城へ

 ルクアたちは、朝早くに出発した。ベンジャミンが早くに起こしに来たのでルクアは少し驚いたが、トゥルーの体調も心配である。眠い目を擦りながら早々に準備をした。その際、図書館から持ち出してきた本も、彼女は鞄に詰め込んだ。そして気持ち良さそうに眠っているアリスたちを横目に、出発する。


 外へ出るとラトゥールは、家から持ってきたコーヒーカップを取り出した。そしてその中に入った不思議な色の液体を、コーヒーカップをひっくり返して地面にこぼす。するとこぼした液体で地面に水たまりができる。水たまりになったとたん液体の色が変化し、高くそびえ立つ城が映し出された。彼はそれを見て、満足そうに微笑む。



「トゥルー、できたよ」



その言葉に、ルクアの通信機からトゥルーの少し感心した声がした。彼はベッドごと体を小さくされて、ルクアの鞄の中に収納されている。



『……場所をちゃんと覚えていたんだな。感心感心』


「ちょっと馬鹿にしてるような気がするぅ」



 ラトゥールが少しムッとした表情をする。トゥルーの力なく笑う声がした。


『……馬鹿になんてしていないさ。感謝している、ありがとう』


「感謝されたらされたで恥ずかしいなぁ」


『ではどうしろと……』



 トゥルーの困惑した声が響いてくる。ルクアは言った。



「ほらほら、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。行くよ。この水たまりの中に入ればいいの?」


「そうだよぉ。久々に行くなぁ、トゥルーの家」



 ラトゥールの声に、ルクアが驚いた声を上げる。



「え、これトゥルーの家なの!? この城が!?」


「そうだよぉ。豪華だよねぇ。僕なんか、祠が家のようなものだからねぇ」


 ラトゥールが言う。ルクアは、少し考え込むような表情をした。そして言った。


「あ、思い出した。あの飴細工の作品に出てくる城にそっくりなんだ」


 ルクアは言って、以前ティアシオンの店でもらった飴細工のような作品を取り出した。小さくする薬で大きさは小さくしてあるが、その作品を見てラトゥールが笑う。


「あー、この作品懐かしいねぇ。トゥルーが作った作品だよぉ」


『……ティアシオンに預けていた作品か。お前に渡していたんだな』


「うん、置いてたら虫唾が走るんだって」


 ルクアの声にトゥルーが通信機越しに弱々しく笑う声が聞こえる。ルクアは、水たまりの中に足を突っ込む。すると景色が一瞬で変わり、先ほど水たまりに映っていた城の目の前に立っていた。ラトゥールもすぐ後ろについてきていた。


 空は、相変わらず暗雲が立ち込めている。そのせいで城自体も暗く見えた。城にはいくつもの茨が巻き付いている。ルクアたちは、城を守る大きな門を越えたところに立っていた。城の入り口には中庭が広がっており、中央には大きな噴水のようなところがある。しかし元は美しかったであろう噴水の彫刻は崩れ落ち、水をせき止めるための壁は崩れてしまっている。噴水の中にはむろん水は入っておらず、底は黒ずんでいる。ルクアは、噴水に向かって言った。


「本当は綺麗にしてあげたいけれど、時間がないから……。綺麗な綺麗な水がわいて、美しかったころの噴水の姿に戻ってほしいな」


 すると少しずつ底の方から修復が始まり、綺麗な水がわき始める。ラトゥールが言った。


「元々この噴水は、命の泉があった場所だったんだよぉ。でも命の泉と魔力倉庫を巡って何度も争いが起きたから、争いを無くすためにとある物語修正師が城を建てて、そして命の泉と魔力倉庫を守るためにトゥルーともう一人の人物を生み出したんだぁ。まぁ、魔力倉庫も命の泉もなくなったと宣伝してから、誰も近づかなくなったみたいだけどねぇ」


『……気をつけろ。城の中は、とても危険だ。城の持ち主がいなくなっても、城を狙う者がいなくなっても、侵入者を追い返すトラップは恐らく健在だ。わたしたちを生み出した物語修正師が作り出した罠もあれば、わたしの兄が作りだしたトラップもある。……くれぐれも、用心しろ』


 トゥルーの真剣な声に、ルクアは頷く。ベンジャミンは、城を見上げて言った。


「大きな城っすね。あっしもこういう城に住んでみたいっす」


 すると、トゥルーの寂しげな声が返ってくる。


『……2人で住むには、広すぎる世界だったけどな」


 一行は城の内部に入ろうとした。城の玄関扉には、たくさんの茨が巻き付いている。トゥルーが言う。


『……白の女王の仕業だろうな。魔力倉庫と命の泉を破壊したとは伝えてあったが、信用されていなかったようだ』


「まぁ彼女が信頼しているのは、ジャバウォックくらいだろうからねぇ」


 ラトゥールが言って、茨を魔法で燃やそうとした。しかし、炎は茨につくのだが、すぐに消えてしまい、茨は扉にまきついたままだ。ルクアが言った。


「この茨が燃えて、中に入ることができたらいいのに」


 すると、今度はいとも簡単に茨が燃え、扉を開けることができた。一行はそっと中へ入る。玄関ホールはとても広く床は大理石でできている。ルクアは不思議そうに首をかしげた。


「ラトゥールさんの魔法ではだめだったのに、私の、物語修正師としての力なら開けられた……?」


『……そう、それこそが今の白の女王の秘密であり……、白の女王を倒す鍵となることだ』


「それってどういう……」


 ルクアがトゥルーに尋ねるよりも先に、何か大きな金属が動く音が聞こえた。そして玄関ホールから2階へとつながる階段に2人の人物が出現する。その2人の人物は、いつも銀髪の少女が出現するのと同じように、少し体が透けていた。


 2人の人物のうちの1人は、女性だった。容姿から察するに、ルクアの本来の年齢と同じくらいに見える。もう1人は、灰色と黒の髪色をした青年だった。その女性は、侵入者を認めると言った。


『この場所にはもう、魔力倉庫も命の泉も残っていません。それでも先に進みますか』


「あなたが残っていないと言っても、私の仲間は残っていると言っている。それに私の大切な人が今、大変な状況なの。なんとしても、命の泉の水を見つけて、魔力倉庫から魔力を回収しないといけない。だから私は進む。もし本当に貴女の言う通り、どちらも残っていなかったとしても、だよ」


 ルクアの言葉に一瞬、女性はひるんだように思えたがすぐに笑って言った。


『その心意気やよし。それじゃあ私たちのトラップを見事くぐり抜けて、自分たちの手で見つけ出してみなさい! あるかどうかは保証しないけれど』


 その言葉を言い終わると同時に、女性の後ろから甲冑が出現する。ベンジャミンが慌てて言った。


「逃げながら探すしかないっす! ホラー感満載のおにごっこの始まりっす!」


「うまくまとめなくていいから! 逃げるよ!」


 一行は城の内部へ進むべく、同じ方向に一斉に走り始めた。


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