第56話 死なないことが最優先


 しばらくの間、デイモスと『ノーヴァ』と名乗った見た目はてるてる坊主そのまんまの魔王軍の一味と激しい戦闘を繰り広げる。

 初めは両者の実力が拮抗しているかに見えたが、時間が経つにつれて少しずつデイモスが押され始めた。

 

 「くっ……そがあ!!」

 

 デイモスもヒノキの棒を振るって必死に応戦するが、後一歩実力が及ばない。

 凄まじい威力で振るわれるデイモスの一撃を、ノーヴァは鎌状になった自分の左腕で受け止め、その力を上手く外へと逃がしていく。

 

 「中々やるポヨね。けど、それではこのノーヴァ様には勝てないポヨッ!」

 

 そう言い放った次の瞬間、ノーヴァの動きに鋭さが増した。

 ここまででも十分に素早い動きでデイモスを翻弄し、肉眼で捉えることも難しかったが、ここにきて突如動きに残像が残るまでのスピードを見せ始める。

 

 ノーヴァの突然の変化にデイモスは動揺を隠すことができず、その動きにも乱れが見え出した。

 すると、人間の脳は無意識下で変化に対して瞬時に対応するために、頭の回路を最適な部分へと切り替えようとする。

 元が人間であるデイモスも例外ではない。

 それこそ、ほんの瞬き以下の限りなく無に等しい一瞬の間――。

 

 しかし、ノーヴァはその隙すら逃さなかった。

 

 主な武器としてノーヴァが使用している左腕の鎌、デイモスの胴体を横一直線に通過し、体を上半身、下半身に分けるように切り裂いた。

 

 「デイモスッ!?ちょっ、ええ!?」

 

 「あららー、綺麗に真っ二つになったポヨね。……だから言ったポヨ。このノーヴァ様を倒すのは不可能だと」

 

 そう言いながらノーヴァは鎌を素早く振り払い、付着したデイモスの血を払い飛ばす。

 俺とヴェルデは慌てて真っ二つになったデイモスに駆け寄る。そうして、俺は膝をついてデイモスの上半身を抱き起こしながら、ヴェルデに指示を出した。

 

 「……ヴェルデ、一旦逃げるぞ。こりゃ無理だ、ガスの他にあんなとんでもないメインウェポンがあるなんて聞いてねーぞ。俺はデイモスの上半身を持っていくから、ヴェルデは…………ッ!?」

 

 ここまで話したところで俺は、デイモスの上半身を見てあることに気がついた。

 

 「……どのくらい……だ……」

 

 俯いてデイモスに語りかけるように呟く俺を見て、ノーヴァはここで初めてその表情を嘲笑に変化させた。

 

 「あらら!仲間が殺されたのが余程ショックだったポヨね!こいつ、死体に話しかけてるポヨ!ポヨポヨポヨポヨ!!……いくらこのノーヴァ様が強くて勝ち目がないから逃げようとか考えてもそうはいかないポヨよ?お前らは絶対に殺すって決めてるポヨ」


 俺はしばらく沈黙した後、デイモスの上半身を静かに地面に寝かせ、その手にヒノキの棒を握らせた。

 

 「……太郎」

 

 心配そうな表情をしたヴェルデが、小声で声をかけてくる。

 俺は覚悟を決めるように、目を閉じてひとつ大きな深呼吸をした。そして、意を決して立ち上がった俺はノーヴァに向き直った。

 

 「いや……やっぱり逃げるのはやめた。こいつの仇を取るためにも、町の人達守る為にも、お前はここで確実に潰しておく」

 

 「3人がかりでも倒せないのに、2人だけでこのノーバ様を倒すつもりポヨか?……随分舐めてくれるポヨね……てめぇらはたっぷり痛めつけた後にジワジワ殺してやるポヨ!」

 

 「あまり強い言葉を使うなよ……弱く見えるぞ?ちなみにだが、ひとつ言い忘れてた事がある」

 

 「……なんだポヨ」

 

 俺は次の言葉を発するまでたっぷり間を開け、その後もゆっくりと話していった。

 

 「お前が町で使ったという人々を凶暴化、昏睡状態にするガス攻撃…………それ以外の攻撃は俺に通用しない」

 

 もちろん、これは嘘。

 ガス攻撃も直接攻撃もまともに喰らえば絶対にヤバい。

 

 …………だが、まずはノーヴァにガス攻撃を打たせなければこちらに勝ち目がない。

 まあ、たとえ狙い通りガスを打ったところで、その後が俺の思惑通りに行かなかったらどちらにしろ勝てないんだけどね。

 

