第57話 ア パ マ ○ シ ョ ッ プ


 突如、足元のガスから繰り出された一撃はノーヴァの胴体を勢いよく貫いた。

 

 「……ッ!!……どういう……ことポヨッ!!」

 

 突然の事に理解が及ばぬ混乱と襲い来る激痛で目を見開いたノーヴァは、自身に突き刺さった棒を右手で強く握り締めながら苦しげに喀血している。

 

 ……ノーヴァの胴体を貫いたのは、俺の相棒であるヒノキの棒で間違いない。

 

 そして今、それが出来るのはあの男ただ一人である。

 

 俺が思わず安堵で頬を緩ませると同時に、聞き覚えのある男の声が狭い部屋の中に響き渡った。

 

 「――悪ぃな、生憎だが俺ァとっくに死んでんだよ。今更身体が真っ二つになろうが大した問題じゃねぇ」

 

 「デ、デイモス!!!」

 

 俺はもうニッコニコで、小躍りしそうになりながらその男――デイモスの名前を思い切り叫んだ。

 ヒノキの棒を握り締めたデイモスは、足下のガスから引き裂くようにゆらりゆらりと立ち上がった。

 霧の立ちこめる墓場から蘇るゾンビを彷彿とさせる登場に、「ヒェッ」と思わず変な声を出しそうになるがそれはぐっと堪えた。

 すると、すぐさま畳み掛けるようにヴェルデからボソッと恐ろしげな内容の呟きが聞こえてくる。

 

 「すごい再生能力……今度デイモスに頼んで魔法の実験に付き合ってもらおうかなぁ。身体の構造も気になるし……」

 

 声量的に多分俺にしか聞こえていないのでそのまま聞かなかったことにして、泳ぎそうになる視線を必死にデイモスとノーヴァに固定する。

 

 デイモスは突き刺さったヒノキの棒を躊躇なく引き抜き、ノーヴァの胴体からは赤いガスと血液が勢いよく噴き出す。

 

 「ッ……!」

 

 ガスと血液がドクドクと溢れ出す傷口を手で押さえつけ、表情を苦しげに歪ませるノーヴァ。動きが完全に止まったことを確認したデイモスは、俺とヴェルデのところに大きなバックステップを取って戻ってきた。

 俺はデイモスの肩をポンと叩きながら、ノーヴァに向かって邪悪な笑顔を浮かべる。

 

 「正直、あのまま正面から攻撃し続けたとしても致命傷を与える事は出来なかっただろうし、ぶっちゃけまともに戦ったら俺たちに勝ち目がないのは分かってた。それじゃあ、勝つためにはどうすればいいのかを急いで必死に考えたよ。……その結果、俺は馬鹿なんじゃないかってくらいシンプルな答えに辿り着いた」

 

 俺はここでひと呼吸を置いた後、話を続けた。

 

 「『――そうだ、見えないところから隙をついて攻撃してやればいいんだ』ってね。運がいいことにデイモスにガス攻撃は効かない。赤いガスに潜ることで目視は出来なくなって、不意打ちし放題になるってわけさ。そのためにはこの赤いガスを発生させる必要があった。……まぁ、途中でデイモスが真っ二つにされたり、赤いガスが殺虫剤と除菌スプレーより重い気体って事が作戦の前提だったりとか、他にも色々な部分で自分でもびっくりするくらい博打要素が満載の作戦になっちゃったけどな」

 

 俺のこの発言を聞いたノーヴァは、再び驚愕の表情になる。

 

 「い、いや!それは有り得ないポヨッ……!このノーヴァ様のガスが効かないなんて有り得るはずがないポヨッ!!このガスはどんな物質もすり抜ける、ガスマスクですらも防ぐ事は出来ないんだポヨッ!」

 

 その問いにデイモスは飄々と答える。

 

 「俺ァもう死んでるからな、わざわざ呼吸する必要がねぇんだよ。呼吸をしなくても動ける俺がわざわざガスを吸ってやるわけねぇだろ?」

 

 「……そんな……馬鹿なポヨ……」

 

 強いと信じて疑わなかった自分の特殊能力、しかし思わぬところから現れたシンプルな弱点にノーヴァは呆然とする。

 ここが攻め時と感じた俺は、さらに口撃を仕掛ける。

 

