第43話 嘘つきは勇者の始まり
勇者とアンパン魔人の1対1で繰り広げる戦い……。
両者の戦闘は熾烈を極めるかと思われたが、いざ始まってみるとその戦いは一方的なものとなった。
勇者は装備したヒノキの棒を使って、攻撃を何度も仕掛けた。しかし、アンパン魔人はそれら全てを笑いながら紙一重のところでかわしていく。
さらにそうして出来たほんのわずかな隙を、アンパン魔人はひとつも見逃さずに反撃に転じてくる。
彼は、魔法や特殊能力などは一切使わずに、拳のみを使った攻撃を繰り出す。
しかし、その攻撃は明らかに本気ではない。
攻撃を放つ際に全く力を入れていないのだ。にも関わらず、その威力は完全に生物としての次元を超えていた。
それほどの力を持つ者であれば、ここにいる勇者など容易く倒せるだろう。しかし、トドメを刺す気配は一向にない。
その表情と戦い方から、いたぶる事を目的として楽しんでいるのは明白であった。
やはり魔王軍最高幹部を名乗るだけあって、その戦闘力は尋常ではない。
勇者の顔はマスクで覆われているため見えないが、奥に隠したその表情は焦燥から歪んでいるだろう。
襲いかかる猛攻に対し、勇者は必死に食らい付いていたがとうとう腹部に拳の一撃がまともに入り、それを食らった勇者は壁まで一直線に弾き飛ばされる。
「おっ、今のは結構手応えがあったよ?」
アンパン魔人は笑いながら、殴った感触を確かめるように拳を握って開く動作を数度繰り返した。
一方、思い切り叩きつけられた勇者は壁にもたれかかり、そのまま俯いて動く気配がない。
さらに勇者の全身は、強烈な攻撃を何度も受け続けたため、既にボロボロになっていた。
しかし、木の棒を握り締めた右手の力に変化はない。
「うーん……思ってたよりずっと弱いなぁ。君、どうやってドラグノフを倒したの?この程度じゃドラグノフに瞬殺されるのがオチだと思うんだけど」
アンパン魔人の不思議そうな問いかけにも、勇者は俯き、無言のままだ。
「で、どうする?もう終わりにしてもいい――」
アンパン魔人が何かを言いかけたその時。
突然勇者が、もたれかかっていた壁を足場にして跳躍するという重力を無視した、普通の人間には到底真似する事の出来ない俊敏な動きでアンパン魔人との距離を一気に詰める。
……それを、勇者は予備動作なしで行った事で、全く予測していなかったアンパン魔人は驚いたような表情を見せた。
ヒノキの棒を振り抜く速度に更に跳躍で得たスピードを上乗せした一撃が、アンパン魔人の横顔を捉えた。……かに見えたが。
「おお!今のはボクも驚いちゃった!流石、勇者と呼ばれるだけのことはあるね!そんな動きが出来るのなんて、僕が知る限りだとかなり上位の『アンデッド』くらいだよ!例えば、『ドラゴンゾンビ』とかね?――けど、ボクには通用しない」
この程度の攻撃を見切るのは造作もないと言わんばかりに、空気を切り裂くほどの速度で薙ぎ払われた棒をいとも簡単に掴んだ。
そして、勢いに更に加速を付けるため足を軸にして一度大きく回転し遠心力を加え、そのまま壁に向かって投げ付ける。
――次元が違う。
そう確信した勇者は何とか空中で体勢を立て直し、地面に無理やり両足を踏ん張ることで投げられた威力を殺した。
大きなダメージを防ぐことに成功したが、勇者にとって危機的状況である事に変わりはない。
「……攻撃強化ッ!『インクルシオ』ッ!」
ここまで無言を突き通してきた勇者がとうとう言葉を、それも攻撃を強化する魔法を自分に唱えた。
勇者は身体がほんのりと赤い光を帯びる。
「へぇ、魔法使えたんだ。全然使わないからてっきり出来ないと思ってたんだけど。……ま、そりゃ使えるか。普通の人間だって出来るのに、勇者が出来ない訳がないもんね。……っていうか、ようやく喋ってくれたね」
勇者は先ほどよりも速度や威力が数段増した攻撃を繰り出すが、アンパン魔人は話をしながらでも余裕で避け続ける。
更に、振るわれた攻撃を片手で受け止めて、ヒノキの棒を掴んで離れない勇者ごと軽々と振り回し、そのまま思い切り地面に叩きつけた。
その瞬間、床が突き抜けてしまうのではと思ってしまうほどの轟音が鳴り響き、建物全体が大きく揺れる。
それによって、人質達から短い悲鳴が上がった。
「……残念だなぁ。もう終わりかぁ……」
アンパン魔人は大の字に横たわる勇者に近づき、冷たく見下しながら残念そうにため息混じりに呟いた。
勇者は動く気配がない。
だが、マスクの奥にある瞳は真っ直ぐにアンパン魔人を見つめていた。
「……確かに『俺の役割』はここで終わりだ。……ここまで完璧に役割をこなせた自分を褒めてやりてぇ気分だぜ」
「君は……何を言ってるんだい?」
唐突に喋り出した勇者に困惑した様子でアンパン魔人は勇者に問いかけるが、当の勇者は「ふっ」と笑ってまともに取り合わず、さらに話を続ける。
「意味なんざ今から嫌というほど分かるさ。せいぜい楽しみにしてな」
負け惜しみか?という疑問がアンパン魔人の頭に一瞬だけよぎる。
しかし、その意味を知る機会は直ぐに訪れることとなった。
「――突撃ィィィ!!!」
突然、怒号のような声が聞こえてくる。
アンパン魔人がそれを理解した時には、既に全身を完全武装で固めた討伐隊の隊員達が部屋の中に次々となだれ込んで来ていた。
彼らは訓練された素早い動きで、アンパン魔人を包囲するように取り囲んでいく。
人質はすぐさま数人の隊員に連れられて、入ってくる隊員達とすれ違いながら迅速な動きで外へと連れ出される。
「ありゃりゃ……。ボクの大事な手札が……」
その様子を残念そうに眺めながら言葉を漏らしたアンパン魔人。だが、直ぐに視線を勇者に戻す。
「なるほどね……要は君はただの時間稼ぎ。本当はこっちがメインで、討伐隊が電波塔に突入するために君がボク達の注意を一点に引き受ける、って事かな?」
ゆっくりと立ち上がる勇者に向かって笑いながら問いかけたアンパン魔人。しかし、その返事は勇者からではなく、部屋の入口の方向から聞こえてきた。
「――まあ、大体はそんなところだ」
アンパン魔人は声の聞こえた方向を振り向く。
そこには銀色の髪と水色のワンピースを着た少女と、安っぽい上下セットの黒のジャージ服を身に着けた、本当にどこにでもいそうな男が気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。
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