聖金菊が散る迄の
灰川はいか
始まりは物語の終わりから
御伽噺には、ヒーローと悪がいる。
勇者と魔王。探偵と犯罪者。善人と悪人。
その他もいろいろ、よくあるものだ。
この世界がもしそれに当てはまるとすれば、
ヒーローは騎士で、悪は魔獣だろうか。
人民の守護者と人を喰らう獣なら、物語にお誂え向きというやつだ。
ところで。
そんな王道とも言えるパターンだが、
こんな話を、見たことはないだろうか?
「ヒーローはその命と引き換えに、
悪を打ち倒し人々を守りました
かくして平和が訪れたのでした」
物語の主人公様は、なんとも崇高な精神をお持ちのようだ。
オレは正直理解し難い尊い自己犠牲。
さて、オレは今、その光景を目の当たりにしている。
しかし御伽話のように美しい犠牲ではない。
広く白い雪原に紅く広がるそれは、英雄と呼ばれていたモノだ。
自慢の剣は胸に突き立てられ、臓物がぶち撒けられ、崩れかかった躰の節々から何かが突き出している。
それと対峙するようにある肉の山は、動きを止めているが尚、魔獣特有のどす黒い血を垂れ流し、辺りを穢している。
不快な匂いが立ち込める黒く染まった雪原。
相討ち、刺し違え。互いに互いを葬って倒れたのだろう。なんとも高潔なものだ。
だがその様は実に醜い。皮肉なものだ。
しかしこれでは仕事にならない。
ひとまず遺体を確認しようと、歩み寄った。
…
………すぅ。
音がする。
………ふぅ。
足元から。
…
「…なんてこったい」
衝撃。
…英雄が、まだ息をしている。
心臓辺りに剣が突き立っているにも関わらず、微かに胸部が動いている。
…しかも、流れ出すそれは黒く、血だと思っていた紅はそれの長髪だった。
「黒い血と深紅の髪は、魔獣の象徴である」
この世界の基本知識のひとつ。
つまりそれは、獣から人々を護り続けてきた英雄が、獣そのものであったということ。
なんとまぁ皮肉なものか。
だが、そんなことはどうでもいい。
仕事だ。生きているのなら話は早い。
手のステッキをくるりと回し、形を変える。
仕事用の大鎌に変えて、持ち直す。
首に焦点を合わせる。
可哀想に。
神に目をつけられたせいで、こんな目に。
「…悪いが、怨むなら神様を怨んでくれよ」
斯くして、一閃────
が、届かない。
何が起こったかを理解するのに数秒。
劈く痛みが、その直後。
「────っ!!?」
左腕に、
噛み付いている。
襤褸切れみたいな、死に損ないが。
トラバサミのように、血肉の間から異形を生やして飛びついていた。
が。
どちゃっ
すぐに落ちた。
ほぼ死に体であることは変わりないらしい。
…
馬鹿な。
それでいて、哀れな獣だ。
雪に落ちた今も、眼光が此方を刺す。
そこに穢れさえあれど曇りはない。
そこにあるのは願望ではなく、意思。
「死にたくない」ではなく、「生きる」だ。
言うなれば、運命への反逆。
現に今オレの左腕を引き千切っていった。
…
はて。
これがいれば。或いは。
今まで思いもしなかったことだが。
…反逆を、成すというのは、どうだろう。
仕事はしたくない。
これも殺すのは惜しい。
あの馬鹿げた上司を殺すには?
…成せるかも、しれない。
実に馬鹿げた話だが、話は通る。
「……おい、バケモノ」
「オレと一緒に来ないか」
右手を差し出す。
「全ての元凶をぶち殺しに行かないか?」
それは、
崩れかけた右手を重ねた。
これが、オレ──出来損ないの死神と、
バケモノ──英雄もどきの狂獣の、
実に馬鹿げた初対面である。
聖金菊が散る迄の 灰川はいか @Haika-Grayriver
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