第5話 見知らぬ、天井

……ぺしっ、ぺしっ


頬に冷たいものが当たる感覚で目が覚めた。


目を開くと、至近距離に黒い物体があった。


猫だった。


ぺしっ、ぺしっ、


黒猫が僕の頬に猫パンチをしている……額に六芒星の印がある。


「にゃ~ん」


猫は、僕が目覚めたことに気づくとどこかに行ってしまった。


眠い目をこすりながら状況を把握する。


知らない部屋……ソファに寝かされている。


バスタオルで包まれているが、中は半裸だ。


日が昇っている。時刻は午前11時といったところか。


「見知らぬ、天井……。」


どこかで聞いたようなセリフをつぶやきながら昨夜のことを思い出す。


昨夜は渋谷で黒ずくめの男に襲われて、額からビームが出て、イケメンとキョンシーが現れて、それで……


それ以降の記憶はない。


とても現実とは思えない出来事だったが、それが夢ではないことは、体に付いた血の跡が物語っている。


部屋の壁は白く、床はフローリング。広さは10畳ほどだろうか。キッチンが付いており、小ぶりなテーブルが置いてある。テーブルの上にはカエルのぬいぐるみが座っていた。


ドアのすぐ脇にソファが置いてあり、僕はそこに寝ていた。


とりあえずスマホで状況を確認したい。荷物はどこに行ったんだろう……それより衣装は?と思い、頭の違和感に気づく。


髪を手で持ち上げる。鮮やかなピンク色が目に入った。


まつげのあたりを手で探る。つけまが付いている……ウィッグとメイクをしたまま寝てしまったらしい。


早くウィッグを外し、メイクを落として顔を洗いたい。荷物の中に着替えとメイク落としがあったはずだ、とにかく荷物を探さなければ……と焦りながら起き上がると、ドアの奥から大学生くらいの女の子が現れた。


「あら、お目覚めね。」


卵型の輪郭にぱっちりした目。髪はセミロングのストレートで、テーブルの上にあったカエルのキャラクターが描かれたTシャツを着ている。


どこかで会ったような、と記憶を辿った時、コスプレイヤーの第六感が働いた。


「あ、もしかして昨日の刀男子?男装だったのか。」


「そうだよ、あなたも同じことしてるでしょ。」


「いやまあ確かに……こっちは女装だけど。それよりここはどこ?それから君は誰。」


「いきなり質問攻めね。説明は後でさせて。それよりまだ体に血が付いてるね、昨日はあなたが気絶しちゃったから大変だったんだよ。男の子にしては軽いから部屋に運ぶのと、服を脱がすのは何とかなったけど、血痕まではね。とりあえずシャワー浴びて着替えて。荷物取ってくるから、待ってて。」


そう言うと、昨夜のイケメンは部屋を出て行った。


男装コスプレイヤーは変身後も格好良いし普段も可愛い人がいるからかなわないんだよな、そもそも女性に見た目の綺麗さで勝てるはずが……などと考えていると、彼女が戻ってきた。一緒に別の女の子も入ってくる。昨夜のキョンシーちゃんだ。


「あ、魔法少女ちゃん、おはよ~♪」


甘めの口調で話す彼女は、丸顔にくりっとした目で、髪はボブのストレート。可愛い系の美人だ。何故かセーラー服を着ている。あ、これセーラー服のルームウェアか。ちょっと前にネットで見たことがある。セーラー服を着ていても分かるセクシーな体つきに少しドキッとする。


昨夜のイケメンから荷物を受け取る。


「はい、これ荷物。お風呂はこの部屋出て右ね。着替えある?ないなら貸してあげるけど。」


「荷物の中に着替え入れてるから大丈夫、ありがとう。」


「そっか。あ、コスプレ衣装取ってあるけどどうする?血まみれだけど。」


「あ……持って帰って捨てるので後でください。」


荷物を受け取り、バスタオルを羽織って風呂場に向かう。


中途半端に女装の状態を見られるのは恥ずかしい。顔は女、体は男の状態になってしまっている。


浴室の手前で荷物を降ろし、メイク落としを取り出す。


ウィッグを外し、メイクを落とす瞬間は何ともいえない開放感がある。


それにしてもあの衣装、やっぱり血まみれか。結構高かったんだけどな、と残念な気持ちになりながら浴室に入りシャワーを浴びる。


顔を洗っている時、ふと昨夜の一場面が蘇ってきた。


――あのビーム、僕の額から出てたよな?


そんなことがあるはずないと理性は主張するが、記憶は不気味なほどはっきりしていた。


あの時、両目を閉じたはずなのに景色は見えていた。同時に覚えた額の違和感、そして……男装イケメンの第三の目。


もしかして僕にも第三の目があるのかと思い、洗い終わった顔を鏡越しにまじまじと見つめる。が、そこには見慣れた額があるだけだった。



「シャワー貸してくれてありがとう。」


普段着に着替え、男に戻った僕は礼を言う。


「お湯を浴びると男になるのね。」


「らんまじゃないんだから……」


「冗談よ。素顔は童顔なんだね。とても同い年には見えない。」


「僕の歳を知ってるの?」


「あなたは武内七夕。1999年7月7日生まれの19歳。」


突然個人情報を言われ面食らう。まさか、免許証を見られたか。


「財布でも開けられたかって顔してるね。でも違う。私は宮内莉羅。あなたと同じ、1999年7月7日生まれ。」


いつの間にか黒猫を膝に抱いたキョンシーちゃんも自己紹介する。


「私は劉甜。1999年7月6日生まれ♪中国から来たよ。莉羅からはテンテンて呼ばれてる。」

「にゃ~ん」


99年7月生まれが3人も揃ってしまった。同じ誕生日の人と出会う確率は意外と高いと言うし、そう珍しくもないのかもしれない、と考えていると、莉羅が口を開いた。


「単刀直入に言うわ。あなたは人類を滅ぼす使命を背負っているの。私達と一緒にね。」


莉羅の第三の目が開いた。

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