恋をしたいと君が言ったから

ごんべい

恋をしたいと君が言ったから


「恋を、してみたかったなぁ」

 私の目の前で三月志乃がぽつりと呟いた。

 病衣からのぞく肌は病的に白く、細い。抱きしめれば、折れてしまいそうなほど華奢な体躯から発せられる声にも、どこか力がなかった。

 諦観。志乃の口から漏れ出た声が余りに悲しかったから、私は考える間もなく、志乃に告白していた。


「志乃、私は志乃のこと好きだよ」

「え……?」

「志乃は、私じゃ駄目……? 私には恋できない?」


 私たちは女の子同士だ。こんなこと、本当は間違っているのかもしれない。それでも、私は志乃が諦めていることが、許せなかった。

 志乃のことをこんなに想ってる人がそばにいるのに、簡単に諦めないでほしい。

あきらちゃん……。晶ちゃんのことは好きだよ。だけど、私、もうすぐ死んじゃうかもしれないんだよ? 恋人同士になっても、晶ちゃんに悲しい思いをさせちゃう」

 志乃の心臓はかなり悪いらしかった。今度手術をすると聞いたけど、なんだか私にはよく分からない難しい手術で成功する可能性は半々ぐらいらしい。

「だけど、私は……、私は志乃の事が好きなの……」

 たとえ志乃が、手術に失敗してしまっても私はこの気持を志乃が知らないまま死ぬことが耐えられなかった。だから、これは私のワガママかもしれない。

 胸が締め付けられて、頭の中もごちゃごちゃで、どうしていいのか分からない。

 私にはどうしようもないことだ。だけど、志乃にはもっとどうしようもないことで、きっとこんなことで悩んでる暇なんてない。

「志乃のこと、困らせちゃったかな……。ごめん」

 

「晶ちゃん、晶ちゃんが謝ることなんてないよ……。私のほうこそ、ごめんね」

「いや、志乃が謝ることじゃないよ。私が混乱させちゃったんだし。手術もあるのに、こんなことで悩む必要ないよ」

「違うの。そういうことじゃなくて、私ね、期待してたんだ。恋をしたいって言えば、志乃ちゃんの方から告白してくれるんじゃないかって」

 志乃は私から顔を背けてしまった。それがとても悪いことであるかのように、もう泣きそうなぐらい弱い声だった。

「私ね、もう死んじゃうかもしれないから、自分から言うのが怖かったの。だから、恋をしたいって言えば、晶ちゃんが気を利かせてくれるんじゃないかって……。私、卑怯なんだよ晶ちゃん……」

 志乃の言葉を聞いて、ぐちゃぐちゃになってた頭の中が急にスッキリした。私は志乃を泣かせたいわけでも、こんなふうに謝ってほしかったわけじゃない。

 私はただ、志乃笑顔で居てほしいんだ。だから、志乃に私の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。だから――。

「志乃、ごめん……っ」


 私は顔を背けている彼女の頬に手を添えて、強引に口づけをした。

「ん……っ、あ、晶ちゃん……?」

「気を利かせるって、何。私は気を利かせて告白するような人間じゃない」

「え、でも晶ちゃ……んっ!?」

 志乃がなにか反論しようとしたから、またその口を塞いだ。温かくて、確かに志乃はまだ生きてるってことが分かった。

「でも、じゃなくて、志乃。答えだけ。志乃の気持ちを聞かせて。私は、志乃が死

んじゃうなんて思ってない。手術は成功するし、志乃は元気になってそれで一緒に学校行ってデートもして、ずっと一緒にいる」

「それは……、そんなの全部うまく言った時の話で!、そんな……んぅ、っぁ」

 今度は志乃を感じるように、長く、深く、抱きしめるようにキスをした。短いキスじゃ驚かせるだけ。

 だから、私の気持ちが伝わるように強く、離さないようにキスをしなきゃ。 

「はぁっ……。志乃、まだ分からない? 答えを聞かせてよ」

「晶ちゃんは、ずるい……」

「お互い様、ってことで」

「ふふっ……。そうだね……。晶ちゃん、私晶ちゃんのことが好き……。だから私手術頑張る。頑張って、晶ちゃんとずっと一緒に――」


 ずっと一緒にいよう、志乃。たとえ、手術が失敗してもずっと一緒にいてあげるから、だから、何も心配しなくていいから。

 そんな秋のある日のこと、私は三月志乃に全てを捧げる覚悟を決めた。

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恋をしたいと君が言ったから ごんべい @gonnbei

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