ハートの女王と白の女王の犬
出店がたくさん出ている広場を通り抜けて、住宅街のようなところに出た。住宅街の中心に、公園のような小さな敷地があった。そこまで辿り着くとアリスは、ルクアの荷物をどさっと地面におろし、自分は遊具の一つにもたれかかる。
「疲れて、もう一歩も歩けませんわ」
「子どもみたいなこと言わない。高校生なんでしょ、まったく」
ルクアは言って、自分もまたバッグを地面におろしてその上に座る。フィアはハンカチを取り出すと、それを床にしいて座ろうとする。しかしハンカチを床に広げるより前に、三人に向けて声がかかる。
「それなら、わらわが楽にしてやろう」
びくっとして三人が振り返ると、そこにはフィアや、アリスくらいの年齢の少女が立っていた。赤いレースのドレスを着ており、後ろには赤い、軍服のようなデザインをした服の男たちが控えている。
「この前の山賊……とは違う赤さだね」
ルクアが呑気に言う。フィアは、あわあわしながら言った。
「楽にしてやろうって……、どういう、ことでしょうか……」
「言葉のとおりじゃ。わらわが、そなたらを楽にしてやると言うておるのじゃ」
少女のいでたちに似合わぬ言葉づかいで、少女は、にやりと笑う。
「そなたら、物語修正師であろう? 先ほど森から物語修正師が出現したと情報は入っておる。さっさと山賊にでもやられておればよかったものを……」
そう言って少女は、声高らかに宣言する。
「ハートの女王の名において、そなたらの首をはねよう! 光栄に思うがよい!」
「ちょっと待ってください! わたしたちが、いったい何をしたって言うんですかっ」
「そうですわ! あたしたちに無断でそんなこと決定させませんわ!」
アリスとフィアが悲鳴に近い金切り声を上げる。ルクアはいたって冷静に言う。
「こういう人に、交渉したって無駄だよ。さっさと逃げるに限る」
「でも、でも。……どうやって逃げるんですか!? こんなにたくさん人がいたら、逃げようが……」
「何をこそこそ話しておる! さっさとその小さな首を差し出せ」
「しかし。このような街中での所業はいかがなものかと」
少女の傍らに立つ黒髪の長身の青年が、少し遠慮がちに声をかける。左目を覆う眼帯が目を引く。
「……ランベイル。わらわへの進言は控えよ」
少女の顔が一瞬にして、不機嫌な表情に変わる。その様子を見てランベイルと呼ばれた眼帯の青年は、まだ何か言いたそうにしていたが、少女の後ろへ下がる。
「何やら気の進まぬ兵もおるようじゃが。わらわの意思は変わらぬ。命令じゃ。即刻、彼女らの首をはねよ!」
少女の声に、赤い服の男たちが少女の脇を通り過ぎ、ルクアたちに迫ってくる。三人は、互いに顔を見合わせながら、ゆっくり後退する。その時だった。
「敵の攻撃を確認!」
誰かの声とほぼ同時に、その声で振り返った赤い服の少女の方へ光る玉のようなものが飛んでいった。驚いた顔をして立ち尽くす少女。しかし少女に命中する前に、先ほどの眼帯の青年が飛び出し、剣撃で打ち返す。光の玉は、軌道を変え住宅に命中し土煙を上げた。
「建物の上に敵を確認!」
少女の部下の指さす方向に、三人も思わず視線をやる。赤の軍勢の後ろの建物の屋根の上に一人の人物が立っている。薄紅の髪色は、儚く散る桜を連想させた。その人物は、左のかなり長めの左右非対称な横髪を手でどける。中性的で容姿端麗なその姿に、ルクアがこんな状況にも関わらず、感嘆の溜め息をついた。赤の少女の部下たちがざわつく。
「トゥルー……、白の女王の側近。謎が多い男と聞く」
「こんなところへ単独でお出ましとは……。白の女王陣営は相当人手不足と見える」
「いや、あいつは一人でオレたち下っ端の数十人、下手したら百人分の仕事をするって噂だ。あいつが出てきたってことは、相当やばいんじゃ……?」
「ただの噂だろ、そんなの信じるやつがばかだ」
口々に話す部下たちを押しのけて、赤の少女は言う。
「静まれ。首をはねるぞ。わらわは、あやつに話がある」
赤の服の少女が、建物の上の人物へ声を張り上げる。
「そなたが噂に聞く白の女王の犬、トゥルーか」
「……それを聞いてどうする」
「少し、話でもどうかと思うてな」
少女の言葉にトゥルーと呼ばれた人物は、鼻を鳴らしながら臨戦態勢をとる。
「……悪いが、わたしは話すことなど何もない。職務を執行するまで」
「難い男じゃのう。……そんな性格では、おなごにも好かれんだろうな」
そう毒づいて、少女はにやりと笑う。
「ハートの女王の名において命令する! 白の女王の犬を始末し、その首をはねよ!」
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