時計ウサギの案内で

 フィアは懐中時計を見つめた。そして呟くように言う。


「夢じゃなかったんだ……」


「そう、あれは夢じゃない。現実に起こったことだよ。あの時は名乗れなくてごめんね。ぼくは、時計ウサギ。作者より生み出されたオリジンの住人だ。きみたちは、ぼくたちの最後の希望。きみたちが失敗すれば、この世界は本当に終わる。ジャバウォックを倒すための方法を探しているんだろう?」


「ジャバウォックを倒す方法を知ってるの?」


 フィアの言葉に時計ウサギは頷いた。そして言う。


「オリジンのジャバウォックを倒すための武器の名は、ヴォーパル・ソードという。このワンダーランドではその武器がオリジナルのジャバウォックを倒せる唯一の武器なんだ」


「ヴォーパル・ソード」


 フィアがその名を繰り返すと、時計ウサギが神妙な顔つきで頷く。


「ジャバウォックを有する白の女王は、彼を失うことを極度に恐れている。彼が白の女王軍の要と言っても過言ではないからね。逆に言えば、彼と白の女王さえ抑えられればこちらの勝ちさ。だからヴォーパル・ソードはかなり厳重に守られている。でも勝機はある。ヴォーパル・ソードが保管されている森の中の集落には、白の女王の秘密を握る人が幽閉されている。その人を救出できればきっと勝機はこちらに傾くはずだ」


 ティアシオンがなかなか戻ってこないフィアを心配して、玄関まで出てきた。そして、時計ウサギの姿を見て、顔をしかめる。時計ウサギは恭しく腰を折ると、ティアシオンに声をかける。


「初めまして。ぼくは、オリジンの時計ウサギだ。最後の物語修正師候補生に力を貸すために、ここへやってきた」


「ふうん。まぁ、こっちは人手不足だからな、人手が増えるのはありがたいことだ」


 そう言ってさっさと中へと引っ込んでしまう。時計ウサギは、フィアからもらった懐中時計を見つめ、そして言った。


「時間がない。すぐに出発しないと」


 フィアはそれを聞いて、リビングで荷物をまとめている一行をせかすため、部屋へと戻って行った。


♢♦♢♦♢


 時計ウサギは一行がそろうと、懐中時計を空へとかざした。すると、一つの扉が出現する。半透明の扉は、向こう側の風景が透けて見えた。時計ウサギは言った。


「この扉をくぐれば、目的地はすぐそこにあるよ」


 そう言って、彼が最初に扉を開いて扉の先へと入っていった。ティアシオンとランベイルは顔を見合わせる。そしてティアシオンが先に扉の向こうへ消えた。それに続いて、フィア、アリス、ランベイルと続く。


 扉の向こうに広がっていたのは、見渡す限り広がる木々の群れと小さな集落だった。時計ウサギは真剣な表情をして言った。


「ここが、今の白の女王が誕生した場所だ」

「今の……?」


 フィアが首をかしげる。集落の入り口には、集落に住む人々と思われる人たちが集まっていた。フィア達が近づいていくと、人々が口々に声をかける。


「お待ちしてました! 物語修正師候補生の皆さん。歓迎いたします」

「歓迎? 今まで歓迎などされたことありませんわ」


 アリスが戸惑ったように言う。時計ウサギは、そんなアリスを見上げて言った。


「ここは、元々ジャバウォックが支配下に置いていた集落だったんだ。それをトゥルーの生みの親である物語修正師と、別の物語修正師候補生が救った。だから、ここの住人は物語修正師や候補生たちを歓迎してくれる」


「ここの集落は、とても恵まれています。ジャバウォックを作りだしたのも物語修正師ですが、ジャバウォックから自分たちを守る術を作り出してくれたのもまた、物語修正師です。だから、此度の異変もきっと物語修正師候補生の皆さんが解決してくれることを、祈っています」


「物語修正師候補生に丸投げな気がするけどな。そうやっておだててりゃ、勝手にフィア達が解決してくれるって思ってやがるんじゃねぇか」


 ティアシオンがつぶやくように言った。ティアシオンの言葉は住人たちには聞こえていなかったようだ。時計ウサギは先に立って、道を開けてくれた住人たちの中を通っていく。集落の中にはたくさんの家があったが、その住宅街を抜けると、一つの大きな塔が見えた。


 塔は灰色に染まって威圧感を放つ。塔を見上げる一行。住人たちは塔の入り口まで一行の後ろからついてきた。しかし、塔の入り口まで来たところで言った。


「ここはおそらくすぐに火の海になるでしょう。われらは避難いたします。どうかご無事で。集落にあるものは、自由に使って頂いて構いませんので」


 そう言って一行に背を向けて去っていく。一行は、塔に登り始める。


「ほら出た、他人任せ」


 ティアシオンが毒づく。フィアは、そんなティアシオンに言った。


「仕方ないですよ、誰だって自分の命は惜しいですから」

「でもお前たちは、自分たちの命をかけて見ず知らずの世界を救わされるんだぞ。そんな不公平、あってたまるか」

「そう。僕たちはあくまで自分たちの住む世界がかかっているから、守るために戦うのは当たり前です。けれどあなたたちは、この世界の住人ではない。なのに戦わされる。確かに不条理ですよね」


 ランベイルも同意する。フィアとアリスが言葉を返す前に、時計ウサギが扉をノックする。塔の頂上にたどり着いたのだ。扉の中からは、何やら言い争う声が聞こえてきていた。


「ホワイト、あなたが悪いのよ。ここから出られた暁には、まず最初にあなたの首をはねてやるわ!」

「あらすぐに首をはねるのは、よろしくなくてよ? そんなことばかりしているから、住人たちに好かれないのでしてよ」


 言い争う声でノックの音が聞こえなかったのだろう、返答がかえってこないので、時計ウサギはもう一度ノックして、半強制的に扉を開けて突入する。他のメンバーもそれに続く。


 中には、ベッドの上で掴みあって争っている二人の女性がいた。一人は赤のドレス、一人は白のドレスを身にまとった見た目から高貴な身分と思われる人たちだった。


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