第42話 中ボスでも戦闘前には話がしたい!


 未だ激しい風と打ち付けるような強い雨が降り続いている。

 

 空はどす黒い雨雲が不気味に渦を巻いており、時折そんな空を裂くように稲光が駆け抜けた。

 そんなおどろおどろしい天気の中を黒いスーツを着た男が1人、傘も差さずにハルマ電波塔に向かって一定の歩幅で向かっている。 

 彼は身に着けている黒のスーツとは対称的な、真っ白なハロウィンマスクで頭部を覆っており、左の腰にはまるで侍が刀を腰に差すかのようにヒノキの角材を差していた――。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 一方、ハルマ電波塔に籠城している魔王軍はというと。

 

 電波塔内の正面入口エントランスに、目、鼻、口だけを出した黒い覆面と、全身黒一色の全身タイツを身に着けた魔王軍の戦闘員達が、恐ろしい程に規則正しく整列している。

 その数はざっと数えて100名前後、といったところだろうか。

 

 仮面を被ったライダーの物語に出てくる戦闘員みたいな格好の彼らの視線は、1階と2階を繋ぐ階段の間に設置された踊り場に立つ者へと向けられていた。

 

 踊り場に立って彼らを見下ろすその者は、これまた強烈なインパクトを放つ真っ赤な全身タイツを身に着けた、色以外はその辺の戦闘員とほとんど変わらない格好をしている。

 ……便宜上、これ以降は彼らを『赤タイツ』と『黒タイツ』と呼ばせてもらう。

 

 「いいか、お前達!アンパン魔人様がいらっしゃる部屋には絶対に辿り着かせるな!ここで勇者を倒す事は、魔王軍が勝利を手に入れる重要な一歩となる!全員、気を引き締めていけ!!」

 

 「「「イーーーッ!!」」」

 

 赤タイツの鬼気迫る演説に、黒タイツ達はピンと伸ばした右手を斜め上へ掲げながら奇声を発する事でそれに答えた。

 恐らく赤は指揮官か、それに準ずる何かであろう。少なくとも、黒よりは階級が上であることは間違いない。

 

 そんな彼が演説を終えたちょうどその時、後ろの階段を駆け上ってくる音が聞こえた。

 赤タイツは何事かと振り向くと、そこには部下の黒タイツの戦闘員が息を切らして立っていた。

 

 「赤戦闘員様……ッ!」


 「どうした。…………ふむ、なるほど。勇者がもうすぐここに着くのか」

 

 赤タイツは部下から耳打ちで報告を受け取った。情報によれば、勇者は本当に一人でこちらに向かっているらしく、もうまもなく電波塔に到着するだろう、という事だった。


 「分かった、報告ご苦労だった」

 

 赤タイツが声をかける。すると、部下の黒タイツは。

 

 「イーーッ!!」

 

 ピンと伸ばした右手を斜め上へ掲げながら、部下の黒タイツは耳からほぼゼロ距離の位置であるにも関わらず、凄まじい声量で叫んだ。

 当然、仰け反るように慌てて顔を逸らして逃げる赤タイツ。

 

 「ちょっ、やかましいッ!耳元でそれはやめろッ!耳がキーンってなっただろうが!せめて一歩下がってから返事をしろ!」

 

 「……イーーッ!!」

 

 今度は言われた通り一歩後ろに下がって、先程と同様に奇声を発した。

 その様子を確認した赤タイツは、疲れたような表情でふぅと小さく溜息をついて額を押さえる。

 そして被害を受けた片耳の具合を確かめるような仕草を見せながら、1階で整列して待機している部下たちに命令を下す。

 

 「もうすぐ勇者がここに来る!全員、速やかに戦闘に備えろ!」

 

 「「「イーーッ!!!」」」

 

 黒タイツ達はこの命令を受け、正面入口の方向を向いて包囲する陣形を取った。侵入してきた勇者に一斉に攻撃を仕掛けるためだろう。

 

 そして、タイミングが良いのか悪いのか、僅かだが扉に何かが当たる音が響いた。

 

 ついに勇者が来た。

 

 黒タイツの戦闘員達が緊張からか、すぅと息を呑んだ。と、同時に彼らはすぐさま戦闘に備えて身構える。

 しかし、当の勇者はゴソゴソと扉の前で何かをしてる気配はあるものの、一向に入ってこようとしない。

 

 ……一体なにをしてる?何故入ってこない?

