喫茶店は一杯のコーヒーから

@ko-ri

第1話,開店(プロローグ)


 季節は春。

 この世界では何と言うのかわからないけど、俺の元いた世界では桜とよばれていた木々が風に揺られながら、淡い紅色の花びらを散らしていく。

 俺はそんな華やかで、不気味なイメージとは程遠い森の中を、馬車にゆられながらゆったりとした時間を過ごしている。


 「今日から開店日っと。一時はどうなるかと思ったが、なんとかここまで......」


 独り言を呟いていると、突然木の裏から二体の影が現れる。

 桜の華やかさとはかけ離れた、濃い緑色に染まった体毛一本も生えてない肌と、自分の三倍くらいの体格を持った豚の顔を持つ。俺の元いた世界でも、今いる世界でも『オーク』と呼ばれる存在の魔物が、俺の乗っている馬車の目の前に並んで立ちふさがる。


 「ようにいちゃん。そんな荷物もってどこに行こうとしてんだ?」

 「大変そうだから、俺たちが持っててやるぜ」


 (でた、冒険者狩りのオークども...)


 街では結構有名で、この世界での警察みたい役割を持つ『ギルド』。そしてギルドとは別に金を払って雇う冒険者。通称『キャスト』。

 キャストをやっている者は、一般市民と比べて稼ぎも良いのだが。強い者は国の先鋭騎士団と同等以上の強さを誇るが、弱い者は農業をやっている普通の男より弱い者もいる。そんな弱い者だと判断されたキャストは、残念ながらこうやって冒険者狩りをする魔物たちの餌食になるのだが...。


 判断を誤ったな...。


 「どうだ?このまま俺たちに譲れば、命は助けてやるぞ?」

 「まあ、この森から無事に出られるかは保障しねえけどな」


 二体のオークは馬車に繋がれた二頭の馬の頭を撫でながらゆっくり近づいてくる。その馬はまるで凶暴な肉食獣に威嚇されて脅えるように動けない。


 (なんか。典型的なチンピラ台詞だな。どうしようかな...俺あまり暴力好きじゃないんだよな...皆もそう思うだろ?)


 「話し合おうぜ、お前らの持っている斧と旨い酒でも交換しようじゃないか?どうだ?」

 「おいおい、旨い酒なんて良いもの持ってんじゃないか!?」

 「だったらそいつも全部貰っていくぜ!俺たちの大将は酒と女が好きだからな。そうだ!近くにあるエルフの森からエルフを二三匹くらいかっぱらってから大将に手土産しようぜ!」


 話し合いに応じてくれない。というより全く聞いてない...。どうしてもこいつらは『ルール』に従ってくれる様子はないらしい。っということでここは一つ『ルール』を作ろうと思う。


 「"今よりこの森で暴力を起こす者は爆発する"」


 「は?何言ってんだ?」

 「怖すぎて可笑しくなっちまったのか?」


 二体のオークは、静かな森を台無しにするような下品な大声で笑い始める。そんな姿に思わず溜息をついた。


 「で?どうすんの?取引するの?」

 「おいおい、なんでお前と話し合わなきゃいかないんだっ!?」

 

 オークの一人が横暴な質問と共に、俺の頭一個分の大きさを持つ拳を握りそのまま顔面に飛んでくる。しかしその拳は俺の鼻先にも届かなかった......。

 なぜなら、突然殴ってきたオークの足元からまるで地雷でも踏んだかのように、大きな音をあげながら眩しい光と共に爆発し、気づくとオークは少し離れた木の下で倒れていた。


 「兄貴ぃ!てめえ、なにをした!?」


 もう一人のオークは怒りを露わにして近づいてくると、そのオークも殴ってきた。しかしその拳も全く届かずに、足元からの爆発で吹き飛んだ。


 「うぅ...」

 「ぐぅぁ...ぅ」


 オークは二体とも黒焦げになりながら倒れているが、呻き声をあげている所からまだ生きているみたいだ。恐らく気絶しているのだろうか?


