第24話 なんでなんで嬢ちゃん

誰が最初に言い出したのかは忘れたが、

『雨月は、いつも《それなあに?》ばっかり言うなぁ』と

そんな事を言われていたのがキッカケだったと思う。

もう『お嬢ちゃん』なんて歳ではないが

その名残か、いまだに私を『お嬢ちゃん』と呼ぶ人もいる。


高橋君も年上の物知りさんだったが、

この頃、私が親しくしていた年上の物知りさんは、あと2人いた。

1人は、沢田さん。

もう1人は、ヤマさん。

仕事が休みの日曜日は、ほぼどちらか、もしくは両方と会っていた。

正直者の私は、この2人には家に高橋君が転がり込んでいることを伝えていた。

どちらも店に密告することなく、変わらずに接してくれていた。


沢田さんは、物事の良い所を沢山教えてくれた。

良識と言うものだと思う。

まともな生活を送ってこなかった私には、とても勉強になった。

生粋の江戸っ子だが、裕福で幸せな家庭で育ったような

暖かな優しさがあり、そんな所が私の父を連想させた。


一方、ヤマさんは物事の裏側を教えてくれた。

普通は知らなくてもいい事が多かったように思う。

高橋君も、どちらかといえば、ヤマさん寄りの知識人だったので

今となっては、どちらに教わった事だか曖昧な事が多い。


ヤマさんの話で印象に残ってるのは『将棋』の話だ。

私は将棋は指せないので、全てを理解できていたかは謎だ。

ヤマさんは、他人を将棋の『駒』に例えて話す事が多かった。

ヤマさんの『持ち駒』は、私が知る限り2枚いた。

久美ちゃんと、あけみちゃんだ。

どちらも結局は金蔓の一端なのだが・・・。

ヤマさんは『まず絵図を書け』と言った。

『その絵図の元に駒を動かせ』と。

ヤマさんの絵図では

久美ちゃんに『もう一稼ぎしてもらう』

あけみちゃんには『踊ってもらう』だった。

『まぁ、ノンビリ見てな』と。


私は、高円寺の店は時間の問題だな、と考え始めていた。

色んな意味で危ういと思ったからだ。

あとは、どう辞めるか、だ、と。

水商売は、まともに『退店』する人は少ない。

だいたいが給料日の翌日に『飛ぶ』のだ。

高橋君も『飛んだ』のだ。

早い話、バックレという奴で、これが多い。

給料が安ければ『飛ぶ』のもいいが、

給料日の翌日に飛んでも、締め日からの分は貰えないので

私は『辞めたい』と本社に言いに行った。

本社では、色々と引き留められたが、そこは譲らなかった。

結局、『たまにはヘルプで顔を出す』事。

退店の日は、1番売上を上げることを条件に許可された。


退店の日は土曜日にした。

日曜は休みだし、キリがいいなと思ったからだ。

医大生のお客様と同伴した。

6時間の営業時間で30組近くのお客様が来てくれて

確認はしていないが、その日は1番の売上を出す条件はクリアしたと思う。


そうして私は、高円寺での安定した平和な生活を

自ら手放したのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る