ギャンブルの街の散策
次の日の朝、フィアは1番に目が覚めた。隣のベッドでは、アリスが布団を蹴り飛ばしてしまった状態で、大きないびきをかいて眠っている。さらに隣では、ルクアが気持ちよさそうにすやすやと寝息をたてて眠っていた。ルクアの傍らには、書き物机。そしてその上には、愛用のノートやら文房具が散らかっている。彼女は昨日、夜ランベイルとティアシオンと共に帰宅した後、机の横にある小さなライトの光を頼りに、真剣な表情でノートに向かっていた。まるで、テスト前日の学生さながらの形相を浮かべているルクアに声をかけることなく、アリスもフィアも眠りについたのだった。
きっと夜遅くまで作業をしていたのだろうと思い、フィアはそっとアリスだけを起こした。アリスは、ひどく乱れた長髪を軽くとかしながら欠伸をする。
「……ルクアさん、昨日遅くまで何かされていたようですわね」
「そうですね。街の探索とかをするんなら、私たちだけで行くべきかなと……」
そう言いながらフィアは書き物机の上に、書置きを残す。そして準備を整えると下へ降り、ラトゥール、ティアシオンと合流した。ランベイルは朝早くに出かけて不在らしい。それを聞いて、アリスはとても残念そうな顔をした。
「ラトゥールがあの本の魔術が解けるかどうかを探ってる間に、オレたちは、街に出て情報集めでもしてくるか。ランベイルがいないんなら、街の外に出るのは危険だからな」
ティアシオンが神妙な面持ちで言った。ラトゥールは、眠そうに眼をこすりながら言う。
「そうだねぇ、ぼくは今日はこの本とにらめっこする予定だからぁ、他の人たちは外に出てくるといいよぉ」
その言葉を聞いて、ティアシオン、アリス、ベンジャミンは出かけていく。フィアは一行について行こうとして、ラトゥールを振り返り言った。
「ラトゥールさん、ルクアさんは昨日夜遅くまで作業をしていたようなので、そのまま置いていきます。もし彼女が起きてきてわたしたちの行方を尋ねたら、街へ出たと伝えてもらえますか?」
フィアの言葉に、ラトゥールは頷いた。
「うん、伝えておくよぉ。あの子もきっと腰を据えて考えたいことがあると思うから、ちょうどいいかもしれないねぇ」
ラトゥールの意味深長な言葉に一瞬、フィアはきょとんとした表情を浮かべた。しかし、ラトゥールに会釈をすると、一行を追いかけてラトゥールの家を飛び出していった。
♢♦♢♦♢♦♢
昼間のギャンブルの街は、他の街に比べると静かだった。むろん、昼から酒をあおる人間も店先にちらほら見受けられたが、夜ほどのどんちゃん騒ぎにはなっていない。
「昼間は、ごく普通の街と同じような感じなんですね」
フィアが何気なくつぶやくと、横を歩くティアシオンが顔をしかめる。
「アイツらもずっと遊んでるわけじゃねぇ。遊ぶには、金が必要だ。そして金を得るためには働かなきゃならねぇ。昼間は大概、アイツらも働いてるんだ」
フィアはなるほど、と頷く。そんな彼らの前に、人だかりが見えてくる。後ろを歩いていたアリスが、興味津々な顔をする。
「あら、なんだか人が集まっていますわね。いったい何に集まっているのかしら。きっと、何かのバーゲンセールですわね」
「……こんな街のど真ん中で、セールとかするかなぁ」
フィアが少し首をかしげながら歩いて行くと、人だかりの正体がだんだん見えて来た。人だかりの前には、小さな舞台が用意されており、そこの中心に1人の人物が立っている。その人物の後ろには、大きな鏡張りの物体。フィアたちは、人だかりの中に紛れ込む。
「この鏡の迷宮を抜けることができた者は、英雄として未来永劫語り継がれるでしょう! さあさあ! どなたかこの迷宮に挑戦しようという人はいませんかっ!?」
主催者と思しき人物は、フードを被っており表情や服装はよく見えない。ギャラリーの人々も、その姿の怪しさを口にする。主催者らしき人物は、フィアを指さして言った。
「おお! 自信のなさそうなそこの可憐な少女よ! ぜひ挑戦してください。もちろんお友達もご一緒にどうぞ」
ギャラリーの視線が一斉にフィアに注がれる。フィアは、おそるおそる前へ進み出る。ティアシオンが呆れて言う。
「おいおい、こんなこと挑戦して一体何になる?」
すると、フィアはしっかりした口調で答えた。
「何も得られないかもしれない。だけど失うことは、多分何もないと思う。今わたしたちは、出来る限り自分たちを強くするために、何ができるかを考えなきゃ。……だから、これはその、第一歩だと考えようと思って」
フィアの言葉に、ティアシオンは仕方なさそうに言った。
「仕方ねぇな。じゃ、オレも付き合ってやるよ。何かあったら大変だからな」
「あたしも行きますわ。ベンジャミンさんも行きますわよ」
そろりそろりと一行から距離をとろうとしていたベンジャミンの腕を掴んでアリスが言った。腕を掴まれたベンジャミンは観念して言った。
「はいはい、仕方ないからついて行くっすよ」
「それではそれでは! どうぞこちらへ!」
主催者の人物の案内に促されるまま、フィアたちは鏡張りのドアをくぐる。一行全員がドアを通り抜けたと同時に、背後のドアが閉まり、鍵の閉まる音がした。
部屋の中は真っ暗であった。ガチャンと大きな音がしたかと思うと、大きな壁が出現した。すると壁の向こうから、アリスの声が聞こえて来た。
「フィアさん! 壁が出現しましたわっ。 どういうことなんでしょう」
「どうやらオレたちと、アリスとベンジャミンは壁で分断されちまったらしい。どこか出口を探さねぇと」
ティアシオンの声が聞こえてフィアは少し、安心する。とにかく1人でなかったことが嬉しかった。すると、どこからか声が聞こえて来た。
『やあどうも、物語修正師候補生の皆さん。今回はまんまと罠にかかってくれて、ありがとう』
「罠!?」
『そう、これは君たち物語修正師候補生とその協力者を捕まえるために用意した罠さ。……名乗るのが遅くなったね。ハートの女王の腹心の部下、アドルフという。まぁ、君たちに名前を覚える暇などないとは思うがね』
冷たい声が、フィアの不安をあおる。ティアシオンが怒鳴った。
「オレたちをどうするつもりだ!?」
『とりあえず、君たちが収納された鏡の箱を隠す。かなりの人員がいないと、城までの長距離を移動させることはできないからねぇ。そして頃合いを見て、箱ごと女王の城に運び入れる。これで大出世間違いなしだ。君たちには、感謝するよ』
ここで言葉を切り、アドルフと名乗る男の高笑いが室内に響いた。
『さて、女王の城に運び込まれて首をはねられるのが先か、箱の中の酸素がなくなって酸欠で死ぬのが先か、餓死するのが先か。……どちらにせよ、死は免れないと思うね。まぁ、最後の歓談をそこで楽しんでいたまえ』
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