異世界幻想、一般常識で斬る!
夜野 舞斗
VSスマートフォン戦士~便利と言えど油断は禁物~
腰に当てた刀に精神を集中させる。力を溜めて、いざと言う時本領が発揮できるよう。
「ふふふ、いい度胸ね。このアタシにわざわざ挑戦状を送り付けて……しかも、アタシの得意なこの場所で闘って勝とうとするだなんて」
草木が風で揺れ、黄緑色の葉をまき散らしている。何の障害物もない、この草原で勝敗を決めるのは自分達の実力だ。負けたとしても、誰のせいにもできない。
俺を
一旦、彼女の魔法が届かない位置にまで間合いを取る。五十歩位下がり、腰を屈めれば、彼女の攻撃は来ないだろう。
彼女の通常攻撃ならば、の話だが。
スマートフォン戦士の場合、かってが違う。
「そんなに腰を引いちゃって、負け犬かしら? 絶対に逃がさないわよ?」
彼女がスマートフォンに触れる手から青い閃光が
その場に落ちてくるは数々の氷弾。地面に穴を開ける程の勢いは当たったら、大怪我では済まないだろう。幸いなのは、俺が身軽なことと魔法のスピードが遅かったこと。おかげで足が
スマートフォンのマップアプリで位置を選択し、魔法を遠隔操作している彼女。余裕なのか、鼻歌まで口ずさんでいる。
そして、この異世界に来るときに貰ったであろう素晴らしきスマートフォンを華麗に使いこなしていた。
彼女の恐ろしき攻撃方法はこれだけではない。SNSを使った俺に対する調査もしていた。
「ふん。アンタって意外と有名なのね。異世界転生戦士兼神殺しハンターなんだって? ぷぷぷ、ソウジロウ君? ちょっと中二病が過ぎるわよ。悪いけど、そんな奴、スマートフォン戦士の敵じゃないし。確か氷が苦手なんだっけ? ヤバいんじゃない? アタシ、氷魔法得意だよ? まあ、降伏したら許してあげてもいいけど」
「じゃっ、降参させてくれ」
「えっ? 嘘? 何で?」
彼女が突然の降伏宣言に怯んだ。その隙に俺は腰の
体を捻り回して、綺麗に避ける。フットワークの良さは俺も見とれそうになってしまった。ただ、スマートフォンに攻撃が当たりさせしなければ。
「おいおい、大事な機械に傷がついたけど、大丈夫か?」
「はあ? このスマートフォンの強さを舐めないでくれる? 傷がついたのはカバーだけだから後でどうにでもなるし、ってか、よくも嘘をついたわね!」
彼女は地面に手を当て、辺り一面の草木を凍らせた。草を歩く度にボロくなっている靴が更にみすぼらしくなっていく。買い替える必要があるな、と思いながら彼女から距離を取った。
そこですかさず刀で彼女を突こうとするも、彼女は大きな氷弾を身代わりにした。その氷弾はバラバラに砕けながらも、こちらへ向かってくる。
「うっ!? あぶねっ!」
刀を振り、その氷弾を切り刻む。刀本来の力を発揮できていないことに不満を持ちつつも、自分へ攻撃がこないよう刀でガードする。攻撃は最大の防御。だが、間違っても、相手の守りがこちらへの痛手になってはならない。
慎重に進むべきか、それとも隙を狙って大胆に動くか。
何せ、相手はスマートフォンで魔法を扱う異世界戦士。柔な手は通用しない。これさえ、なければの話だが。
「そろそろ攻撃方法も尽きてきた頃かな?」
「何よ? 関係ないでしょ? アンタはもうくたばる寸前なんだから」
彼女への挑発が成功した。彼女は威張って、俺の方向へ近づいてくる。彼女は近くで放つ氷の威力が俺を圧倒するのだと思っているのだろう。その通りだ。
俺は刀に魂を移すかのように力を込める。いや、命を込めた。刀の刃が紅く燃え始める。そんな俺の落ち着いた対応に彼女は茫然としていたのであった。
「な、何よそれ……まだアンタ何か技を残してたの?」
「いや、残してんのはアンタの方だよ。俺よりもずっと、ずっと、奇想天外な行動パターンを残しやがってよ、面倒なお嬢さんだぜ」