 

 何も出来ずに待ち続ける時間が長くなる程に、徐々に焦りや不安を感じ始める。

 赤タイツの指揮官がイラつきによって頬を歪め、戦闘員がこの緊張に耐え切れず徐々に扉へにじり寄っていく。

 

 そうして彼らの我慢が限界に達した次の瞬間。

 つい数秒前までは不気味なまでに沈黙していた正面入口の扉が、突如として爆風と爆音を轟かせながら木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 この事態を全く予想せず、扉との距離を詰めていた戦闘員達は強烈な爆風に包み込まれる。

 だが、それだけではない。

 扉や壁の壊れた細かい破片が、充分な殺傷能力を持った凶器と化して、離れていた戦闘員にも襲い掛かった。

 

 倒れていく部下の戦闘員を見て、赤タイツの指揮官は踊り場を飛び降りる。

 指揮官という立場であれば、全体を見ることができる位置から指示を出した方が良いのだろう。

 それに、戦闘員の黒タイツは、一般的な人間と比べて戦闘能力の1.5倍を持っている。

 当然、それより上位の階級である赤タイツは、戦闘員よりも戦闘能力は高い。一般的な人間の3倍の戦闘力がある。

 本来なら、その戦闘員が数十名もいるのだから問題ない、と考えるところだ。

 そんな事は彼にも分かっていた。

 しかし、この時ばかりはそれが出来なかった。

 

 ――長引けば長引くほどこちらが不利になる。

 

 この相手は早急に倒さねばならない……。自分でも上手く説明できないが、確信めいた直感が確かに彼の中で働いた。

 

 「全員、魔法攻撃の準備をしろっ!」

 

 入口の周辺を覆うもうもうとした煙を憎々しげに見つめながら、赤タイツは部下達に叫んだ。

 だが、陣形が大きく崩された今、その指示がすんなりと通る訳もない。

 

 「…………ッ!来るっ!」

 

 危険を察知し身構えたようとした瞬間、まるで弾丸のような速度で何かが煙を貫いて赤タイツ目掛けて飛んでくる。

 

 それが、棒状の武器を持った勇者が人間の限界を逸脱した跳躍で、一気に距離を詰めてきたのだと理解した時には、既に勇者の武器の切っ先が眼前に迫っていた――。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 勇者は最上階にあるハルマ電波塔の中で最も広い部屋への入口に近付き、閉められた扉をゆっくりと押して開いていく。

 そうして中に一歩踏み出したその瞬間、言い表すことのできないほど強烈な禍々しい気配が勇者に襲い掛かった。

 勇者は思わず片足を引き、後退りしそうになる。だが、すんでのところで気持ちを立て直しそれを堪えた。

 

 部屋に入って辺りを見渡すと、部屋の中心にその気配を発している者の存在に気が付いた。

 相手の方も勇者の存在に直ぐに気付いたようで、二人の間には距離があるにも関わらずそれをものともしない声量で話を始めた。

 

 「登場シーンに爆弾使うなんて随分派手な演出だね!けど、そういうのって後半に取っておいた方が盛り上がるんじゃない?」

  

 ――魔王軍最高幹部の一人、七つの大罪の【貧困】を司るアンパン魔人は、飄々とした態度でそう言った。

 

 勇者は無言のまま、ゆっくりと歩いてその距離を詰めていく。

 だが、アンパン魔人は勇者が近づいても動揺しているような様子は全く無い。それどころか、嘲るような笑みまで浮かべるほどの余裕を見せている。

 その笑みを浮かべながら、再び口を開く。

 

