001 王都へ

「…………ぅ……ん?」

 まどろむ意識が覚醒していく。ゴトゴトという音とともに体がかすかに揺れる。

 ――眠って、いた?

 ナイトメアは自問した。窓の外の景色は寒々しい雪世界から一変し、緑広がる街はずれになっていた。その間の記憶はない。本当に眠ってしまっていたようだ。

 列車の中で眠るのは初めてのことだった。揺れと座席のクッションが心地良い。ナイトメアが乗っているのは魔導列車。つい最近導入され、旧来の蒸気列車に代わって今では主流となっている。比べ物にならないほど静かで、揺れも小さく、またも眠気がやってくるほどだ。以前なら寝ようとするほど寝られなかったのに、この列車では寝ようとせずとも寝てしまう。素晴らしいな。

 ナイトメアは今、自らの家、ダーカー家がある北方地域スノーリアから、連合国の首都アストラに向かっている。母アーレシア・ダーカーの強い勧めを受け、王立宮廷付属学院へ行くことになったのだ。ダーカー家は武の名門で、多くの名武人を出す大家たいけの一つ。ナイトメアもその血を継ぐだけあって、入学検定は難なく通過した。

 アストラとスノーリアは遠い。よって、学院寮に入ることになったナイトメアは、母から鬱陶うっとうしいくらいの見送りを受けた。列車の駅で母に抱き着かれた時の恥ずかしさと言ったらない。胸の中で窒息するかと思った。母が取ってくれたこの席も一等車である。まあ、最初で最後かな、と素直に感謝することにした。

 窓から王城が見えてきた。そろそろ到着か。

 荷物を下ろし、降車に備える。もういちど制服を整え、停車してドアが開くと同時に列車を降りる。

 赤レンガ造りの駅舎は壁すらなく開放的――というか開放されている――だった。北じゃあ考えられないことだ。こんなことしたら凍え死ぬ。しかし、ここは景色がよく、それに暖かかった。首都を一望できる小高い丘の上にあり、中央の王城から伸びるように放射状に敷かれる8本の道と、ひしめくように並ぶ家が見られる。

 出発前にざっくり頭に叩き込んだ地図によれば、現在地は町の南端、商業通りの最南にいる。名前から察せると思うが、恐ろしく混んでいる。

 ――一体どうやって進めと?

 首都は円形に近い形をしていて、半径約10キロメル。学院は王城の隣。つまり、単純に考えるとこの混雑の中10キロメル歩けということだ。ストレスたまって道のド真ん中で発狂しますよ?

 ――しょうがない。転移魔術を使おう。

 人前ではあまり使いたくないのだが、どうしようもない。不可抗力だ。

 空間魔力と属性素エレメントを集めてくる。詠唱術式があるにはあるが、面倒だから術名のみを唱える。良い子は真似してはいけない。暴発すればどこに行くかも分からないから。

「【テレポーテーション】」

 急速に視界が蒼に染まっていき、破砕音が耳に響いた。空間を無理矢理引き裂く時の音だ。視界が復活した時には校門前についていた。

 本当に魔術は便利だ。

 

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