きなんだね」
「はい。このゲームにすごく感動したんです」
「よく分かるよ。細部までよくイメージできてる。架空の人物とは思えぬほどにね」
黄金は静かに礼をすると、素の姿に戻った。
「先生、それでどちらの勝ちなの?」
紅葉がワッカの頭から飛び降りると、刑部先生に詰め寄る。
「ふむ。想像力では美雲が、再現率では黄金が優れているようだね。甲乙付け難い。引き分けにしようと思うが……皆はどうだね?」
刑部先生が練習場を見渡すと、賛成の拍手が鳴り響いた。
その拍手を聞きながら、美雲は黙って黄金のを見つめていた。
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