桜々中のショートショート、略してSSS。

桜々中雪生

金の亡者

 老人Sは、若い時分から金に五月蝿い男だった。不動産屋を経営していたが、金のためには姑息な手を使って顧客を得たし、社員へは日々の暮らしがやっと送れる程度の給料しかやらなかった。必要な税金を払えば、あとはすべて自分の財産だ。しかし、金稼ぎに暇はなかったものの、それの使い道はなく、Sは日々を質素に暮らし、大金はSの口座に振り込まれていくだけだった。


 退職し、年金暮らしになってもそれは変わらなかった。金を稼ぐ場がなくなったので、今度は競馬や競艇に手を出し始めた。しかし、先見の明も、博打の才能もなかったSは、負け続けた。貯めていた金も、すぐに底をついた。

「くそっ、今日も負けだ。このままでは帰れん、金さえあれば……」

 ある日、吐き捨てたSの前に、競馬場には不釣り合いな、ぱりっとした真っ黒いスーツを身にまとった若い男が笑顔で現れた。どこからともなく前へ立ちはだかった男に、Sはおののき、それから、じろりと睨み付けた。

「何だね、用がないなら退いてくれないか」

 つっけんどんな言葉にも笑みを崩さず、恭しく手を差し出した。

「お金が欲しいのですよね。わたくしに、ご協力させてはもらえないでしょうか」

「何、儂に協力してくれるのか、お前さん」

「ええ、わたくしにできることであれば」

 Sは飛び上がらんばかりに喜んだ。

「では、何をしてくれるのかね?」


「ええ、そうですね。わたくしは死神ですので、あなたのお命を、一億で売ってくださいませんか?」

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