第6話 白磁人形の憂鬱5

 ゆかたち三人は何者かに荒らされたという花壇まで訪れた。

「……これはひどいね」

 その花壇はめちゃくちゃに荒らされたまま残されていた。

 物理室の硝子もまだ取り替えが終わっていないのか、割れた硝子に段ボールをはり付けてガムテープでふさいだままだった。体育用具室の扉はノブのところがひしゃげて壊れ、そのまわりを有刺鉄線が巻かれている。

「遙ちゃんは花が好きだったんです。男勝りなところしか目につかないでしょうけれど、ほんとうはすごく女の子らしいんですよ」

 華乃は目をうるませながら話す。ゆかと要はどんな顔をすればいいかわからなかった。

 小学生からの幼なじみということは、恋人の要よりも長い時間を一緒に過ごしてきたのだろう。その家族にも近い親友がいなくなれば、どれほどつらいかは想像もつかない。

「だいじょうぶだよ。きっと瀬戸さんは無事だから」

「……はい。ありがとうございます」

 華乃は目許をこすって、かすかに微笑んだ。

「水瀬さんは瀬戸さんがなにかトラブルに巻き込まれてたか知らない?」

「そんなこと急に言われても……早紀ちゃんが話したこと以外はなにも」

「なんでもいいの。瀬戸さんがなにかに悩んでいたとか、誰かに追い回されて困っていたとか、いつも様子が違っていたとか、どんなささいなことでもかまわないの」

 しばらく考え込んでいたが、ふと思い出したように、

「あっ。そういえば……」

「なに? なにか思い出した?」

「事件に関係あるかわからないんですけど……」

「全然かまわないよ。教えて」

「以前遙ちゃんが男のひとと一緒に歩いてるところを見たことがあるんです」

「男だと?」

要がいきなり華乃の腕を鷲掴みにした。

「そいつは誰なんだ? 学校のやつなのか?」

「い、痛い!」

 あまりに強く握るものだから、華乃は悲鳴をあげて身を震わせた。

「要。落ち着いてよ。水瀬さんが怖がってるじゃない」

 ゆかはあわてて要と華乃の間に割って入った。

「……悪い」

 華乃から手を離すと、要は下唇を噛みしめた。

「ごめんね、水瀬さん。要はほんとうに瀬戸さんのことを心配してるの」

「いえ、だいじょうぶです。わたしも鷹野さんの気持ちはわかりますから」

「それで? さっきの男のひとが誰なのか水瀬さんは知ってるの?」

「この学校とは無関係のひとです。大学生くらいの男のひとだと思います」

「その男のひとの特徴は?」

「背が高くて茶髪のひとでした。あと、両耳にピアスを空けてました」

「どこでその男のひとと瀬戸さんを見たの?」

「えっと、駅前のカフェとかジュエリーショップとかでよく見かけました」

 ゆかが脇を見ると、要が苦々しい表情で拳を握りしめていた。

 要の気持ちもわかる。恋人が見知らぬ男と一緒にいたと言われて平気でいられるわけもない。けれど、せっかく手がかりを得られるかもしれないのだ。

 ここは要にはすこし頭を冷やしてもらわないと。

「……要」

「だいじょうぶだ。いまは遙を見つける方が先決だ」

 要は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせていた。

「水瀬さん。そのことを警察のひとに話した?」

「いえ。遙ちゃんがいなくなったことと関係があるとは思えなかったから」

 現時点では、その男が遙の失踪となんらかの関係があるのかはわからない。けれど、その男が誰なのかは調べてみる価値はあるはずだ。

「朝出かけたのは、その男と会うためだったんだ。別れ話をすることになっていて、そして話がこじれて、そいつが遙を連れ去ったに決まってる」

「まだ結論を出すのははやいよ。その男が誰なのかもわからないのに」

ゆかは華乃に向き直ってたずねた。

「水瀬さんは瀬戸さんとはすごく仲良かったんだよね」