 「いやぁ!それにしても俺の長話に付き合ってくれて助かったぜぇ!さすがに真っ二つだと治るのにちょっと時間がかかるっつーのを、デイモスを担いで逃げようとしたタイミングでいきなり聞かされたからさ、なんとかここで時間を稼がないとなぁって頑張ったんだけど。いやぁ、上手くいって本当に良かった!良かった!」

 

 「なるほど……あの時は死体に話しかけてたわけじゃ……なかったポヨか……」

 

 「まぁ、そんなわけだ。……これ以上時間稼ぎをする必要は無いんでね、お喋りはそろそろやめにしようか。今のデイモスの一撃でお前はしばらくの間、まともに動くことすら出来ないだろ?そりゃ腹に穴が開けば誰だってそうさ。……っていうか、その傷で死なない事の方が俺は驚きなんだけど」


 「それが……どうしたポヨ。動けなくとも……防御はできるポヨ。それに……ッ……お前達は、このノーヴァ様を倒す手段を……今の一撃以外に考えていないんじゃないポヨか?……そうなれば、あのチャンスを活かしきれなかったのは致命的ポヨ!」

 

 そう言って苦痛に顔を歪ませながらも口角を不敵に吊り上げたノーヴァは、先ほどよりも表情に若干余裕が表れてきた。

 しかし、俺は取り乱すことなく淡々と話を続ける。

 

 「確かにさっきまでの圧倒的に劣勢な状況では、俺達はお前を倒すことは出来なかっただろう。……だけど、一旦こちらに有利な状況を整えてしまえば話は別だ」

 

 「どういう……意味だポヨ……」

 

 苦しげに息をしながら言葉を発するノーヴァに対し、俺もガスマスク越しにニヤリと口角を上げる。

 

 「ここまで言えばお前も本当は薄々察してるだろ。……俺が立てた作戦で経過の部分に多少のズレがあったけども、結果で言えば全て俺の作戦通りの状況……こちら側が圧倒的に有利な状況になったんだよ。じゃなきゃこんなに余裕かましてられるわけないじゃん。そんなわけで……お前の最期は盛大に花火で締め括るとしようや」

 

 俺はそう言い放ってヴェルデに目配せをし、それを確認したヴェルデは、右手を前に突きだして手のひらをノーヴァに向ける。

 そうして数秒ほどブツブツと何かを呟いた次の瞬間、赤いガスで覆われた足元が薄く光輝いた。

 見るとそこには、部屋の床いっぱいに展開された巨大な魔法陣が、赤色に輝いているのがぼんやりと確認できる。

 

 「ポヨッ!……こ、この魔法陣は……ッ!!」

 

 困惑を隠せないノーヴァとは対称的に、俺は表情を変えずに淡々と話す。

 

 「あぁ、ヴェルデが使ったこの魔法が今回考えた作戦の切り札だ。魔法の効果は『魔法陣の範囲内に小さな炎を出現させる』……つっても、直接お前を焼き尽くせるだけの火力はないんだがな。だが、今必要なのは火力じゃない。俺が欲しいのは『火そのもの』だ」

 

 「『火そのもの』……ポヨ……?」

 

 「俺もつい最近まで知らなかったんだけどさ、大量の可燃性ガスにいっぺん火が点くと建物一つくらいは軽々吹っ飛ばす威力の爆発が起きるんだよ」

 

 そう語りながら俺は、この世界に来る前に何気なくテレビで見たニュース番組の映像を脳裏に思い浮かべていた。

 あれは、とある建物が爆発で全壊した事故の報道だった。

 最初にテレビのニュース番組で全壊した建物を見た時は「自爆テロか爆弾を使った事件か?日本も随分物騒になったもんだなぁ」とか、この事故で亡くなった人が一人もいないと知り「これだけの被害で死人が出なかったとかマジで不幸中の幸いってやつだな」なんて思ってしまったほど凄まじい光景だった。爆心地の建物なんて跡形もなく吹き飛んでたぐらいだしな。

 

 そして後日、報じられた爆発の原因を聞いてこれまたぶったまげた。

 