「はっ? どういう意味?」
「あっ、いや、その……まあ、言葉通りの意味です」
失敬、と頭を下げる。つい、昔の中二病が口からポロリと出てしまった。魔法の力が籠った刀だけではなく、俺の顔までが紅く染まっていることを感じる。
俺はその刀を彼女に向かって、振った。刀が
今の刀の刃が斬るのは、人の身ではない。……異世界幻想だ。
俺は異世界幻想といわれる空白の夢を斬っただけだ。
彼女は斬られた自分に痛みを感じないことに驚いたのか、後ずさりをして、そのしなやかな体を触っていた。不安そうな顔で何処かが斬れていないかを必死に探る彼女は前かがみになり、身構えながら、俺に罵声を浴びせる。
「変態! い、今アンタ何したのよ! まさか、今の刀、後から体がバラバラになるなんてことはないでしょうね……!」
「こ、怖いこと言うなよ。……いや、俺はお前の異世界をきっぱり斬っただけだ。俺の一般常識でね」
「はっ? はっ? 意味分かんないんですけどっ!?」
「まあ、スマホを見りゃ、分かるんじゃないか?」
彼女はオドオドした様子で自分のスマートフォンを確かめている。焦らせるため、その横で説明を呟いておいた。
「さっきから、沢山、アプリを使ってたみたいだし……? 今までは魔力があったからいいけどさ」
「え……」
そう、俺は幻想を斬ったであり、それを一般常識に戻しただけのこと。つまり、魔力で永遠に使えると思っていたバッテリーを攻撃し、彼女のスマートフォンを使い物にならなくしたのだ。
「な、何でなの?」
「ちなみに何パーセントだ?」
「あ、後5パーセントよ! な、何してくれてんの……よ」
スマートフォンで残り5パーセントと言うと、何ができるだろうか。マップを使ったらきっと、電源が落ちるだろうし。
「やっぱ、予備のバッテリーはないんだな」
「ないわよ!」
「じゃ……安心して斬らせてもらおう!」
彼女が困っている隙にスマートフォンをひったくり、それを宙に上げて刀の
「えっ、ちょ……えっ……あっ……え?」
彼女がバラバラになっているスマートフォンを見て、石になっている間に俺は退散することにしよう。
そう、異世界転生戦士兼神殺しハンターの名にかけて!
ふと、スマートフォンを斬っている間に背中ががら空きだったことを思い出した。あそこに氷魔法をぶちこまれたら……想像するだけで背筋が凍っていった。
こんなところにまで効果が及ぶとは、
ともかく、任務は完了。戦士がとある神から与えられたスマートフォンを破壊できた。
異世界の秩序を乱す転生者に罰を与えるのが、俺達の役目だ。もう一人の仲間は俺が逃げ帰った先にいる洞窟の中で俺を待っていた。
彼女は、にこやかで大人っぽい笑みを見せると、頭の上から突き出た二本の猫耳を揺らす。
「あっ、ソージロー君、おかえりー! ワタシの必殺、ネットのかく乱作戦成功した?」
SNSとその繋がりを使って俺の噂を流すように指示したのは、俺自身だ。だが、あそこまで中二病臭くしなくても良かったのではないか、と
しかし、あの女が勝手に自分の弱点を氷だと勘違いしたのは今思い返すと笑えてくる。彼女の作戦がこうにも役に立つとは。
「ありがとうございます。しっかし……あのスマートフォン使ってみかったなぁ……」
「使う? いいよ、あの女神様にアップデートされて何時でも使えるようになってるからバッテリーとかの心配をいらないし」
彼女は俺に持っていた可愛いピンクのスマートフォンを渡そうとしてきたが、丁重に断った。異世界で永遠に使えるスマートフォンなんて、大嫌いだ。ただ、使ってみたいという気持ちだけは強かった。
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