 「それにさ、本当に一人で来るなんて馬鹿なのか正直者なのか分からないね!なんていうかな、発想が『貧困』って感じなのかな?……今、ボクが司る大罪と絡めてみたんだけど……悲しいほどに反応が微妙だね。ちょっとくらいイラッとしても良いんだよ?」

 

 しかし、勇者は歩きながら肩をすくめるだけで何も言わない。

 そんな反応を見てアンパン魔人は不貞腐れたように口をへの字にするが、すぐに表情には嘲笑が戻る。

 

 「もう、つまんないなぁ。まあ、あれか。約束破っちゃうとあの映像みたいにサクッと人質が殺されちゃうからって考えたのかな。……ほら、安心しなよ。ちゃんとあそこに全員生きてるからさ。彼らは大事な手札、だからね」

 

 そう言ってアンパン魔人は部屋の隅を指差した。確かにそこにはロープで縛られた人質の姿があった。多少衰弱している様子は見られるものの、問題はなさそうだ。

 アンパン魔人は話を続ける。

 

 「ついでに言うと、人質を公開処刑した映像って流したでしょ?あれ、実は嘘なんだよね。君も言ってたんだけど、ボクも手札を無駄に切りたくないタイプなんだ。で、たかがあんなパフォーマンスごときで手札切るって馬鹿だと思うんだ。今の時代、魔法と機械があればあんなの簡単に作れるのにさ」

 

 この発言には今まで反応を示さなかった勇者も流石に驚いたようで、一瞬ピクリと反応し立ち止まりそうになった。だが、すぐに歩くペースは元に戻る。

 

 「まぁ、そんなわけで人質のみんなはここまですごくいい仕事をしてくれたよね。……安心しなよ、ボクは今のところ人質を殺すつもりはないからさ。ただ、君がボクを倒せなかったら当然あの人達は……どうなるんだろうね?」

 

 アンパン魔人は勇者の動揺を見て嬉しそうに声を弾ませながら、下卑た笑みを浮かべた球体の顔を人質達に向けた。

 顔はそちらに向けたまま、更に話を続ける。

 

 「君がボクを倒せば人質は全員助かる。だけど、ボクが君を倒せば人質はみんな死んで、ボクらの計画の全てが完成する……。だからせいぜい君には足掻いて足掻いて、それでも敵わずボロボロになって無様に死んでいく様を見せつけて欲しいんだ」

 

 変わらずニッコリと笑い続けながらそう言った。しかし、表情は笑っていても時折見えるその瞳には、殺意や狂気といったおぞましいものに満ちた光がギラリと輝く。

 普通の人間では耐え切れないほどのプレッシャーを受けながらも、勇者の歩みは止まる事は無い。

 

 ここで突然、アンパン魔人は何かを思い出したように「あっ」と声を漏らした。

 

 「そうだ。念の為言っておくけど、戦ってる最中は人質の事とかを何も考えずに全力でぶつかってきてね。そうじゃなきゃ意味が無いし、なにより楽しくない。ボク、個人的に今回の戦いをわりと本気で楽しみにしてたんだよ!」

 

 こう語っている時ばかりは本当に楽しそうな笑顔を、マスクを被って表情が見えない勇者へ向けた。

 ……ここでようやく勇者がアンパン魔人のすぐ目の前までに接近する。二人の距離はわずか数メートルにまで近付いていた。

 

 「随分長く喋っちゃったね!ごめんごめん!もう待ちきれないや!それじゃ、早速始めようか!竜王とドラゴンゾンビを倒した実力の全てを、このボクにぶつけてみなよッ!!」

 

 そういったアンパン魔人の表情はこれまでの笑みとは一変した、完全に狂気に染まり本性を剥き出しにした悪相を晒す。

 

 勇者もそれに応えるように、左腰に差していた返り血のべっとり付着しているヒノキの棒を抜き、両手で強く持ち手を握って真っ直ぐに構える。

 

 そして、彼らは同時に地面を勢い良く踏み込み、目にも止まらぬ速さで己の敵へと攻撃を繰り出した。

 

 ――部屋に設置された監視カメラは、そんな彼らを静かに見つめていた。

 

 

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