第3話
――今世は最高だ。
何度も何度もリセマラして……ついに辿り着いた、俺のチートでハーレムの状態に!
「お義兄ちゃん! もう早くしてよ!」
「ああ、わかった分かった」
「おはよう、クーちゃん」
「おはよう」
「ちょっと! お義兄ちゃんにそんなに近寄らないでよ!」
「ん? でもそっちこそい・も・う・と、ならそんなに近づくのはおかしくない?」
「何よ! やる気!?」
「あーら、若いって元気ねぇ。さ、小学校へいってらっしゃい」
「あたしはもう中学生だ!」
「おいおい、二人とも。あんまり朝から騒がねえでくれよ。眠たいんだから」
そうやって二人を諫める。めちゃくちゃ可愛い義妹に、可愛くて尚且つエロい幼馴染。最高の女を手に入れたな、俺は。
俺は周囲に誰もいないことを確認してから、二人を後ろから抱きしめる。
「ひゃん!」
「っ、もう、クーちゃん」
「あんまり騒がしいと今夜、遊んでやらねえぞ?」
「……分かったよお義兄ちゃん」
「うー……ごめんね、クーちゃん」
二人とも顔を真っ赤にしながらも、俺の言う事を聞く。ああ、本当に幸せだ。
今世はいい。俺は運動神経抜群で、努力しなくても勉強が出来る。顔立ちは残念ながらイケメンじゃないが、親しみやすい容姿をしていると思う。
学校じゃあ実はモテモテだ。だが流石にそっちに手は出していない。正直、めんどくさいことになりそうだからな。
今も二人は俺のことを取り合いながら歩いている。どうせ家には親がいないから、家に帰っちまえばこいつらには手を出し放題だ。
(ああ、神は……やっと俺を選んでくれたようだな)
これなら楽しい人生が送れる。間違いないな。
そんな確信が心の底から湧いてくる。
やっと……優しくて可愛くてエロい幼馴染と、優しくて可愛くてエロい義妹が出来た。そのために何回死んだかな。
「さて、行くか」
今日の課題も昨夜にとっくに終わっている。学校で他のやつらに見せてやれば喜ばれるだろう。
諦めなければ夢は叶う――やはり、神に愛された俺は違うな。
その後の人生も順風満帆だった。大学は日本で最も優秀なところに入り、そこで出会った友人と共に起業。
幼馴染と結婚して、義妹と三人で住む。
大企業の社長として働く傍ら三人で幸せな家庭を築く。
金も、女も、何不自由ない人生。神に選ばれているというのはここまでなんだろうか。
まさに最高の人生。勝ち組。どうせ失敗してもやり直せる。この人生で知識はたくさん蓄えたからな。何度やり直そうとこうして成功することが出来る。
俺は全てを手に入れた――。
『ふふふ……そろそろ、ですかねぇ』
――そんな、ある日だった。
「社長!」
「なんだ?」
若い秘書が部屋の中に飛び込んできた。最初は容姿で選んだだけだったが、意外に能力が高かったので重宝している。
焦った様子だが何があったんだろうか。
「敵対会社に我が社の株の30%を抑えられています!」
「なん……だと!?」
とんでもないことになった。このままでは会社を乗っ取れる。
早速大学時代からの友人に連絡をとろうとして――ハタと気づく。彼とはしばらく連絡が取れていないことに。
……まさか。いや、そんなはずは。しかし。
理性は違うと言っている。なのに 俺の勘が警鐘を鳴らしている。まずいと、速く動けと。これは、ヤバいことになっている、と!
「社長!」
部下が俺の返事すら待たず、部屋の中に入ってくる。
「子会社の一つが倒産して責任者が雲隠れしました!」
さらに不幸が続く。
「社長! 持ち株の一つが大暴落しています!」
――クソッ、だからあの会社はやめておけと言ったのに!
事態を収拾すべく俺が社長室から出ようとしたところで、さらに電話がかかってくる。
『社長! 我が社の商品に欠陥が発覚! しかも死者が出ました!』
「どうなってやがるんだクソが!」
そのことに驚いている暇はない。早く何とかしなければ。
何とかしないと、今何とかしないと終わってしまう!
「社長! 中国の我が社の工場が破壊されました!」
別の部下がそう言って入ってくる。ちょっと待て、ちょっと待て、待ってくれ!
なんで俺の――俺が築き上げてきたものが全て失われていくんだ!?
