第4話 ワルプルギスの夜、渋谷で
ひとしきり自撮りをし、Twitterにアップして渋谷に向かう。
盛れた自撮りを上げると女装クラスタやコスプレクラスタからリツイートやいいねされ、フォロワーも増える。
これも自分の外見で承認を得る手段の一つだ。何より居場所があると思えるのが良い。
新宿駅で中央線から山の手線に乗り換える。
この時点で既に仮装した人達を見掛け、どちらからともなく話始める。彼女達も渋谷に向かうらしい。期待が高まる。
19時過ぎ、渋谷駅のハチ公口に出ると……そこは非日常空間だった。
見渡す限りの仮装、仮装、仮装。
思った通り、ハロウィン並みの混雑だ。
まずはスクランブル交差点の手前で交流を楽しむことにする。
交差点を行き交うのは、魔女、ゾンビ、赤ずきんといった、いわゆる「仮装」だ。しかし僕はその中でもアニメコスプレをやっている人を探した。
この手の場所ではアニメのコスプレをしている人が少ないぶん、出会うと話が盛り上がって楽しい。
人ごみに紛れながらターゲットを物色していると、男2人組に声を掛けられた。
「それ何かのアニメっすか?可愛いねー、どっからきたの?」
あーこのパターンかと思いつつ、
「ありがとうございまーす♪」
と男声で返したところ、一瞬で顔色が変わり、悪態をつきながら去っていった。
これだからナンパ師は嫌いだ。いやまあ僕も半分ナンパしてるようなもんだけど。
気を取り直して人の波を見る。
しばらくすると、同じ魔法少女のコスプレをしている女の子が現れたので声を掛けた。ひとしきりアニメの話で盛り上がり、二人で写真を撮り、Twitterのコスプレアカウントを交換して別れた。
――これこれ、こういうのが楽しいんだよな~。
気分が良くなったのでスクランブル交差点を渡り、センター街に移動する。
知っているアニメのコスプレをしている女の子や、僕のコスプレに気づいて写真を撮ってくれる人、出身国の妖怪のコスプレをしている留学生などとの会話を楽しみながら通りを進んだ。
上機嫌で歩いていると、ふと異様な男と目が合った。
カソリックの神父のような黒ずくめのローブに、丸いサングラスを掛けている。
仮装としては地味かもしれないが、僕には危険な何かを隠し持っているように思えた。
男は突然ニヤリと笑うと、右手の拳を軽く上げた。
…… 一瞬、目がおかしくなったのかと思った。
男の足元に落ちていた空き缶が、宙に浮いていた。
男が拳を開く。
何かまずい予感がした僕は、一瞬体を右に避けた。
次の瞬間、宙に浮いていた空き缶は消え、生暖かいものが身体に飛んできた。
…… 血だった。
それが血であることに気づくと同時に、周囲から悲鳴が上がる。
僕の後ろに立っていたナンパ男の首から上がなくなり、血が噴き出していた。
殺される!という危機感と、何が起こっているのか理解しようとする思考と、衣装に思い切り血がかかったので捨てるしかない、なんてことをしてくれたんだと思うコスプレイヤーの業がないまぜになりながら周囲を見渡す。
周りの人々はパニックになるかと思いきや、大半の人がスマホを取り出し、血が噴き出す様子を撮影していた。
SNS時代もここまで来たか...とあきれる。
その直後、辺りから何かが割れる音がし始めた。
人々が手に持っているスマホが次々と折れ曲がり、ガラスが粉々に砕けているのだった。
これもさっきの男の仕業かと思い、あの黒ずくめの姿を探す。
男はまだいた。
彼は再び右手を上げた。
すると、破壊されて地面に落ちていたスマホがふわり、と宙に浮き始めた。
男は僕のほうを見ている。
もしかしてこれ、僕を殺そうとしてるんじゃ...と思ったが、体が動かない。
男は右手を開いた。
一瞬、スマホが僕のほうに飛んでくるのが見えた。
もう駄目だ、僕は思わず目をつぶった……その瞬間、脳内に今朝のあの声が響いた。
「目覚めよ!!」
それは不思議な感覚だった。足元から頭の先に何かのエネルギーが突き上がり、ひどい吐き気がした。音がなくなり、周囲の景色がスローになった。
――あれ?目を瞑ったのに周囲が見えている?額に違和感がある...
そう思った時、目の前が激しくフラッシュし、飛んできたスマホをビームが貫通するのが見えた。
ビームはそのまま居酒屋チェーンのガラスを突き破り、時間の流れが元に戻る。
悲鳴が耳に戻ってきた。周囲はひどいパニックになっていた。渋谷駅に逃げようとする人やセンター街の奥に逃げようとする人がいたが、どれも混雑のしすぎで動けていない。
それより、今のビームは僕から出たのか……?
額に、目が開いた?子供の頃オカルト雑誌で読んだ天眼?
夢と現実の狭間にいるような感覚に陥った時、男の動きが目に入った。
男は両手を挙げていた。
今度の物体浮揚はこれまでとはレベルが違っていた。
地面に転がっていたスマホが一斉に宙に浮き、居酒屋の看板や街灯が高く浮き上がる。
今度こそは助かりそうにない……死を覚悟したその時。
「動かないで!!」
すぐ後ろから高い声がした。
振り向くとそこには、黒のジャケットとパンツに白いワイシャツを着、腰に刀を差した緑髪のイケメンと、キョンシーのコスプレをした可愛い女の子が立っていた。
あ、このキャラ知ってる、刀を擬人化したゲームだ...と一瞬思ったのと同時に、イケメンは右手の平を開き、真っすぐ体の前に突き出した。
3人を覆うように半透明の球体が現れたのと、黒ずくめの男が攻撃したのはほぼ同時だった。
男が発射した物体は、球体の表面で止まっていた。
えっ、シールド?今度は何?
振り返ってイケメンの顔を見ると……額に第三の眼があった。
イケメンが叫ぶ。
「テンテン、移動!」
「はいにゃ♪」
一瞬視界がぶれると共に、僕は気を失った……
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