第10話 異世界戦法

 俺と隊長は公民館の会議室に戻ってきた。

 そして部屋の中に入るなり、村長から声を掛けられる。

 

 「どうだ?あれを見てもまだ倒せるというか?」

 

 「いやぁ…、俺らが見に行った時は寝てたんで、起きて動いてる所を見ないと、ちょっと分かんないですねぇ…」

 

 俺は震える声で曖昧にはぐらかした。

 

 魔王の初手がドラゴンとは……。魔王の奴、もうちょいパワーバランスを考えてくれよ…。

 ドラゴンって言ったら……あれだろ?RPGとかではラスボスとして出てきたり、物語の終盤に出てくるボスだろ?

 えっ?そんな奴と冒険の旅に出たばかりの俺が戦うの?

 いや、そりゃあ、魔法とかドカーーン!みたいな強い攻撃が出来ればワンチャンあるんだろうけどさ。

 生憎、俺は魔法も使えないし、武器が角材だし、特殊能力とかいうのも持ってないし、身体能力も平均程度だし、武器が角材だし。

 

 やべぇ、勝てる気が全くしない。もう、ここまでくると逆に清々しいね!


 と、ここで突然俺の脳内に一つの可能性が浮かび上がる。もし、この予想が正しければ、まだ勝機はあるぞ……!

 いつもは自分の低スペ脳みそを恨めしく思ってばかりだが、今回ばかりは褒めてやらねばなるまい。

 

 俺の脳内ビジョンに、動物を愛でるムツゴロウさん並に脳みそを可愛がっている俺、という全く理解不能なイメージが流れるが、頭を横に振ってなんとかそれを払う。

 

 そして俺はその可能性を確信に変えるために、早速聞いてみることにした。


「そういえば、討伐隊はどんな作戦を立ててドラゴンと戦ったんですか?」

 

 俺は隊長にそう尋ねた。

 

 文明レベルが俺がいた現代日本くらいなのは分かった。それはもう、嫌というほどに。

 だが、もしかしたら戦術に関しては、俺の知っている異世界らしく敵の正面から堂々と魔法をぶっ放したり、特殊能力で無双することが中心の、いわゆる脳筋スタイルの可能性がある。

 さらに言えば、5000もの敵兵を300人で包囲して殲滅を図るぶっ飛び戦法まであるかもしれない。

 それならば、まだ俺の考える作戦の方がマシだ。ごく僅かではあるが勝てる可能性はある。

 

 隊長は俯き少し考え込むような仕草を見せたが、しばらくしてふっとため息を吐き顔を上げた。

 

 「……まぁいいだろう。では、簡単に説明しておこう。まずは攻撃対象――ドラゴンを作戦内で決めていたポイントまで誘導。ドラゴンがポイントに到着し次第、タイミングを計り周囲に潜伏していた各魔法使いが最大火力の魔法を一斉放射。その攻撃でドラゴンが怯んだ隙に、魔法使いが次の魔法の詠唱を終えるまでの時間稼ぎも兼ねて接近戦特化の特殊能力持ちが一撃離脱で少しずつ体力を減らし―――」

  









 ―――俺の記憶はここで途切れている。



 何か適当な理由をつけてあの部屋を飛び出したような気がするが、いまいちはっきり思い出せない。

 ただ唯一、隊長が述べた作戦の内容を聞いた時に、俺の心の中に未だかつて経験したことがないほどの絶望を感じた事は覚えている。


 真っ向勝負でドラゴンに負けたのなら、まだ、望みはあったのだ。たとえそれが、極々僅かな望みだったとしても。


 だが、俺が聞いた作戦内容は、予想していた真っ向勝負とは対極に位置するものだった。

 地形を最大限利用し、潜伏し、敵の死角から攻撃を加える……。

 

 俺が元いた世界にも、それに少し近い戦術があった。『ゲリラ戦法』の名で知られていたそれを、対モンスター戦用に応用した作戦………、俺はそんな印象を受けた。


 故に、絶望した。


 その戦術を用いてもまるで敵わぬ、ドラゴンという生き物の底知れぬ強さに。



 人間は耐え難いストレスを感じると、自分の身を守るために自己防衛本能を働かせる事があるという。

 そのひとつが『記憶の忘却』だ。

 これまでは自分とは関係の無い、一生そんな体験をする事はないと思っていた。

 

 ……人生、何が起こるか分からないね!(ヤケクソ)

 

 そしてふと気がついた時には、俺はフラフラと覚束ない足取りで村の中を歩いていた。

 

 足を止めて周囲を見遣ると一般的な住宅が建ち並び、少し離れた道路ではショベルカーやブルドーザーなどの重機が舗装工事のために騒音を放っていた。

 

 あぁ、重機もあるのか……。

 

 もはや驚く事すらほとんどなくなった俺は、工事現場からすぐに視線を外してまた歩き始めた。

 しばらく歩いたところで前方にコンビニがあるのを見つけた。

 俺はゆっくりとそのコンビニに歩を進めながら思考する。

 

 

 確かに今回の話は精神的に堪えたが、そこから得たこともあった。


 それは少し前から俺の中にあった疑問……これがさっきの話を聞いて確信を得た。

 

 俺はこの異世界に滅茶苦茶嫌われている、という最悪な確信が。

 

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