「くそっ――お前ら! どうにか回避するぞ! 役員を集めて――」
「社長! 専務の裏切りです! 持ち株の51%を抑えられました!」
――嫌な予感が的中した。
あいつが裏切ったからこんなにも早く動けたんだ。これで挽回は事実上殆ど不可能になった。ここからやり返すには資本がいる。
しかも持ち株の51%ってことは――
「俺の会社が……奪われた……?」
何でだよ、何でだよ……。
俺のだぞ、俺の作り上げてきたもの……。
返せよッ、返してくれよ……っ!
あまりの無力感と焦燥と、さらに絶望と失望と――様々な感情が入り混じって浮かしかけていた腰を再び椅子に降ろす。
「社長!」
そのタイミングでさらに追加で不幸が舞い込んできた。もはや何か反応することも億劫だが――流石に何も聞き返さないわけにもいかず、返事をする。
「……なんだ?」
「奥様が――事故にあわれました!」
俺はすぐさま車に飛び乗った。
「なんでだ……? 俺は、神に選ばれたんじゃないのか……? おい、どうなってやがるんだよ、こんなの絶対おかしいだろぉ……?」
あの日から一ヵ月。病室で、俺はいまだに目が覚めない妻の世話をしながら呟く。
義妹が稀に見に来てくれるが、基本的にあいつは実家の手伝いをしながらパートをしてくれている。破産してしまったうえに莫大な借金を押し付けられ――無一文どころか住む家すら失った俺は、親の家に居候している。
また、あれほど冴えていた頭も全く働かない。リセマラを始めた時みたいなほど鈍くなっている。
「なんでだよ……俺は、選ばれてたんじゃねえのかよ……ざけんじゃねえ、ざけんじゃねえよクソ神……」
ふと、自分の年齢を見返してみる。38歳。子供はいない。子供がいないことが救いだったのか逆に不幸だったのか。
俺が今世で得たものは全て失ってしまった。養えなくなったから義妹ももしかしたら俺の傍から離れていくかもしれない。
しかもこの上、嫁すら死んでしまったら――
「俺が……何をしたって言うんだ。俺が、俺が何を! なんで全部奪われなきゃなんねえんだよ!」
病室だというのに思わず叫んでしまう。
俺が手に入れたモノなのに、なんで誰かから奪われなきゃならないんだ。俺が、俺が!
立ち上がろうとすると眩暈がする、寝ていると吐き気がする、何か考えようと思ったらグチャグチャの真っ黒な『ナニカ』が頭の中を駆け巡る。
感情をぶつけようとするが、それすら出来ない程に自分の気力が削がれている。結局、訳の分からないものを責めるしかできない。誰かを責めるという行動をすることが出来ない。
俺の何が何が悪かったってんだ……。
「……ああ、そういえば体を拭いてやらねえと」
本当は看護師がやることなんだろうが、今の俺はこの程度しか出来ることが無いので、やらせてもらっている。
何かしていないと、自分というものを見失ってしまいそうだから。
「……待てよ」
ふと、思い出す。自分が38年前何を思って生まれてきたかを。
「リセマラ……」
そうだ、そうだそうだそうだ!
俺は神に選ばれてるんだ! だからいつだってリセットしてやり直せる!
今だってほら、今だってこうして病院の窓の枠に足をかけて!
そして前に一歩踏み出せば――全部リセットだ! 全部無かったことにして一からやり直せる! 今度こそ、今度こそ――
「……今度こそ、俺は何をするんだ?」
そこで思考が止まる。そして思考を止めてしまったからか足が止まった。
数瞬の逡巡。その時だった。
「ちょ――お義兄ちゃん!? 何してんの!」
義妹が病室に入ってきて、俺の腰にタックルしてきた。
「おわっ!」
そのせいで前につんのめり、危うく落ちそうになってしまう。
「な、なにするんだ!」
「何するんだじゃないよお義兄ちゃん! 今、何しようとしてたの!」
「え?」
真剣な――瞳に涙を浮かべながら、ここが病室であるということすら忘れて叫ぶ妹。
何を……って。
「リセマラ」
「はぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? お義兄ちゃん、バカだバカだと思ってたけどそんなにバカだったの!? 人生がリセットとかできるわけないじゃん!」
リセットとかできるわけないじゃん。
そう言われたが、俺は淡々といつものように返答する。
「俺は神に選ばれてるから、出来るんだよ」
「出来ないよっ!」
義妹の叫び声。なんだなんだと他の病人が後ろの方に見える気がするが、そんなことも気に留めず義妹は叫ぶ。
「リセマラって、何しようとしてたの!」
「だから、ここから飛び降りて人生をやり直そうと――」
