婚約指輪 3

 一日、注目の的になってくたくたになった僕たちは、放課後、部活へ行く前に、人気のない階段脇でやっと話せた。


「驚いたよ。婚約指輪だなんて言いだすんだから」

「思いついてとっさに言ったの」


 僕と彼女は階段の壁に寄りかかって指輪の件を話した。


「どうするの。これ、婚約指輪ってことになっちゃってるよ」


 僕は左手を前に伸ばした。薬指の金属が光る。


「それでもいいと思ってる。私とクコを結びつける大切な指輪だよ」

「夜店で買った安物だよ?」

「値段じゃないよ。クコが初めてプレゼントしてくれたものだもん」


 彼女は愛おしげに左手の指輪をなでた。僕は気恥ずかしくなって窓の外を見る。もう野球部の練習が始まりそうだった。


「でもさ、よくソフィア先生、許してくれたよな」

「うん。自分で言っておいてなんだけど、あんなのでOKしてもらえると思わなかった」

「先生の考えがわからないな。わからないといえば、昨日買ったものが残ってるのも謎だ」


 現に金魚や水風船といったほかの所持品は、登校時には失われていた。


「だいじなものだから、じゃない?」彼女は足元を小さく蹴った。「服とか買うときそうなんだけど、持っておきたいってしっかり思ったものは、次の日になっても残ってることが多い」


 僕は、ふうん、と前の壁のひび割れを見ていた。

 服なんて買ったことがなくて、その都度設定されるデフォルトのものしか着たことがない。その辺の事情はよく知らなかった。


「持ち越されるかどうかは、ある程度の価格帯で分かれるみたい。だから指輪のことは残念だけどあきらめてたの。今朝、先生に言われて気づいたときはびっくりしちゃった」彼女はもう一度、指輪をなでた。「大切に思う気持ちがウラヌスに届いたのかな」


 そういうものなのかな。彼女の意見には懐疑的だった。

 僕はペアリングなんて、持っておきたいと思うどころかつけているのも嫌だった。その僕の手にも指輪は残っていた。嫌だったなんて言うと彼女を失望させるだろうから口には出さないけど。


「そろそろ部活に行こう」僕は壁から背を離した。「美術部の調子はどう?」

「コンクール用の絵が、学校休んでて出せなかったから描きなおし」

「そっか。大変だな」

「ううん、描くの好きだから。じゃあ、また明日ね」


 うん、また明日、と廊下で彼女と別れた。

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