腐った兄の創り方

コーノス

第1話朝は一冊の本から

 皆さんは婦女子という言葉をご存じだろうか。

 一般的な単語過ぎて改めて聞かれると逆に答えに困ってしまうかもしれない。

 皆さんご存知の通り婦女子とは、女性を言葉である。

 では、腐女子だとどうだろうか。

 音は全く一緒ではあるが、意味は全く変わってくる。

 知ってるしては知っている、知らない人は別に覚える必要はない。

 一般的には使われない単語だからだ。

 一般とはなにか、とそこまで話を広げる気はない。

 腐女子。

 ボーイズラブ、男性同士の恋愛を取り扱った小説や漫画を好む女性の総称である。

 彼女たちの趣味は一部に過激な人種がいる。

 作品の中で好みの男同志の組み合わせを推しと呼び、人と推しが違うことを地雷とし、徹底的に論破しようとするもの。

 また、同じ推しであっても名前が先に来るのか後に来るのかでまた戦争が起きる。

 欲しいものを手に入れるため、時には人を襲うものまで現れる始末だ。

 前置きが長くなってしまったが、まとめると腐女子とは常に戦う女子のことを指すのかもしれない。


「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」

 痛みを忘れるために腐女子の再定義を行い現実逃避を行っていたが、努力むなしく痛みはなくならない。

 先ほど話した、腐女子に襲われている真っ最中である。

「ガウッ!」

 腕に噛みついていた腐女子、妹の紅花が次は首元を狙ってくる。

「ちょ、おい、危ないって!」

 咄嗟に後ろに避ける、が引っかかれ腕に傷が増える。

「いつっ……!」

 続いて首元に鋭い痛みが走る。

 一瞬で間を詰めて首元に噛みつかれたみたいだ。

「ゔうぅ…」

「ちくしょうっ!」

 反射的に紅花の頭を押さえ、抱きしめる形で動けないようにする。

 歯は首元に食い込んだままだが、これ以上傷を増やさないための苦肉の策である。

「あとは、あれさえあれば」

 頭を抑えつつ妹の枕元を漁る。

 枕の下に固い感触を感じ、一瞬でつかむと妹の顔面にたたきつける。

「これでも喰らえ!」

 びたーん!

 実際に音はしなかったが、そんな効果音がしそうな当たり具合、手応えありだ。

「……」

 紅花の動きが止まる。

「うがぁー!!」

 と思うと、唸り声をあげながら先ほど顔面に叩きつけられたもの、本を一心不乱に読み出す。

 最後のページをめくると声が止み、部屋の中に一瞬の静寂が訪れる。

「……あれ、おはよう、お兄ちゃん」

 その声とともに妹の手にあった本、薄いBL本が床に落ちた。


「いってて……昨日はちゃんとBL本読んで寝たのかよ」

 噛まれた場所の手当てをしながら紅花に話しかける。

「昨日は遅くまで課題やってて気づいたら寝ちゃってて……」

「ったく、ちゃんと朝昼晩寝る前と読んどけよな」

 腕から首まで包帯を巻き終わると、妹へ目線を向ける。

 申し訳なさそうに俯いていたが、ばっと顔を上げこちらへ声を上げる。

「だ、大体昨日はお兄ちゃんのご飯の準備が遅かったから課題できなかったんだし! 自業自得じゃん!」

「な!? 俺のせいにするのか!」

「ふんだ! それに寝起きの妹を抱きしめるなんて信じられない! 変態! シスコン!」

「ああしなかったら傷が増えてたんだからしょうがないだろ!?」

 そう答えながらも、あの時の状況を思い出して少し自分の頬が熱い。

 成長したな妹よ。

 あんな状況だったというのに男というのはしっかりと感触を思い出せるあたり、やはり男という生き物は欲望に正直である。

「そんなこと知らない! もう、先に学校行くから!」

「おい! 朝飯はどうするんだ!」

「別にいらない!」

「……わかったから、弁当は持って行けよ」

 そういって包みを渡す。

 あ、と何かを言いかけた口をいの字に結び、弁当をひったくる紅花。

「いってきます!」

 そういうと振り返りもせずに出ていく。

「はぁ、朝から疲れた……」

 妹の背中を見送ると、力が抜けソファーに沈み込む。


 ある時を境に妹がゾンビとなって襲って来るようになってしまった。

 しかもBL本を読むと治まる。

 ……

 オーケイ、大丈夫、もう一度説明しよう。

 ある時を境に妹がゾンビとなって襲って来るようになってしまった。

 しかもBL本を読むと治まる。

 ……

 信じるも信じないも、俺が一番信じられない。

 なぜゾンビ! なぜBL!

 共通点は腐っている点ぐらいしか思いつかない。

 最初はストレスからくる発作かなにかだと思っていた。

 しかし今だ原因は分からず、対処療法的に朝昼晩寝る前とBLを読ませるようにしている。

 最近はすっかり症状が落ち着いていたので油断した矢先、今朝のように襲われてしまった。

 枕元にBL本が置いてなかったらもっと傷が増えていたかもしれない。

 最悪の場合、妹の手で死んでいたかも。

 背筋に冷たいものが走る。

「これからは今まで以上に徹底してしっかり本を読ませないとな……」

 誰にともなくつぶやきソファーから立ち上がる。

 何気なく先ほどまで妹の弁当が置いてあった場所を見る。

「あ」

 そこには透明なカバーのかかった一冊の文庫本が置いてあった。

 弁当と一緒に渡すつもりで置いていたお昼用のBL小説。

 タイトルは「鬼畜執事と猫系王子」。

 天真爛漫な王子をドS執事が様々な手で調教するオーソドックスなBL小説だ。

「渡すの忘れてた……」

 先ほど徹底する誓いを立てたというのにこの有様である。

 脳裏に今朝の妹の状態が映る。

「ちゃんと渡さないと大変なことになるな……」

 つぶやきながらもう一つ重大な事実に気づく。

「え、もしかして、BL小説をもって学校に行かないといけないのか……?」

 もう一度本に目をやる。

 そこには、明らかに肌色の方が多い猫の恰好をした王子(尻尾がどのようについているかは分からない)と、不敵な笑みを浮かべて猫じゃらしを構える執事が堂々と印刷されていた。 

 

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