 (よし!今のうちだ)


 俺は馬をさっきよりも早く、荷物がこぼれない程度の速さで走らせ、その場から立ち去る......。



 ●●●



 それからしばらく走っていると、木々が生い茂っている所から明るい所に抜ける。


 そこは森に囲まれた草原と、東京ドーム一個分...とまではいかないけどなかなか大きな湖が広がっている。そしてその湖に反射する桜の木々と、吹き抜ける青空が組み合わさって最高の絶景を映し出す。


 「やべえな。久々に来たけど、改めて見るとやっぱりここの絶景は最高に癒されるな......」


 馬車をゆっくり歩かせながら、絶景を楽しんでいた。

 そしてそんなゆったりとした時間は想像以上に早く、馬車は既に目的地へと到着していた。


 「おっ。もう着いちまったか、もう少しゆっくり過ごしたかったが...」


 俺は馬車に降りると、荷台から大きめの革のカバンと、四脚の小さな台を取り出す。小さな台は草の上だと不安定の為、木の板を草の上に置き、落ちている石などで調整しつつ足場を安定させる。

 その後は申し訳なくその辺の草を肩幅程度の範囲でむしり取り、そこに木の枝やカバンの中から取り出した木の屑などの燃えやすい物を置いて、友人から貰った火の魔力が入った魔石を近づける。


 「えっと。"生命を与えし力と、生命を奪えし力。叡智の具現とされし力を業火としてここに現れん"。で良かったかな?」


 その言葉に反応するかのように魔石は赤く光だし、そして目の前が突然燃え出した。それも周辺の草を焼き尽くそうというくらいに勢いよく...。


 「ぎゃあああ!ふぁいやああああ!」


 あまりの火力の強さに思わず謎の言葉を叫んでしまった。とりあえず水魔法を早く。


 「"富を育みし生命の泉よ、枯渇し大地に生の力を与えよ"」


 やや焦りながらも水の魔石を取り出して、呪文の言葉を唱えることが出来た。

 すると湖の水が浮かび上がり、巨大な水の玉を作り出す。その玉は水平移動でこっちに近づいてくると、そのまま玉は破裂して一気に水が頭上に落ちてくる。


 「ぶっあっぷ!」


 大量の水が燃え盛る炎を一瞬で沈下することができた。その代わりに俺の服や準備した薪や火種の木屑は台無しになってしまったけどな...。

 まあ背は腹にもかえられないって言うし、寧ろもしもの為と思って水の魔石も持ってきて助かった。ミアンには感謝だな。


 ちなみにミアンとは俺の友人であり、きっかけを創ってくれた重要人物だ。詳しくは後々説明するとして。


 「再度点火だな。さっきは調子に乗って呪文を最後まで詠唱してしまったから火力は抑えられなかった。とりあえず......」


 と顎に手を当てて自己分析しながら再び火種と薪を用意する。そして再度火の魔石を取り出し。


 「"火よ出ろ"」


 すごく簡単な呪文。というよりただの命令を魔石に告げる。

 するとさっきのドラゴン級な炎の大玉とは違い、普段から使い慣れたライター程度の火が魔石から現れる。というかもはや石の形をしたライターだな。

 その火を火種に近づけて燃やし、そのまま薪も燃やして火を大きくしていく。


 「おお。暖かいなあ」


 と手を火に近づけながら優しい熱を全身に感じる。濡れて冷えた体にはたまらない。


 (とりあえず服が乾くまでは普通にキャンプでもして、日が暮れそうな時に建てるとするか...)


