ギャンブルの街へ

 一行は、街の中心地へと近づく。辺りは暗くなってきており、建物の明かりが、石畳の地面に反射していた。


「うわぁ、ファンタジーの本とかによく出てくる酒場がいっぱい」

「そりゃあ、ギャンブルの街だからな。あっちこっちでギャンブルと酒が入り乱れてるよ」


 嬉しそうなルクアとは裏腹に、そっけなくティアシオンが答える。ランベイルが言う。


「久々に後で一杯飲みに行きますかね。……ルクアさんは、社会人でしたか」

「私は成人済み。他の二人は未成年だよ」


 ルクアが答える。ティアシオンが笑って言う。


「それじゃあ、2人はオレンジジュースだな。オレンジジュースおいてるのかねぇ」

「ちょっと! 勝手にオレンジジュースにしないでほしいものですわっ! あたしは、温かいココアが飲みたいですわ」


 アリスはティアシオンに怒って言うものの、内心楽しそうだ。


 酒場ばかりの通りを過ぎていくと、建物1つない場所へ出た。先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かな空間が広がる。闇の中に、1つだけ光がちらついている。一行は、その光を目指して進んだ。


 光が見えている場所の少し手前からは、狛犬の像や、ネズミの像がたくさん置かれていた。一行は、変わらず揺らめく光を目指して進む。


 光の正体は、祠の前に置かれていた、カンテラだった。祠の前には、階段が石の階段が数段あって、その階段と祠の間にもたれかかるようにして1人の青年が倒れている。


「きゃあっ! 誰か倒れてますわっ」


 アリスが、小さく悲鳴を上げて、口を覆う。フィアが慌てて言う。


「すぐにお医者さんを呼ばないと……っ」


 しかし、ティアシオンとランベイルは冷静だ。


「心配するな、ただ眠っているだけだ」

「ラトゥール、ラトゥール。こんなところで眠っていては、風邪をひいてしまいますよ」


 ランベイルがそっと、青年に呼びかける。すると、栗色の髪をしたその青年は薄目を開く。ルクアが顔をしかめる。


「うーん、どこかで見たことあるような顔だなぁ……」


 ラトゥールと呼ばれた、栗色の髪色の青年はランベイルを見、そしてその後ろにいるティアシオンを見、そしてフィアたちに視線を移した。少しの沈黙の後、ラトゥールが声を発した。


「あ、ティアシオンにランベイル。久しぶりだねぇ、元気にしてたぁ? ぼくはとっても元気にしてたよぉ。ふわわわ」


 大きな欠伸を1つしてそのまま、また横たわろうとするラトゥールの体を、ランベイルが無理矢理起こす。


「わわっ、何かぼくに用なのぉ? とってもとっても、眠たいんだけどなぁ」

「そういうと思って、あなたのために用意しておきました」


 ランベイルは言って、ラトゥールに茶色の液体が入った容器を渡す。すると、彼はとても嬉しそうに、容器の中身をぐびぐび飲み干した。


「ぷはぁ。……うん、これで数分は起きていられるかなぁ?」

「数分しかもたねぇのか。相変わらずだなお前は」


 ティアシオンが呆れたように言う。それを聞いて、ラトゥールはへらっと笑う。


「なんてったってぼくは、眠りネズミだからねぇ。1日の9割は寝て過ごさないといけないと思うんだぁ。……それより、後ろにいる人たちは誰だい? 紹介してほしいなぁ」


「物語修正師候補生だ。左から、フィア、アリス、ルクアだ。フィア、アリス、ルクア。こっちはオレの友達のラトゥールだ」


 ティアシオンが簡単に3人を紹介した。それを聞いて、ルクアがはっとする。


「あ、それじゃあ、この人がティアシオンの部屋にあった写真に写ってた最後の1人かぁ」


納得したように頷くルクアを尻目に、ラトゥールは、再び大きな欠伸をしながら言った。


「そうそう、物語修正師候補生といえば。この前、ぼくと契約しようとした人がいたんだ。だけどねぇ、契約しようとしたら火花が散って、契約ができなかったんだ。何か原因があるのかなぁ」


 ティアシオンとランベイルは顔を見合わせた。ランベイルは、ルクアをずいっとラトゥールの方へ突き出すと、言った。


「実は、このルクアさんもどなたかと既に契約を交わされているようなのですが、肝心の契約相手が分からないのです。もしかしたら」


 ランベイルはルクアの手を取り、ラトゥールの手に重ねる。何も起きなかった。


「火花が散らない。……ということは、ルクアさんの契約相手は……」

「ラトゥールだったってことか? けど、納得いかねぇな。ラトゥールとルクアは、今日が初対面なんだろ? どうやって契約したんだ?」

「契約自体は、遠隔でもできると聞いたことがあるようにも思います。大方、ラトゥールが無意識のうちに、夢の中でルクアさんと契約してしまったのではないでしょうか」


 それを聞いて、ラトゥールが少しむっとする。


「もう。すぐにぼくのせいにするんだからぁ。まぁでも、その可能性が高いのかなぁ。ごめんねぇ、ルクアさん。ルクアさんにも選ぶ権利があるのにねぇ」


 最後はルクアに向けて言葉を紡ぐ。ルクアは、首を横に振って笑う。


「ううん。もし契約してくれていなかったら私、山賊と契約することになってたから。感謝してる、ありがとう。あなたさえよければ、契約はそのままにしておきたいんだけど、構わないかな」