「だから! それは自殺でしょ!? あたしとお義姉ちゃんを置いて死ぬつもりなの!? お義兄ちゃん、言っておくけど人間って死んだら終わりなんだよ!? そこで全てが終わるんだよ!? なんで飛び降りるの、なんで逃げようとするの! 見損なったよお義兄ちゃん!!」
パンッ! と乾いた音が病室に響き渡る。ヒリヒリと痛む頬を抑えながら、俺は義妹を説得しようと言葉を紡ぐ。
「……その、だな。俺はこれで実は五回目くらいなんだ、人生が。毎回高校生くらいでリセットしてたんだが……今回はなかなかうまくいったもんでな。だからこの年まで来たけど、今まで何度もやってることだから――」
「仮に!」
バン! と俺の横の壁を叩いて義妹は眼を伏せる。
「仮に! ……お義兄ちゃんが何度もやり直してるとするよ。でも、なんで今回もまたやり直せるって思うの!? 今回で終わりかもしれないじゃん! 二度とやり直せないかもしれないじゃん! なんで、なんでそうやって都合がいいことしか考えないの! 人の話を聞かないの!」
「だから、俺は神に選ばれ――」
「んなわけないだろうがクズ!!!!」
叫び声――いや、もはや悲鳴と言ってもいいほどの絶叫。そのまま手を振り上げて――やめた。
また叩かれると思って体を縮こまらせていた俺は、恐る恐る義妹の顔を覗き込む。
そこには――絶望が広がっていた。
「ねぇ。分からないの? あたしが言ってることが分からないの?」
そう言われても、俺は既に何度もリセットを成功させている。
……あれ? なんで俺ってリセットしたかったんだっけ。
「ねえ、お義兄ちゃん……あたしは、死なないでって言ってるだけなんだよ……?」
滝のように涙を流しながら俺の胸を叩く義妹。その威力はさっきとは比べ物にならないほど低く、さっきとは比べ物にならない程――重い。
何度も、何度も俺の胸を叩く義妹。一発一発威力が弱まっていき、一発一発重みが増していく。
(ああ――)
そうか、そうか。
俺は欲しかったんだ。
自分を受け入れてくれる人が欲しかったんだ。
だから、だから――何度もリセットしていたんだ。
「お義兄……ちゃん……」
「…………」
その時だった。
「ん……」
嫁が――幼馴染の方から声が聞こえてきた!
「「!」」
二人で駆け寄ると、なんと嫁が眼を開けていた。
「クー……ちゃん……?」
「おい、大丈夫か!」
「……うん、クーちゃんこそ大丈夫? なんか会社が倒産しかけてるんだよね。それ聞いて私、飛び出してきちゃった」
ニコリとほほ笑む嫁。その姿を見て俺の瞳からボロボロと涙がこぼれてくる。
「生きて……たのか……良かった、奪われなくて良かった……。お前は……奪われなくて良かった」
「? どうしたの? クーちゃん。そんなに泣かないで。大丈夫、私はどこにもいかないよ」
そう言って俺の頭を撫でてくる嫁。それに感極まって俺はけが人である嫁を思いっきり抱きしめてしまう。
「良かった、良かった、良かった……」
「えっと……?」
未だに状況が読み込めていない嫁を抱き締めていると、義妹が俺の肩に手を置いた。
「ねぇ……そんなに、そんなに泣いて喜ぶほど大切なお義姉ちゃんがいるのに、お義兄ちゃんはリセットしようとするの……?」
縋るような声の義妹。
(ああ、本当に……)
本当に、俺はなんてばかなことをしようとしたんだろうか。
こんなにも自分を大切に思ってくれている人たちがここにいるというのに。
俺は二人を同時に抱きしめる。
「ちょ、お義兄ちゃん?」
「クーちゃん?」
「すまん……二人とも……」
――守ろう。
この命に代えても、こいつらだけは守り抜く。
今までの俺は、ずっと人の話を聞くこともせず、自分の意見だけを押し付けて都合の悪いことからは眼をそらす人間のクズだった。
なのに、なのにこの二人だけは俺のことを信じてくれる。
その想いに、俺は応えなくちゃならない。
「38歳か……」
少し歳は食ったが、やり直すのに遅いなんてことは無い。頭は冴えなくなってしまったけども知識まで消えるわけじゃない。
人間、死ぬ気になればなんだって出来る。なんせ、死ぬ気になって何度もやり直したおかげで――今、こうして俺は変わることが出来たんだから。
絶対に守る。たとえこの身が尽きようとも、二度と死ぬことが出来ない無限ループに巻き込まれようとも。
そもそも、俺の最初の望みは叶ってるんだ。だから俺のリセマラは終了だ。
優しくて可愛くて――そして最高の嫁と義妹がいるんだから。
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