 と、服を全て脱いで全身に熱を感じながら、さっき濡れて台無しになった薪になるはずの木の枝を使って服を乾かした。というか森の奥だから誰も来ないよな?俺のあられもない姿を見て喜ぶ者はいないけど、とりあえず問題ないよな......。



 ●●●



 そして桜の色が赤く染まり始め、さっきの絶景が様変わりしてより一層幻想的になった森。俺はそれを眺めながら立ち上がる。


 「そろそろ開店準備としますか」


 最初に準備していた台を再度安定しているか確認すると、側に置かれていた革のカバンの中にある、様々な機材を取り出す。

 すると黒い鉄の容器を持って立ち上がり、湖まで歩く。


 「すげえ。透明な色だな」


 湖には、日に焼けて茶色に変色した髪と、今年で三十にもなるのになかなか逞しくなってくれない童顔の男が、軽装な服を着て映っている。

 (そういえば俺の顔ってこんな感じだったな)と、鏡が高価な世界で久々に見た自分の姿を消すように、黒い容器を使って透明で綺麗な水をすくう。そのついでに俺もその水を飲んでみた。


 (やべえ。この世界どころか、前の世界にあったペットボトルの水より遥かにうまい!臭みも全く無くて、口どけが良い。これなら最高に旨いコーヒーが作れる)


 俺はすぐに黒い容器を持って、焚き火の方へ早足で戻る。

 そしてすぐに準備へと取り掛かる。


 「すでに焙煎は済ませてきたし、後は挽いて淹れるだけだな...」



 ●●●



 ここで軽く自己紹介をしたい。


 俺は挽屋薫(ひきやかおる)。日本生まれの東京育ち。

 子供の頃からコーヒーの香りが好きだった(味は苦くて飲めなかったけど)俺は、将来の夢が喫茶店のマスターになりコーヒーの香りに包まれて生きたい。なんて子供が発想しなさそうな事を夢に描いていた。

 そしてそれは以外とあっさり叶ってしまった。というか、カフェの店員自体はバイトさえすれば高校生にだって出来るからな。

 とにかく俺はカフェのバイトを学生の頃から堪能した。コーヒーの淹れ方もマスターから習って大分腕をあげた。マスターからも、将来は店を受け渡すという約束をしてくれた。

 他の人と比べれば小さな夢だが、俺は夢を叶え、完全な勝ち組人間だと俺は思っていた。


 しかし現実は甘くなく、周りに大手チェーンのコーヒー屋が出来て、ぱったりと客が来なくなり、店の経営は絶望的だった。その頃は二十五歳。まだ就職活動するには遅くない時期ではあるが、現実を受け止められない自分がいた。

 そして俺は一つの決断をする。

 『バリスタオブマイスター』。それは年に一度の最高のバリスタ。つまり最高のコーヒーを淹れることが出来る人間を決める大会が行われており、俺はそれに出ることを決意した。なぜならその称号さえあれば、マスターの店は一気に有名になり、閉める必要がなくなるからだ。

 だから俺は必死で頑張った。一生懸命技術を磨き、勉強をし、今までしてきてなかった努力の分をぶつけるように、ひたすら頑張った。


 そして...。見事『バリスタオブマイスター』に選ばれた。歴代最年少の天才マイスター現ると誰もが祝福してくれた。


 これほど最高の喜びは無かった。この時初めて夢への努力というのがこんなにも喜ばしいことなのだと、実感したのだった。

 しかし......。


 『バリスタオブマイスター』になってから初の出勤日だった。

 きっと俺の姿を写そうと、お店の仲間や雑誌の取材でお店は騒がしいだろうと、期待を胸に早足で歩いていた。そして丁度角を曲がれば俺の店がある手前の交差点。俺はいつものように信号が変わり、歩き出した時だった。

 周りは突然悲鳴があがり、いつもより騒がしくなった。しかしその騒々しさとは裏腹に自分の周りだけすごく静かだった。まるでここだけ時間が止まったように。


 「いやああ!」とか「あぶない!」とかそんなはっきりと聞こえてくる声を、まるで他人事のように聞いていた。しかしその声は、俺に対して叫んでいる声だとわかるのはすぐに分かってしまった。

 横から何かぶつかった。そしてその何かに抵抗できず、俺はそのまま空中に放り出された。不思議と痛みは無かった。というより寧ろ気持ちいい。これが所謂死に際に感じる脳内麻薬というやつか。それとも俺は死んでいるのだろうか?

