谷崎茂夫

「おい!聞いたかっ!この間の選挙、谷崎茂夫が当選したんだってよ!」

「はあ?誰それ。てか、お前選挙なんか興味あったけ?」


 体育終わりの昼休み、友人と弁当を囲いながら話してた。

 いつもなら冗談を言い合ったり、クラスの噂を交換したりしていたが、今日は少し違っていた。


「だから谷崎茂夫!覚えてないか?ほら!小学生のとき、クラスの副担だったあいつだよ!!」

 俺に分かってほしいっていう熱意はすごく伝わってくるが、生憎思い出すことができないんだ。

「ごめん、忘れた。」

「何でだよ!お前一番仲よかった先生だっただろ!?」

「俺が?そいつと?」

「そうだよ!谷崎の離任式のとき、お前むちゃくちゃ泣いてたじゃねえか!」

 嘘だ。そんな印象深いこと俺が忘れるわけがない。

「本当にわからない。覚えてないんだ。」

 どこまでもピンとこない俺に呆れながらも友人は昔の思い出を語り出した。

「小学2年生のときに行った遠足で、お前疲れて谷崎におんぶして貰ってただろ?あれも覚えてないのか?」

 いやそんなはずはない。たしかに疲れておんぶして貰ったのは覚えているが、それは違う先生だったはずだ。

「それは確か池田じゃなかったか?小学生には歩く距離が長すぎるとか話した記憶あるし。」

「違うって!池田は3年のときに転任してきたじゃんか。なんで覚えてないんだよ。」

 こっちが聞きたい。どうやら友人が言うには俺と谷崎とやらは師弟関係にも似た仲の良さのように聞こえるが、顔すら出てこない。

「待てよ。たしか、おれ写真持ってるぞ。」

「えぇ?なんでわざわざそんな奴の写真なんか。」

 友人がおもむろにケータイを取り出し、真剣な表情で画面を指でなぞってる。


「あったあったこれだ!歩いてるときにたまたま選挙ポスター見つけちゃって、写真で撮ってたんだよ!」

 そういって彼が差し出したケータイの画面には1人の中年男性が幸薄げに笑っていた。

 …ん?いや待てよ…。この黒子、この垂れ目、そうか、思い出したぞ!

こいつか…!こいつがそうだったのか!!

「俺、こいつのこと憶えてる…。」

「ほらな!だから言ったじゃんか!こいつ今度の市長なんだってさ!やっぱすげえよな、市長とかさあ!」

 違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそんなことじゃない。

「なあ、お前憶えてないのか…?」

「何がだよ?お前が忘れてたんじゃねえかよ!」

「違うよ、そうじゃなくてさ。」

「なんのことだよ!?はっきり言えよな!」

 本当に忘れちまったんだな。




『こいつ、お前と一緒に死のうとして転任させられた奴だよ。』




 谷崎は、俺の友人の相談にのるふりをして、放課後グランドの部室に呼び出し、実験と称して共に練炭自殺を図った。

 そのとき翌日の授業の準備をしていた体育の先生が、たまたま部室に物を取りに来てくれたおかげで最悪の事態は免れた。

 

 言葉を失っている友人をよそに、俺は弁当のイカのマヨネーズ和えをはしでつまみ、口にした。


 谷崎茂夫。やっと思い出したよ。

俺、あんたのことは好きだったよ。

でも俺が離任式のとき泣いてたのは寂しさでも悲しみでもなかった。

 ただ一つ、悔しかったんだ。

 

 どうして俺を選んでくれなかったんだ!!


 いつだって俺はあんたの中の一番のはずだったのに!!!!!


 

 教室の窓から流れ込み春風すら俺を避けていくようだった。

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