Terminus Of Wonderland(ワンダーランドの終焉)

 その頃フィアたちは、ジャバウォック改に乗って白の女王の城の前まで飛んできていた。眼下には、白色と赤色の軍勢が入り乱れて戦っている様子が見える。


 ジャバウォック改は、比較的安全そうな、城の前にある噴水広場へ着陸する。一行は急いでドラゴンの背中から降りた。フィアは、全員揃っているか確認する。

 ティアシオン、ランベイル、アリス、オリジン時計ウサギ、白の女王、オリジンハートの女王。全員いることを確認して、フィアはそっとため息をついた。


「こんな揺れる飛行機、経験したことがありませんわ……」


 アリスが青い顔をしてとぎれとぎれに言う。ルクアの声が通信機から届く。


『私、そっちじゃなくてよかったわ。飛行機と絶叫マシーン、苦手なんだよね』

「あたしだって、急ぎでなければ飛行機になんて乗ってませんわ!」

「アリスさん、飛行機じゃなくてドラゴンね」

「どっちでも同じですわ! どちらも空を飛んでるんですから!」


 アリスは言って、さっさと先頭に立って歩き出そうとした。すると進行方向から元祖フィアが白の軍服を身にまとった軍勢を率いて現れる。フィアは、元祖フィアが率いている軍勢の一人ひとりの表情を見た。どの表情も無表情で、生気の色が感じられない。元祖フィアと白の軍勢に共通するのは、胸に青い花のブローチが光っていることだった。フィアたちが様子を観察している間にも、軍勢は一行を取り囲むようにして円になり、その円の幅をじりじりと縮めてきていた。


 焦りの表情を浮かべる一行を見て、元祖フィアはせせら笑う。


「久しぶりですわね、物語修正師候補生の皆さん。残っているのは、もうあなたたちだけです。わたしの言う通りにするか、ここで倒されるか、どちらか選びなさい」


『あなたの思い通りにはさせないわ、元祖フィア!』


 フィアの鞄の中から、銀髪の少女が飛び出してきて言った。その姿を見て、元祖フィアが少し驚いた表情をする。


「あら、昔わたしと旅に出たアリス・マテリアさんではありませんか。まだこの世界に残ってらっしゃったのですね」


「え、この人が元祖アリス・マテリアさん!?」


 フィアが驚いた表情をする。銀髪の少女、元祖アリスが頷く。


『今まで黙っててごめんなさいね。あたくしが、元祖アリス・マテリアでしたの。元祖ルクアと一緒にこの世界から追い出されてしまってからは、この本を通してあなたたちを見守ることしか、できなかったのです』


「あなたのおかげでここまで来られました、ありがとうございます」


 フィアの言葉に、元祖アリスは少し微笑む。そして元祖フィアに向きなおった。


『もう終わりよ、フィア。あなたの望む物語は終焉を迎える。元通りの物語に戻す時が来たのよ』

「あなたが、本当の白の女王様ではなく、物語修正師候補生として派遣された、フィア・アリスさんであることは知っています。本物の白の女王は、ここにいますから」


 フィアが後ろにいる白の女王を振り返って言う。白の女王は進み出て言った。


「元祖フィアさん。もう終わりにしましょう。元の世界に戻る時が来たのですよ。あなたも自分の心の闇に向き合わなくてはいけません。この者たちと同じように」


「その必要はありません。あなたたちを消し去ってしまえば、わたしが本物の白の女王ではないことを知る者はさらに少なくなります。そうなれば、わたしが白の女王に成り代わることは、難しくなくなるでしょう」


 元祖フィアはにやりと笑う。それから不思議そうに尋ねた。


「そういえば以前、わたしとの握手を拒んだあの小賢しい人はどこに行ったのかしら?」


 ルクアは青い花を破壊するために別行動をしているなど伝えるわけにもいかないため、フィアはとっさに嘘をついた。


「ルクアさんのことですか? 彼女なら、とっくの昔に死にました」

「勝手に殺しちゃったよ……」

 

 隣でティアシオンが小声で言った言葉は、元祖フィアには聞こえなかったようだ。アリスも何か言いたそうな表情をしたが、ランベイルに口を抑えられている。


 フィアの返答に、元祖フィアはひどく嬉しそうな表情をした。


「それは好都合。あの時あの子と握手できていなかったのが、とても心残りだったの。なぜなら……」


 そこで言葉を切ると、元祖フィアは指をパチンと鳴らした。すると、土の中から縄が飛び出したかと思うと、フィアとアリスを拘束した。


「なぜなら、直接あなたたちの体に触れないと、物語修正師の能力を封印することはできませんから」


「なっ、何ですの!? か弱い乙女を拘束するだなんて、反則ですわ!」


 アリスの叫び声を聞きながら、フィアはとっさに嘘をついていてよかったと思った。ティアシオンとランベイルがそれぞれ自分の相方の縄をほどこうとするが、効果はない。


「無駄よ。特殊な力で作られた縄ですから」


 元祖フィアが微笑みながら言う。その時、通信機からルクアの声がした。


『青い花の破壊に成功したよ! うまく行ったら、そっちの動きも止まるんじゃないかな!?』


 すると、元祖フィアが従えていた白の軍勢の動きが止まった。そして、フィアとアリスを拘束していた縄が、地面にぽとりと落ちる。元祖フィアと白の軍勢がしていた青い花のブローチが砕けた。元祖フィアが明らかに動揺した表情で言う。