 なんて自分の冷静さに驚きつつ、俺は次々と思いが込みあがってくる。

 マイスターになったことを自慢したい。マスターに今の最高の気持ちを伝えたい。俺の修行した成果を皆に味わってもらいたい。俺たちのお店を救いたい。

 そして、マスターの言ってくれた言葉。お客さんに最高の味で喜んでいただきたい。それが俺の今やりたい、最高の『夢』だった......。

 

 (生きたい......)


 心の中から叫んだ。


 (やり直したい)


 切実な思い。


 (俺は!生きたい!)


 ......。



 願いが通じたのか、それとも偶然なのか、気づいたら俺は異世界へ転生していた。いや、姿形は同じだから転移というのだろうか......。

 広い湖に映るもう一つの風景。その幻想的な風景に目を奪われながらも、俺は必死に生きるために歩き続けた。


 そして俺はこの異世界で様々な出会いが出来た。

 襲い掛かってくる魔物や、助けてくれた魔女っ子。俺を育ててくれた飲食店の大将。色々な出会いがあったが、一言では表せない出来事が沢山だ。


 ●●●



 「よし、こんな感じかな」


 自分が知っている中で、この世界最高のコーヒー豆と元居た日本では味わえない最高な水を組み合わせて作り上げた、恐らく自分の中で最高な出来のコーヒーが出来上がった。数年前のマイスターを取った俺でもきっとこれは真似ができない。


 「さて、冷めないうちにルールを決めよう」


 すると、目の前に置かれている安定した木の台に、黒インクの羽ペンを使って文字を書いていく。


 "これより先。台座の上に最高の捧げものが捧げられる時、営みの場が作り上げられる"


 これで花を飾るだけが役目だった小さな台が、俺の生活の要となってしまった。これが俺の決めたルールであり力でもある。魔法よりも絶対的な力。と、人類最強の魔法使いは俺に言ったが、きっとそれがどんなものなのか。

 俺は入れたてのコーヒーをそっと台の上に置いた。

 それから数秒後。突然地面が揺れ始める。

 (やべっ)と思ってすぐに台のコーヒーを零れないようにコーヒーカップを支えようとしたが、不思議な事に台の上だけが全く微動だにしなかった。恐らく成功したかもしれない。それよりも自分の身の安全を確保する為、後ろに下がって距離を取った。

 すると台の周りの地面から突然木の根が飛び出してきて、台の周りを囲み始める。そして台は持ち上げられながらゆっくりと形を作り上げられ、巻き付いた木の根が何重にも重なって台の柱となり、だれもが押しても倒れない頑丈な台座が出来上がった。

 そしてそれに倣う(ならう)ように、地面から木の根が生えてきて、ゆっくりと。しかし植物の割には早回しするような速さで、形作られていく。


 それから約十分足らずで、木の根はまるで自分の意志で大工の人に加工されたように形を変え、頑丈で隙間が全く無いくらいの綺麗なログハウスが出来上がった。


 「想像以上な出来だな。これなら問題なく店を開けそうだ」


 俺は高鳴る気持ちを抱きながら、馬車に置いてある荷物を全部取り出して、すぐにログハウスの中へと運び込んだ。

 入口に導く三段の階段。綺麗な湖を見渡せるウッドデッキ。窓は無いけど店内を照らす月明かりが入ってくる抜け穴。ちゃんとカウンターの用意された想像通りの間取りの配置。そして何よりも、屋内に漂う木の香り。

 あまり良い言葉で表せないが、とにかく俺は人生で最高の、バリスタオブマイスターの称号を取るよりも遥かに幸せを感じた瞬間だった。


 俺は全ての荷物を運び終えると、お店の外へ出る。そして扉を閉めめてそのまま後ろへ振り向くと、手に持っている木の札を扉に掛ける。

 そこには、「ようこそ。喫茶店カオル屋へ」という意味の異世界文字が書かれている。

 それを眺めながらゆっくりと深呼吸をする。今までの出来事を振り返りながら考え、気持ちを整理していく。

 そして溜め込んだ気持ちを吐き出すように口を開いた。


 「よし!『喫茶店カオル屋』開店だ!」



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