深海の文字で綴られたその手紙を始めて読んだ時、これは果たし状なのだろうかと思ったのが、隆文の率直な感想だった。

 それから、何度も読み返して、自分の読み違いでなく、それ以前に読み違えるような内容でもないことをまざまざと見せつけられて、隆文は頭を抱えた。

 妙乃が好きかどうかと訊かれたら、けして嫌いではないし、好意もある。

 まるで、恋愛小説のような言葉だと、隆文は心の中で自嘲した。

 どうしようか結論が出ることもなく、隆文は手紙を丁寧に畳んで、また封筒に戻した。

 選択肢は二つしかない。受け入れるか受け入れないか。

 それなのに、一向に答えが出せない。

「困りましたね」

「ラブレターの返事がかい?」

 隆文は独り言のつもりであったのに、人の噂と色恋沙汰が大好きな同僚の婦人に、面白半分に声をかけられてしまった。

 仕事に集中していないのを自覚してしまい、隆文は自己嫌悪に陥る。

 その落ち込んだ肩を、恰幅のいい婦人が遠慮ない力加減で叩いた。

「いや、三栗君にも春が来たのね! ついに告白の時なのね! もう、女の子から言わせるなんてダメじゃないの!」

「言われてないです」

 事実、声を出せない妙乃が話した訳でないので、隆文は誤魔化そうとするが、婦人はお見通しだとばかりに豪快に笑って、バックヤードに声を響かせた。

「でも、書いてあるんでしょう、その手紙にさ! もう、今時、手紙でやりとりなんて、奥ゆかしい二人なんだからさ!」

 バレているのは仕方ないにしても、そんな閲覧室にまで聞こえそうな音量で情報を拡散するのは止めてほしいと、隆文は溜め息をついた。

「なんだい、嫌そうな困り顔してさ。あの子が嫌いなのかい?」

「嫌いではないですよ」

「じゃあ、どうした。まさか、同性愛者って訳じゃないだろう?」

「二瓶さんの見立て通り、異性恋愛者と自覚してますよ」

「ふふん、そうだろうね。心に決めた人が他にいるのかい?」

「いませんよ、からかわないでください」

 そろそろ婦人の追求から逃れようかと、隆文は溜まった仕事の資料を引き寄せ、すぐにでも取りかかれそうなものを見繕おうとした。

「ふーっ。三栗くんはお堅すぎるよ。結婚するんじゃない、付き合うくらいもっと気楽にしなよ。じゃないと、自分の好みのオンナがどんなのかも、わからないままだよっ!」

 隆文は、資料をめくっていた手を止めて、恨めしそうに、そして目から鱗が落ちたように、婦人の顔を見た。

「恋愛って、そんなものでしょうか」

「初めての恋愛ってのは、そんなもんだよ、初心者さん」

 ふむ、と隆文は顎を手の甲に乗せた。

「もし、付き合って、嫌になったら?」

「そしたら、恋人解消して友達に戻りなよ」

「そう簡単にいきますか?」

「あっはっは。そう簡単に行かないなら、本気だったってことだろうねぇ」

 あっけからんと笑う婦人の言葉に釈然としないものの、隆文はデスクに置いたままにしていた妙乃に次に貸そうと考えていた書籍を手に取った。

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