 爆発した建物内では、従業員が除菌消臭スプレー120本以上のガス抜き作業を換気せずに行っていたらしい。

 その後、従業員が湯沸かし器に点火しその際にスプレーのガスに引火したことが原因で爆発が発生したことが明らかになった。

 

 

 ――今回の作戦は、あの爆発事故が非常に強く印象に残っていたこと、なおかつデイモスやヴェルデの能力、その他の要素が非常に上手く重なったことで立案することが可能となった。

 まさに信じられないほど複数の要素が、天文学的数字の確率で合わさった偶然……いや、奇跡の産物と言い表すほかない。

 

 当然ながらこれらの事象や経緯をノーヴァは知らない。案の定、首を横に振って俺が先程話した話を否定する。

 

 「そんなこと……起こるわけないポヨ」

 

 「アパ○ンショップをご存知でない!?」

 

 思わずその言葉が口から飛び出ていた。まずい、さすがに直接店舗の名前を出すのは色々ヤバい。というか、そもそも日本で起きた事件をこの世界の奴が何の説明も受けずに知ってるわけがない。


 俺は慌てて咳払いで誤魔化し、話を元に戻す。

 

 「……作戦を説明した時にデイモスとヴェルデからも同じようなことを言われたよ。『いやそれはさすがに話ちょっと盛っただろ』とか『ただのガスだけでそんな爆発って起こらないでしょ』とか色々ね。けど、説明したらちゃんと分かってもらえたから、ね!ね!?」

 

 ねっ!と同意を求めて、俺はデイモスとヴェルデの顔を交互に見つめる。

 

 「正直言うと、最初に話を聞いた時『こいつ頭がとうとうイカれたか』と思ったけどな」

 

 「私が言うのもあれなんだけど、命が掛かってるような状況なのに、話を聞いただけの事を平然と実行に移すあたり常軌を逸してるよね。まともな人間なら絶対しないよ」

 

 「辛辣ぅ!お前ら、今この状況でそこまで言う必要あるか?……って!そんな目で俺を見るな!やめろ!泣きたくなるだろ!」

 

 2人の辛辣な言葉と冷え切った視線に、俺のガラスのハートが粉々に砕けそうになるが何とか堪えて、最後の言葉を掛ける。

 

 「恐らく、俺が噴射したスプレーの量だけでもお前を倒すことが出来るだけの爆発を起こせるはずなんだが……。今ちょっと考えてることがあってさ、もし、もしもだよ?この足元を漂ってる赤いガスも可燃性ガスで、今も現在進行形でお前の腹から噴き出してるそのガスにも引火したら……お前は一体どうなるんだろうな?それにこのダンジョン、かなり昔に作られただけにかなり老朽化してるよな。果たして今回の爆発に耐え切れるのかねぇ?」

 

 「くっ……そが……!ポヨ……ッ!!」

 

 ノーヴァは必死に立ち上がろうとするが、足に力が入らないようで膝から崩れては起き上がろうとする、という動作を何度も繰り返す。

 その時、ヴェルデが俺に小さく頷き、いつでも発動できるという合図を出した。

 それを確認した俺は、

 

 「よっしゃあ!!お前らァ!後はさっさとずらかるぞ!」

 

 と、今日一番のテンションで思い切り叫びながら真っ先にダンジョンの外へ向かって走り出した。

 

 俺とデイモス、ヴェルデは外に出ると離れた場所にある木々を選んで、それらに身を隠し爆発に備えて安全を確保する。

 

 「よっしゃ、準備完了!そんじゃヴェルデ、魔法の発動をお願いしm」

 「待ってました!『チャッカスッッッッッ!!!!』」

 

 ヴェルデのこの言葉を最後に、ノーヴァの立て篭もっていたダンジョンと一緒に俺の意識も一瞬で吹き飛んでいった。どうやら俺の予想していた爆発よりも遥かに大きな爆発になったらしい。ノーヴァのガスがよっぽどよく燃えたんだろう。

 

 …………どうも、爆発音と衝撃波で気絶する系勇者の山田太郎です。それでは皆さん、おやすみなさい――。

 

 ◆◆◆◆

 

 ――だがこの時、太郎を含めた3人は知る由もなかった。

 この後、彼等に襲い掛かるある意味最も残酷な結末を。

 

 

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