「すごくかはわかりませんけど、まあ幼なじみでしたからそれなりには」

「じゃあ、中学生の頃に付き合ってた男のひととか知らない?」

「さあ、中学生の頃にはそんな相手はいなかったと思いますけど」

「じゃあ、高校に入ってからは?」

「わかりません。高校からはクラスも別々になっちゃったし、部活が忙しいみたいだったし、鷹野さんとも付き合うようになってから話す機会もへっちゃって……」

 要はなんだかばつの悪い顔をしていた。

 恋愛経験がないゆかには、恋愛したときの気持ちなんてわからない。けれど、大好きなひとが側にいれば、友達との関係もへるのは仕方ないかもしれない。

「瀬戸さんが早朝に出かけたのが男の人に会うつもりだとして、ここを荒らしたのはやっぱり瀬戸さんとは全然関係のないひとなのかな」

「いまはこんな花壇を荒らしたやつのことよりも、男について考えるべきじゃないのか」

「それはそうかもしれないけど。でも、こっちも気になるんだよ。学校に恨みを持ってるんだったら、こんな校舎の端っこを狙わないで、もっと目立つようなことをすると思うんだけど」

 ゆかは考え込みながら体育用具室に向かい、ひしゃげた鉄扉を確認しようとすると、

「気をつけてください!」

「えっ?」

 花壇の中央を割って、華乃があわててゆかの元に駆けてきた。

「見てください。誰かのいたずらで有刺鉄線が巻かれてるんです」

「あっ」

 確かに華乃の言うとおり、ノブのまわりにも有刺鉄線が巻かれていた。華乃が注意しなければ、あやうく手を鉄の刺に突き刺すところだった。それにしても、金具でも使ったのか、ずいぶんと厳重に巻かれている。

「あ、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

 華乃は恥ずかしそうにうつむいた。

「こら、おまえたち! そんなところでなにをしてる?」

 ふいに怒鳴られ、顔をあげると、学年主任の教師が血相を変えて近づいてきた。

「おまえたち、ここはいま立入禁止にされているのは知ってるだろ?」

「……すみません」

「わかったら、いつまでも残ってないでさっさと帰れ」

 学年主任に怒鳴られ、ゆかたち三人は渋々校舎裏から追い出された。

 ゆかとしてはもうすこし花壇のまわりを見て回りたかったけれど、学年主任に目をつけられてあらぬ疑いをかけられるわけにもいかない。

 ゆかは渋々その日の調査はあきらめて華乃を校門まで送った。

「水瀬さん、今日はありがとう。また瀬戸さんのことでなにか思い出したら教えてくれる?」

「はい。もちろんです。わたしもできるかぎりお手伝いします」

 そう言って、華乃は頭をさげると、ゆかと要の前から去っていった。

「ゆか。やっぱり水瀬が言っていたあやしい男が遙を連れ去った犯人じゃないのか。それだったら、すべてのつじつまが合う気がするんだ。絶対その男を見つけ出してやる」

 要の顔が気色ばんでいるのを見て、ゆかの背筋が冷たくなった。彼は普段はおとなしくて人当たりがよい性格をしているが、ときどき気性の荒い一面を見せることがある。

「要。その男のひとのことは一応警察の人には報告した方がいいと思う。それから、わたしたちでもその男のひとが誰だったのか調べてみようよ」

「そうだな。遙のご両親にその男のことを言ってみるよ」

 ゆかの意見に、要もうなずく。なんとか納得してくれたようだ。

「悪かったな。余計な問題に巻き込んだりして」

「そんなこと言わないでよ。要の落ち込んでる顔なんかわたし見たくないもん。絶対瀬戸さんは無事だから元気だそ。ね?」

 ゆかが強く手を握ると、要は弱々しく微笑んだ。

「……ありがとう。おまえがいてくれてよかったよ」

 なんだかその顔が儚くて、ゆかの胸がぎゅっとした。

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