訳ありの物、お任せ下さい。鶯谷道具商店

森 モリト

第1話(1)菊の細工

上野の山の懐、細い路地が入り組んだ突き当り古めかしい建物がある。蔦が絡まり、近所の小学生が化け物屋敷とよぶそこが、鶯谷道具商店。


「古今東西、如何なる物も取り揃えております。曰く因縁のある物の買い取りも致しておりますが、なにぶん扱う物が物、一見様のご来店は固くお断りいたしております。そこの所は、ご容赦下さい。  鶯谷道具商店」


暖簾も看板も出さずに、蔦のからまる扉に色の変わった紙に書かれたお断り。

狭い路地を迷いに迷って辿り着いた店。都会のど真ん中のその店に、出社していきなり使い走りに出された。

「今日の撮影にどうしても必要なんだ。借用の手配は出来ている。いつもは

梶山Pが、自分で取りにいっているんだが、あの人昨日の台風で足止めくって間に合わないだよな。Pの仕事の代打だよ。任せたから、行って来てよね」

筆頭デレクターの瀬藤さんから頼まれて嫌なんて事は言えない。急いで飛び出して来た。上野から一駅直ぐに分かるだろうと思っていたのに、携帯のマップを見ても解らない場所があるなんて驚きだよ。ぐるぐる廻って、やっと店の前に辿り着いた。看板もない、小さな間口の店。きっと何度もこの前を通っていたんだろう。

意味ありげな張り紙に目を通して、古めかしい真鍮の取っ手に手をかけた。

扉に付けられた呼び鈴がチリンと小さく音をたてる。扉を開くと入り口からは想像出来ない程に広い空間が現れた。道具屋と言うのに品物はなく、綺麗に清掃された板張りの床に大きな窓から柔らかい日差しが差し込んでいた。窓の側に猫足のソファ、部屋の真ん中どこらに年期のはいった木製の机が一つ置かれていて、男が一人事務をしていた。

「いらっしゃいませ。どんな御用でございましょう」

男は、ゆっくり顔を上げて、固い声でそう問う。色が白くて、女のように綺麗な男、最近売り出しの若手の俳優で似たやつがいたな。そいつよりも上かな、どっちにしても嫌な感じだ。

「こんにちは、東都テレビの梶山の使いで来ました。宮田と申します」

名刺を出して挨拶をしても、まだ少し怪訝に言った。

「当店のルールはお聞きでしょうか」

男は、話ながら机の上に置いてあった細々をついっと添え付けの抽斗に片付けた。ルール、そう言えば瀬藤さんが言っていた。店にある物に絶対に触れるなと、高価な物があるので気をつけろと言うぐらいの事だろうと理解していた。そんな事を念押ししてくるのが少しイラッとしたが

「ああ、その件は、ちゃんと聞いております。ご心配なく」

「・・・わかりました。こちらの方でお待ち下さい。重々、店の物にはお触れにならないようにお願い致します」

男は、そう言うと奥のドアに消えていった。部屋の中を見回すと何もない、どこにそんな高価な物があると言うのか訳がわからない。取り敢えず、指しめされた窓の近くのソファに腰を下ろした。低くなった目線に、机の下の紅い袱紗の小さな包みが目に入る。きっと、先ほど片付けた物の一つが落ちたのだろう。その紅の隙間からチラリと見えた物は、蠱惑的で有無を言わせぬ魅力があった。男が戻って来ないのを確認すると立ち上がって、すっとそれに手を伸ばし、そのままジャケットのポケットに押し込んだ。そして何食わぬ顔で、ソファに座りなおすと、奥のドアが静かに開いた。

「お待たせいたしました。ご依頼の品でございます。大正時代の懐中時計です。

使用料と保険代は、梶山様からすでに頂いておりますので、こちらの用紙にサインをお願いいたします」

小さなケースに入れられた時代物の懐中時計と一枚の用紙が机の上に並べられた。あぁ、今度のドラマのメインになる懐中時計か。イメージの物がなかなか見つからないって、スタッフの誰かがこぼしてたな・・・用紙の金額に目を止めて驚いた。この金額って何だ。いつものレンタル品の費用じゃあない。

「この金額って・・・」

「うちの品物は、特別でございます」

こちらの考えを見透かすように応えると、あとは黙ったままこちらの様子を眺めている。どこか偉そうで、嫌な奴だ。男前を鼻にかけやがって、文句の一つも言ってやろうと思うのだが、すでに代金の支払いは終わっているし、しょうがない。

梶山P、キックバックでも受け取っているのかよ。後で色々調べてやると思いながら

「では、これで失礼します」

「お疲れ様です。梶山様によろしくお伝え下さい」

男は、最後に深々と優雅にお辞儀をした。綺麗なお辞儀だ。ああ、こう言う奴が女にもてるんだろうと思ってしまって、それにも又イラついた。

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