 ルクアの言葉に、ラトゥールもまた栗色の髪を頭を振ってどけながら答えた。


「もちろん。これからよろしくねぇ」


 そしてまた、眠ろうとする。ランベイルがルクアに茶色の液体の入った容器を渡す。


「コーヒーです。これを飲むと、少しの間だけラトゥールが睡眠行動を起こしません。用法容量を守って、ここぞという時に飲ませてください」


「それじゃ、とりあえずこのまま置いといたらいい?」

「だめです。とりあえず、家まで帰って皆さんの寝床を確保しないと」


 ランベイルの声に、ルクアは仕方なさそうにラトゥールを起こしにかかった。


♢♦♢♦♢♦♢


「うーん、この本の魔術をぼくが解くのぉ? すごく解いちゃまずそうな雰囲気なんだけどぉ……」


 ところ変わって、ラトゥールの家。ラトゥールは、以前図書館から脱走してからルクアが保管していた本をまじまじと眺めてため息をついた。


「すごーくすごーく、やっかいな魔術だよぉ。解いても大丈夫な魔術かどうか、そしてぼくに解ける魔術なのかどうか、調べるのに時間がほしいなぁ」


 ラトゥールの声に、ランベイルが腕組みして言う。


「具体的には、どのくらい必要なんですか」

「うーん、一か月」

「却下です」

「じゃあ1週間」

「無理」

「分かったよぉ。1日で済ませればいいんでしょ。人使い荒いんだからぁ」


 何も1日で済ませろとは言ってませんけどね、とランベイルが笑って言う。


「それでは、僕たちは夜の街に繰り出すとしましょう。ラトゥール、明日の夜までにお願いしますよ」

「分かったぁ、早めに帰ってくるんだよぉ? いっぱいお金とられちゃうからねぇ」


 ラトゥールの声を聞きながら、一行は夜の街へと繰り出した。といっても、アリスとフィアは、旅の疲れからか、風呂に入ってすぐに寝てしまったので誘われなかったのだが。


♢♦♢♦♢♦♢


 ティアシオン、ランベイル、ルクアは酒場の1つに入った。ティアシオンは、最初の一杯で早々に酔いつぶれ、机に突っ伏して眠っている。ランベイルとルクアは、彼のことなどお構いなしに、次々と酒の入ったボトルを開けていく。


「……こんなところで堂々と酒盛りとは、いい度胸だなランベイル」


 冷静な声が聞こえてきて、ランベイルとルクアは顔を上げた。そこには、トゥルーが冷たい視線でランベイルたちを見下ろしていた。


「ぎゃあっ! 襲われる!」


 ルクアが慌てて逃げようとするが、トゥルーが不機嫌な声で言う。


「街での戦闘行為は禁止されているし、わたし自身、業務時間外の仕事は避けている。……処理が面倒だからな」


 すると、ルクアは安堵した表情で椅子に座り直す。トゥルーは続けた。


「……大方、ラトゥールのところへ身を寄せたんだろう? ……検討はつく」

「まぁ、あなたなら想像がつくでしょうね。どちらにせよ、僕たちが街を出るまでは手出しできないんですから、放っておいてほしいものですね」

「……それは難しい相談だな」


 トゥルーは冷たく言い放つ。


「十分狙える位置にいる獲物をみすみす逃がすような強者がいるとするなら、それは強者の驕りだ。そのうち別の強者が獲物を奪うか、その強者に倒されるか。……または弱者に倒されるか、いずれかの結末を迎えるだろうよ」


「では僕たち弱者が、驕れる強者であるあなたたちを倒す。そういった結末を描くとしましょう」


 あくまで冷静に、ランベイルも返答する。その返答を聞き、トゥルーが少し笑う。


「……そうなるよう祈っているよ」


 それからルクアに向き直る。ルクアは身構え、トゥルーを睨みつける。その表情を見て、トゥルーは鼻で笑うと言った。


「……今のお前たちでは、わたしたちを倒すことは不可能だ。悔しかったら、もっと強くなることだな。……あの本を開けられる条件を満たせるように」


「え……?」


 ルクアが驚いた表情をし、その言葉の意味を尋ねようとしたときには、トゥルーは踵を返して酒場の喧騒に紛れ込んでしまっていた。遠くの方で、桜色の髪色がちらつき、離れて行った。


「……ばれてたんだ、あの本を持って逃げてたこと」


 ルクアの声は、酒場の賑わいにかき消されて消えた。

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