 しかし、俺にそんな考えがあるとは全く思っていないであろうノーヴァの表情が真顔に戻る。

 

 「……あのガスはこのノーヴァ様固有の特殊能力にして、最強の切り札ポヨ。デタラメ言ってどっちが本当か混乱させるのが狙いなのかもしれないポヨが、そんなのは残り少ない寿命をさらに縮めるだけポヨ」

 

 「信じてないみたいだな。まあ、今の状態だとただの雑魚が戯言ほざいてるようにしか見えてないだろうし、その反応も無理ないか。……じゃあ、今俺が言った言葉の後に『俺達はハルマでアンパン魔人を倒した勇者だ』って付け足したら少しは信用してくれるか?」

 

 俺がそういうとノーヴァは一歩後退りをして、すっと身構えた。

 

 「ポヨッ!?そうか……お前らがあの『アンパン魔人』様を倒した勇者ポヨか!!……ハルマから『イナゴライダー175号』様のやられた地点を考えると、勇者はアストラに向かってる可能性が高い……という報告は聞いていたが、まさか本当に来ているとは思わなかったポヨ」

 

  「……ちょっと待って。その『イナゴライダー』って……ほら、ヴェルデ。お前が前にもぎ取った腕、ちょっと貸して」

 

 『イナゴ』とか『ライダー』とか、何だかどこかで心当たりのある言葉が聞こえてきたので、ヴェルデにお願いすると渋々といった表情で、以前バッタ型モンスターからもぎ取った貧弱な腕を渡してくれた。

 俺はその腕をノーヴァに向かってプラつかせる。

 

 「もしかしてそれって、こんな腕が4本生えててバッタみたいな顔面のモンスターだったりする……?」

 

 「ッ!……どうやって七つの大罪の『遺伝子改造』を司る、魔王軍最高幹部の一人の『イナゴライダー175号』様を倒せたんだポヨ……?」

 

 もちろん、こんなことまでは俺も予想していなかった。だが、この絶好の状況は活かす以外考えられない!

 アンパン魔人を倒したというだけでも十分話の信憑性を持たせるに足りると思っていたのだが、それに今の『イナゴライダー』とやらの事も加えれば、俺が言った『ガス攻撃以外は効かない』を信じざるを得ない状況になる。

 早速、俺はノーヴァにガス攻撃を使わせるために煽りを入れることにした。

 

 「さあどうする?これは敵であるお前へのせめてものアドバイスだ。敵の助言をどう使おうが別にお前の自由だ。だが、俺達も馬鹿じゃねぇ。ある程度は対策してるぜ?」

 

 そう言って俺は、持ってきてもらったガスマスクを装着した。

 

 「肉弾戦なら負けないが、ガスは効く。ならその対策をするのは当たり前だろう?……ほら、ヴェルデも着けろ」

 

 「で、でもガスマスクじゃ防げな――」

 

 「――いいから、早く」

 

 ヴェルデの言葉を遮り、早く着けるように真剣な口調と目線で促す。すると、ヴェルデも漠然とではあるが察してくれたのだろう、スっとガスマスクを着けてくれた。

 この様子を見ていたノーヴァは、俺が話した『ガス攻撃しか効かない』の信憑性を確かめたらしく、その顔に再び嘲笑を浮かべた。

 

 「ポヨポヨポヨ……!どうやらその話は本当のようだポヨね。だがお前らは大きな間違いを犯したポヨ!このノーヴァ様のガス攻撃はお前達人間が作ったガスマスクなどで防ぐことは出来ないポヨっ!死ぬがいいポヨっ!!」

 

 そう言い放ち、勝利を確信したノーヴァは疑うこともなく、勢いよく赤いガスをこちらに噴射してきた!

 

 その瞬間、俺はニカァ!と邪悪な笑顔を漏らし、負けじと声を張り上げ『対ガス攻撃』の切り札を取り出す!

 

 「なんてなァ!ガスマスク以外にも秘策はあるんだよ!こっちも……くらいやがれぇぇぇぇぇ!!!」

 

 そう言って俺は超強力殺虫スプレーと、ヴェルデが買ってきてくれた超特大消臭除菌スプレー(バズーカタイプ)をそれぞれ片手ずつ構え、思い切り引き金を引いた。

 

 真っ白なスプレーの中身が勢いよく噴射し、ノーヴァの放った赤いガスとぶつかりあい、それだけで室内は白く霞みがかったような状態になる。

 ノーヴァが放ったガスは、この部屋の膝から下を覆い隠すように漂っている。

 その影響で地面に倒れていたデイモスの身体は、そのガスに覆われて見えなくなった。

 

 どうやらこちらが噴射したガスの方が若干多かったようだ。伊達に特大サイズじゃないな、なんて思いながらスプレーから噴射したガスの動きにも注目する。

 

 ノーヴァの赤いガス程ではないが、こっちの白いガスもいかにも生身の人間が吸い込んだら絶対ヤバそうな感じがする。

 ……そりゃそうだ!

