君を追って世界掌握ラプソディー
もなもか
始まりと別れ
零
灯りのない小さな寝室。ほのかに薫る木の匂いと、外から響く鈴虫の鳴き声。
男はベッドの上で、ぼんやりと窓の向こうを眺めていた。その目に映るものは、月明かりでうっすらと現れる木陰か、はたまた閑散な闇か。
彼の薄い唇がうっすらと開き、優しげな声が漏れた。
「テル」
扉がゆっくりと動いた。その隙間から、可愛らしい幼い少年の顔が覗いてくる。
「おいで」男が手を伸ばし、幼児を呼んだ。
幼き少年は駆け足でベッドへ上り、彼の腕の中に収まった。慣れ親しんだ匂いに包まれ、甘えるように彼の胸に頭を押し付ける。
「眠れないかい?」少年が頷くのを見ると、髪をすくように撫でた。
「……兄さんたちにしたお話、おれにもして」
「あいつら、もしや話したのか。まあいいよ。お前だけに話さないのは不公平だったね」
横になると可愛らしい少年に毛布をかけてやり、その体を一定のテンポで叩いた。期待の篭った瞳で見つめられ、思わず苦笑してしまう。
「すざくの話なんだろ?」
「そうさ。そして彼を語るには、まずは少しお勉強をしなきゃいけない」
少年はあからさまに顔をしかめた。「なんでだよ」
「教えなきゃおまえは何もわからないだろう。こらこら、毛布で遊ばないで、おとなしく話に耳を貸しておくれ」
昔、人の世界は今よりずっと狭かったんだ。原因は、動物の獣化。獣化した動物たちは、草食動物や虫ですら、見境なく喰らい合い人を襲うからね。
テルも、よく外で『獣』退治しているだろう? そっぽ向いても駄目だよ。このお説教についてはまた後でね。
獣から逃げた人々は、世界の中心たる『中央街』で生活するようになった。ここが紀元になるんだ。長い歴史をかけて平和になっていった中央街だが、一つ問題があってね。
なんだと思う? わからない、と即答するのはやめなさい。
答えは、経済格差。
いわゆる上流階級の人なんてほんの一握り。殆どが一般階級以下、そして飢餓が慢性的に起こり、それによる犯罪なんて当たり前の毎日だったんだ。
だがある日、とある少年が三人の義兄弟を伴って立ち上がった。少年の名はエドワード。後の、朱雀帝だよ。
兄弟四人は部族を作り上げ、貧困層を引き連れて外に出た。それぞれが四つの部族の長となり、東西南北へ別れたんだ。朱雀の他はね、青龍、白虎、玄武だよ。青龍の話は、お前の一番上の兄さんがよくするだろう?
彼らを見習って外へ出て獣と契約をし、ファミリーを作る人々も増えた。
すると、より規模を拡大しようと戦争を起こすファミリーが出てきたんだ。
四つの部族はこの事態を収めるため、朱雀帝を筆頭として四神連合を結成した。戦争に次々と勝利をおさめ、傘下が増えていき、そしてついに朱雀帝は王者となったんだよ。
……あの時代は平和だったよ。朱雀帝の支配で、世界は栄えていった。もちろん彼だけの力じゃないが、彼がいなきゃ何も纏まらなかったし、あの地獄から変わることは無かっただろうね。
何? 武勇伝?
そうだねえ。こんなのはどうかな。
東──青龍の土地──にね、紀元時、中央街に集まらなかった種族がいるんだよ。『雅族』というんだがね、これがまた変わった一族でさ。
青龍の長は彼らと盃を交わせたんだが、雅族は他の部族は受け入れなくてね。しかし、朱雀帝は機会あって雅族の地に足を運んだ時、雅族の姫に惚れ込んでしまったんだ。
青龍の長に頼み込んで、何度も雅族に忍び込み娘と逢瀬を交わすんだが、彼はその娘に自分は青龍部族の一人だと嘘をついていたんだ。青龍も渋々ながら協力してやるが、雅族の長に知られたらどうなるかわかったもんじゃない。
嘘というのも、いつかバレるから嘘なんだ。そして朱雀帝の嘘も、長くは続かなかった。
娘に話を聞いて不審に思った雅族の長が、朱雀帝を出入り禁止にした。
青龍も、春の間だけ雅族の地に入れなくなってしまった。青龍が雅族に置いていた警備も、その春の間は外さざるを得なくなった。
だが、その春の終わり、傘下になることを逃れた他ファミリーが、雅族に攻撃を仕掛けた。雅族の地は豊かで、住み心地もいいからね。その前から狙われやすかった場所なんだ。
雅族は戦闘に特化した種族だ。独特の戦法で敵を圧倒する。三下のファミリーに敗けることはない。
でもね、そのファミリーには一つ特異な点があったんだ。
彼らには物理攻撃が効かない異能があった。そういった場合は焼き払うとか、ファミリー独特の異能を使うとか、対策しなきゃいけない。しかし、雅族は生身の人間な上、戦場は雅族の地だ。ファミリーや部族とは訳が違う。
青龍の警備がそこについていれば話は別だったが、運悪く全て引き上げられ、近寄ることすら叶わなかった。
絶体絶命の危機だ。
そんなとき、朱雀帝は単身でやってきた。勇猛果敢に、雅族と共に敵を薙なぎ払い、守りきった。
彼は雅族の地を去った後も、十日に一度娘の顔を遠くから見に来ていたんだよ。
彼自身、姫を手に入れるために戦ったつもりはなかったんだ。ただ、彼女が愛し愛された一族を絶やしたくない、子供たちの涙を見たくない、そんな優しさで、部下も連れずに戦ったんだ。
戦後、朱雀帝は青龍に要請をかけ、彼は一人で去ろうとした。
しかし、雅族の長自らが、彼を引き止めた。彼の心を認めたのさ。そして、彼は愛する人と結ばれることが出来た。
ちなみにお前の大好きなジャスミンは、この話が一番のお気に入りだよ。おや、顔が真っ赤だよ?
そうだね……朱雀帝はもうこの世にはいない。今、世界がどうなってるかは、俺にもよくわからない。
テル。お前はきっといつか、この島を出ていくのだろう。
世界は広く大きい。
人づてに聞くこと、自分の狭い視野で見えるもの、そのすべてで真実だとは限らないんだよ。殆どは見逃しているものばかりだろう。
例えば、大勢が俺に指をさして『悪だ』と叫んだとする。お前はどうする? ふふ……即答か。
だがそれは、俺と過ごしてきたから言えることだろう?
もし矛先がほかの人に向かったら? お前はどちらを信じる?
広い視野を持て、とは言わないよ。限界があるからね。
朱雀帝は、どちらも信じたよ。優しくて騙されやすい奴だった。
ああそうだ。どちらも信じるなんて難しいし、矛盾している。けどお前にも、同じ強さを持ってほしい。
『信じる強さ』
それはいつか、自分の身を滅ぼしてしまうかもしれない。幾度となく辛い目に遭わされるだろう。彼もそうだった。
だがその強さが、多くの信頼を得て、亡き今、お前という宝を残したんだ。
さあ、もうおやすみ。今日夜更かししたからって、明日になって遅くまで寝るなんて、許さないからね。
──ああ、俺も愛してるよ。
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