「何が起きたのですか!? さてはあなたたち、ここへ来る前に何かしましたね!?」


 元祖フィアが取り乱している間に、元祖アリスがオリジン時計ウサギに向かって言った。


『フィアが何か手を打つ前に、なんとかしないと! 何かいい方法はないの、ウサギ!』


 時計ウサギはフィアに向きなおって言った。


「確かに、今が最初で最後のチャンスだ。……フィア、昔交換した懐中時計まだ持ってるかい?」


 フィアは、懸命に頭を回転させて思い出す。そして言った。


「確証はないけど……、捨ててはいなかったと思います」

「それは好都合だ。それじゃあ、あの懐中時計の見た目をできるだけ具体的に思い浮かべてみてほしい」


「悠長に話し込んでる場合じゃないですわっ、早くなんとかするのですわっ」

「アリス様、少しの間黙って我慢していてください」


 アリスをランベイルがたしなめる。フィアは、懐中時計の様子をできるだけ正確に思い浮かべ始める。古臭くて、元々は金色だったのであろう色は、ところどころ黒ずんだり銀色にはげてしまったりしている。そして、時計の針は止まったまま動かない。するとフィアの胸元に光が集結し始め、昔、フィアがオリジン時計ウサギと交換した懐中時計が姿を現した。オリジン時計ウサギは懐中時計を受けとると、それをフィアに手渡しながら言った。


「フィア、この懐中時計を持って元祖フィアにぶつかるんだ! そうすれば彼女の心の中に入ることができる。彼女を説得してきてほしい」

「心の中に入る!? そんなことどうやって……っ」


 動揺するアリスをよそに、フィアは懐中時計を受け取りぼう然と立ち尽くしている元祖フィアに走り寄る。そしてその勢いのまま、懐中時計を前に突き出して元祖フィアに衝突した。衝突する瞬間、それに伴う衝撃はなくフィアの視界に映る景色だけが変化した。


 フィアは、立ち止まる。周りを見渡すと、たくさんの花々が咲き乱れる庭のようなところに来ているのが分かった。フィアはその中に、元祖フィアの姿を見つけた。白の女王に成り代わっていた自信にあふれた姿ではない。背中を丸め、肩を縮めた、本来の身長よりかなり小さく見える、そんな状態だった。


 フィアが近づくと元祖フィアは、伏し目がちに言った。


「……ごめんなさい。私のエゴで、たくさんの人たちを巻き込んでしまいました」


 フィアは歩を進めながら、そっと尋ねる。


「どうして、こんなことを……?」

「わたしは、自分に自信がなかった。常に自分なんて、いない方がいいんじゃないか、自分は人に迷惑ばかりかけて、何もできないじゃないかと思っていた。そんな時、この世界に呼ばれた。この世界では、わたしはわたしでいられた。みんなに認められて、ここが私の居場所なんだ、そう思えたんです」


 でも、と元祖フィアは続ける。


「トゥルーさんに言われたんです。あんたのいる場所はここじゃない、やることをやり遂げて、さっさと元の世界に戻れって。でも、わたしはこの世界に留まりたかった。そんなわたしの弱い部分を、ジャバウォックに見抜かれてしまった。ジャバウォックは優しい青い花をけしかけて、わたしがこの世界に留まり続ける方法を作り上げた。そして弱いわたしを隠すために、青い花の力で自信に満ちた、かりそめのわたしを作り出した。さらに青い花の力を借りて、わたしのための軍勢を作り上げた。わたしがここに残ることに苦言を呈したトゥルーさんを近くに置いていたのは、迂闊でした。チシャ猫は、つかみどころがない。分かっていたはずなんですけどね」


 自嘲気味に笑うと、フィアは続ける。


「でも、わたしがジャバウォックや青い花の制止を振り切って、彼を近くに置いていたのは、本当は誰かに止めてほしかったからかもしれません」


 そして、フィアにしっかりと向き直ると言った。


「さあ、わたしが作り上げたこの物語も終焉を迎えます。わたしとどこか似ているあなたの手で、終わらせてください」


 両手を広げる元祖フィア。フィアの手には、いつの間にかヴォーパル・ソードが握られている。フィアは、ヴォーパル・ソードを左手に持ち変えた。そして柄の部分を持ち変えると剣先を地面に向け、代わりに右手で元祖フィアの手を掴んだ。驚く元祖フィアに向かってフィアは言った。


「物語の終焉はわたしとあなた、そしてわたしの仲間たちの手で迎えます。青い花さんにちゃんと謝らないと、物語は終わりません」


 ここで言葉を切り、フィアは元祖フィアの顔を覗き込むようにして言った。


「わたしももしあなたと同じ経験をしていたなら、同じ道を歩んでいたかもしれません。わたしもまた、自分に自信がなくて、思ったことをちゃんと伝えられていませんでした。自分なんていなくても同じなんじゃないか、そう思ってました。でもこの世界に来て、考えが変わったんです。自分の力で、言葉で伝えないと何も伝わらないんだって。その努力から逃げていたんだって」


 そして元祖フィアの手に、懐中時計を握らせる。


「この懐中時計、とても古い物のようですけど、とても大事にされていたようですね。誰か特別な人からもらったものなんじゃないですか? その人もきっと、元の世界であなたの帰りを待っています」


 その言葉を聞いて、元祖フィアは泣き崩れた。しばらく、彼女の嗚咽しか聞こえなかったが、やがて彼女は立ち上がり、泣き笑いの表情で言った。


「わたしとどこか似ている、そう言いましたけど。……あなたの方が、よっぽど素敵です。ありがとうございました」


 そして二人は光に包まれ、気づけば白の女王の城の前の噴水広場に戻ってきていた。

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