 だって気体になった薬品だもん!これをまともに吸ったら体調不良を起こすのは間違いない。

 やっぱりガスマスクを持ってきてもらってよかったと、しみじみとそう思う。

 

 まさか切り札をこんな形で防がれるとは想像してなかったであろうノーヴァは、大きく舌打ちをした後に憎悪が込められた言葉を吐き出す。

 

 「くっ……そっ!!でも無駄ポヨ!この密室にいる以上、ノーヴァ様のガスを完全に防ぐ事は不可能ポヨ!」

 

 「そうだ、この部屋は地下にあるから通気性は最悪、しかも密室だ。ガスの逃げ場はない。……ふぅ、ここから博打の時間だ。お願いします……お願いします……」

 

 ダメ元で必死に神頼みする俺。

 困った時は藁をも掴む、苦しい時の神頼みってやつだ。正直、神様なんかいたとしても俺の味方をしてくれるとは思ってないが、ほぼヤケクソでやってみた。

 ……まぁ、それに効果があったのかは分からないが、事態は俺の狙い通りに進んでいく。

 ノーヴァが放った赤いガスは、俺たちの膝から下に留まり、それより上に来る気配は一向にない。

 

 「何故ポヨ……なぜガスが上がってこないポヨ!!!!!」

 

 「……いや、俺も詳しくはよく分からない。ただ、重い気体は地面近くに溜まって換気しても中々上がってこないらしいってのを、つい最近起こったある爆発事故を取り扱ったニュースで見たんだよ。で、念のためにこの地下ダンジョンの通気口は全部塞がせてもらった。……まさか、本当に通気口なんてあるとは思ってなかったからちょっと驚いちゃったよ」

 

 そこまで言ったところでヴェルデが、ハッと何かに気が付いたように目を見開いた。

 

 「じゃあ私たちがそれぞれ道具を集めてる時に太郎がしてたのって……その通気口を塞ぐことだったの?」

 

 「そういうこと!もっと良い方法はあったんだろうけど、俺の脳みそじゃこれを思いつくのが限界。だったら、ちょっとでも成功する確率を上げるためにやれる事はやっておきたかったんだよね」

 

 俺は言葉を続ける。

 

 「そんなわけで白いスプレー、赤いガス……これでお前のガスを分かりやすくしたんだよ。そうすれば多少は避けやすくなるかもなんて思ってね。そしたら、まさにドンピシャだ!オマケにお前のガスの方が、スプレーのガスより重いみたいだな。だから、これ以上は上がってこないんだよ。ちなみにこれ、小学生レベルの知識だよ?…………いや、違うかもしれへんわ。紹介すんのやめとくわ。確信がないわ。そもそも当たってるかどうかわからへんから」

 

 不自然なまでに長ったらしい説明を終えた俺は、そのままの流れで何かを確認するように一瞬だけ視線を足元に落とした。

 その後、思わずニヤリと笑いながら俺は右手の人差し指をピンと立てる。

 

 「それともう一つ、お前は肝心なことに未だ気が付いていない。……もっとも、今更気が付いたところで手遅れなんだけどな!」

 

 ガスマスク越しに狂気じみた笑い声を響かせながら、困惑した表情のノーヴァを真っ直ぐに見やる。

 

 「なんだとポヨ……っ!?」

 

 「俺は基本的に勝つ事よりも死なない事が最優先ってスタンスだ。……そんな俺が仲間一人が死んでる絶望的なこの状況で、どうして逃げずに戦いを続けると思う?」

 

 しかし、そんな問いかけには応じず無言でこちらを睨み続けるノーヴァに、俺は下卑た笑いを浮かべながら、人差し指で赤いガスで覆い隠された足元をちょいちょいと指差した。

 

 「―――そりゃ、俺は元から死んでるからな」

 

 その瞬間、足元を完全に覆い隠した赤いガスの中から、聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。

 それと同時に、棒状の何かが突如として繰り出され、それは鋭い突きとしてノーヴァの胴体を勢いよく貫いた。

 

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